第20話 第三章 デレと幼馴染み。(4)
第三章 デレと幼馴染み。
夢風と別れた後、俺は神無月の家の前にいた。
少々、ためらいつつも、覚悟を決めてインターホンを押す。
すぐに足音が中から聞こえてきて、扉が開いた。
「はい、どちらさ―ようなら」
一瞬、顔だけ除かせた神無月。
そしてすぐに勢いよく扉を閉めようとする。
俺は反射的に扉に足を挟んで抵抗する。
「さようならって、人の顔を見るなりいきなり言うなよ。ちょっと傷ついたぞ」
「私は体調が悪いの……そんな時にあなたの顔を見るとか、とんでもない苦行よ」
「苦行って、俺そんな風に思われてたのか……すまん、帰るわ。邪魔したな」
そう言って、露骨に肩を落として帰ろうとする。
神無月に背を向けて歩き出した瞬間。
バッと、腕を掴まれる。
俺は神無月を方へ、振り返る。
神無月は可愛らしい動物が描かれたパジャマ姿だった。
「ま、待って……わ、私が言い過ぎたわ……そ、その……」
何かを言いたそうにしている神無月。
しかし、俺は何が言いたいのかも分かっていながら、知らないふりをする。
「いやいや、神無月には悪いことをしたな。ごめんごめん、俺帰るわ」
意地悪くそんなことを言ってみる。
すると、神無月は勇気を決したように、頬を赤くして口を開く。
「その……べ、別にいいわよ…」
「別にいいとは? 遠慮の意味の、いいですかね?」
「だから…その………」
や、やばい。なんかこれ癖になりそうだ。
羞恥と戦う神無月。
なんかイケナイものを見ている感覚に陥ってしまう。
って、何考えてんだ俺!
友達をそんな目で見るとか最低だろ。
「ひ、一人は……寂しい……から……」
「えっ……」
「だから……一緒にいて欲しい…」
ドクンっと心臓が跳ねた。
神無月からはもっと上から目線で、「別に一緒にいてもいいわよ」的な感じで言われるのかと思っていたのだが、その予想を上回るものが出てきた。
気がつくと、神無月の手が俺の服の裾を弱々しい力で掴んでいた。
さっきの勢いよく腕を掴んでいた力はどこへいったのやら。
今、目の前の神無月は、俺が今まで彼女に感じたことがないほどに、弱々しく、可愛かった。
まさに女の子と言わんばかりの存在だった。
嘘だろ、俺……。神無月にときめくなんて、本当どうかしてるみたいだ。
「も、もちろん……」
さっきまで余裕ぶっこいて、神無月に意地悪をしていた俺も、今は顔を赤くして、ドクドクと鼓動を鳴らしている。
「と、とりあえず……中に…」
そう言われ、俺は神無月宅に入る。
案内されたのは、もちろん神無月の部屋だった。
「ここが神無月の…」
神無月の部屋は、高校生の女子の部屋とは思えないほど殺風景だった。
まるでひとり暮らしのサラリーマンかと思うほど、物がほとんどなかった。
「あまりジロジロ見ないでくれるかしら?」
「あっ、悪い」
てか、何気に女子の部屋とか、妹と姉を除けば初めて何ですけど。
いやいや、待て、落ち着け俺。
神無月は友達だ。
そういう感情はない。だから大丈―っ‼
「どうして目を閉じているのかしら?」
「いや、その…か、神無月。ぱ、パジャマのボタンが外れてて……」
「え? ………っ~~‼」
神無月は自分の胸元を見る。
パジャマの胸元のボタンが外れており、ブラジャーが丸見え…なら良かったのだが。
あいにく、パジャマなのでブラジャーなどはなく、神無月のが、薄く見え隠れしていたのだ。
神無月は顔を真っ赤にして、急いで胸元を押さえる。
え? 目を閉じてるのに、どうして分かるかって?
それは…薄目を開けているからです。
「うぅ…ど、どうして私はこんなことになっているのかしら…」
その場にしゃがみ込む神無月。
「大丈夫だ、み、見てないから!」
「本当かしら?」
「あ、ああ! それに、友達の神無月のを見たって、全然何とも思わないし!」
「それはそれで少しイラッとするわね…………っと、もう大丈夫よ」
神無月のパジャマのボタンはしっかりと戻っていた。
「「はぁ…」」
二人して、同じタイミングでため息をついてしまう。
普段ならば、神無月と接する時はもっと気楽なのだが、どうして今日はこんなにも緊張してしまうのだろうか。
やはり部屋に二人っきりという状況がそうさせているのか?
神無月とはいえ、やはり女子。
意識するなと言う方が無理だ。
なんか申し訳ないな、そういう目で神無月のことを見てしまったことが。
多分、俺とは違って神無月は全然そんなこと微塵も思ってないんだろう―あれ?
目の前に座っている神無月は、頬を赤らめて、恥ずかしそうに下を向いていた。
さっきのあれをまだ引きずっているのだろうか。
正直、そういう表情をされるとこちらとしても気まずいのだが。
よし、ここは何かしらの話題を投げかけて、忘れよう。
「な、なあ、神無月。え、えーと、その…あの…………」
やばいやばいやばい。
あれ? 俺って普段、神無月とどうやって話してたっけ?
「な、何かしら」
神無月もいつもより挙動がおかしく、言葉をつっかえていた。
とりあえず何でもいいから、言葉を絞り出せ俺。
「あの、神無月の部屋ってすげえ綺麗だな」
よしよし、上出来だ。普通に話せたぞ。
俺は頑張ったぞ、神無月、お前の番だ。
いつもなら、あなたに褒められると今すぐ部屋を汚したくなるわね。とか、そういう俺を否定するようなことを言ってくるはずなんだが…。
「あ、ありがとう…」
神無月は人差し指をつけたり、離したりして、恥ずかしそうに顔をうつむかせたまま返事をしてくれた。
って、何だその反応は⁉
部屋が綺麗って言われただけの反応じゃないんだが。
自分の容姿を綺麗って言われた人みたいな反応してるんだが。
何でだよ、夢風に容姿褒められた時は、興味ないわ、とか言いながら無表情だったくせに。
どうして部屋を褒められただけで、そんな言動になるんだよ!
もう分からねぇ、神無月のデレるポイントが普通の人と違いすぎる。
前々から薄々思ってたけど、やっぱこいつちょっと不思議ちゃんキャラ入ってるよな。
「「………」」
俺と神無月は何も話すことなく、刻々と時間だけが過ぎていく。
俺はそんな沈黙の時間に確信したのだ。
あっ、間違いない、神無月も俺と同じように緊張してるわ、と。
「「………」」
やはり無言の俺たち。どちらも口を開かない。
いや、それにしても、神無月のパジャマ姿、何というか普段とギャップがあって、すごく可愛いな………はっ!
急いで目の前の神無月から視線を逸らした。
だから、そういうのはやめるんだ、俺!
「あれ?」
視線を逸らした先、机の上に置いてあった一つの写真立てが目に留まった。
俺は立ち上がり、その写真立てを手に取る。
小さな男の子二人、女の子二人の計四人が晴れ上がった公園で仲良さそうに笑顔で笑っている写真。
「これ何の写真?」
俺がそう言った瞬間、神無月の表情は怖く険しいものになった。
「あなた……それ、本気で言っているの?」
悲しさと恐ろしさをもった彼女の表情。
先ほどまで、頬を赤らめていた神無月はどこへいったのやら。
俺が今まで見た人間の表情の中で、最も憂いを帯びていた。
あまりの驚きに一歩後ずさる俺。
「いや、待ってくれ神無月。どうしちゃったんだよ」
「どうしたはあなたの方でしょ! すぐに思い出してくれると思ってたから、ずっと、そっちから思い出してくれるのを待ってたのに……このことまで忘れてるなんて、そんなの信じられないわ!」
神無月にしては珍しく、すごく取り乱していた。
呆気にとられた俺だったが、何とか神無月を落ち着かせようとする。
「落ち着いてくれよ!」
「私は冷静よ!」
「冷静なやつはそんな表情はしない」
「だから冷静だっ―あれ……私…」
神無月の瞳からは、涙があふれ出していた。
何だよ。何なんだよ本当に。
なんでこいつは泣いてんだよ。
「か、神無月? お、俺が何か気に障ることをしたなら、謝るよ」
「あなたの謝罪なんていらないわ……いらないから……だから―」
何かを言いかけた神無月だったが、すぐに自分の口を自分で押さえた。
「こ、この写真のことか? あんまり触って欲しくなかったとか? ご、ごめん、勝手に触っちゃって」
「そんなことじゃないわ…」
「じゃあ、何でそんなに……泣くほど悲しんでるんだよ」
「今のあなたには絶対に分からないわよ…」
涙を拭いながら、顔を下にうつむかせる神無月。
俺はそんな神無月を見て、心を鋭い刃物でえぐられたような痛みと、何ともいえない不快感が胸いっぱいに広がる。
「ねぇ、本当に何も分からないの?」
神無月は震える声で俺にそう問いかける。
俺はもしかすると、嘘をついてでも、その時、神無月の言葉に合わせるべきだったのかもしれない。
でも、そうした所でその場しのぎでしかないし、根本的な解決はしない。
「ああ、本当に分からない」
「ええ、分かったわ。ごめんなさいね、取り乱して…」
少し落ち着きを取り戻したようだった。
「いや、なんか俺の方こそ…ごめん。何も理解してあげられなくて…だからその―」
「ごめんなさい、今日はもう帰ってくれるかしら…」
神無月のその言葉に俺は特に驚きもせず、ただただコクリと頷き、返事をするだけだった。
部屋を出ていく瞬間、神無月は俺に問いかける。
「あなたが私に話しかけてきたのって……偶然なの?」
「ごめん…神無月、今は答えられない……」
そう言って、俺は神無月の部屋を出たのだった。
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