第19話 第三章 デレと幼馴染み。(3)

第三章 デレと幼馴染み。


教室に戻ると松葉とはすぐに別れ、俺は鞄を持って校門へと向かう。

今日はやけに色々とイレギュラーなことがあったな、と思いながら靴に履き替える。

そんな俺の背後に気配が。

「あれ? 水無月くん、今帰り?」

びくっと、声が聞こえた瞬間に体を硬直させた自分がいた。

どうやら、本日のラスボスの登場らしい。

「そ、そうだけど…」

「そっか、じゃあ一緒に帰ろっか」

微笑む夢風の顔は先ほどの松葉を見た俺からすれば、一発でわかった。

この表情は偽りだと。

「なんで理由もないのに、夢風と帰らないといけないんだよ」

敵対の視線を向け、冷たくあしらう。

「もうっ、水無月くんってば優しくないなぁ~」

ほっぺたをぷくっと膨らませて、あざとさを醸し出してくる。

「そういうの、もうやめろよ。演技なのも分かってるし、全然可愛くないぞ」

そう言い残し、夢風を置いて歩き出した。

するといきなり、背後からドンッと柔らかい感覚が。

「演技じゃないよ……。冷たくあしらわれたら、誰だって寂しいと思うんだけど……」

俺のことを背後から抱くようにして、甘い声でそう呟く夢風。

「ちょっと! こんなとこ誰かに見られたら変な誤解されるぞ⁉」

夢風は余裕のある顔で俺からそっと離れた。

「ん~。それは確かに嫌かな~」

こうストレートに言われると、それはそれで傷つくな。

「嫌なら、そういうことするなよ」

「でも、水無月くんの赤くなってる、顔が見れたから」

さすがに後ろから、いきなり女子に抱きつかれて、顔を赤くしない男などいないと思うのだが。

「本当に性格悪いな」

「いえいえ、どういたしまして」

「誰もありがとうなんて言ってないんだが」

「いいんだよ。私からは、その言葉がありがとうに聞こえたから」

「それはまた、随分と都合のよい耳をお持ちで」

「ということで、一緒に帰ろうよ。私、水無月と話さなきゃいけないことあるし」

「俺は夢風と、特に話すことなんてねぇよ」

「紫苑のことでも?」

「っ!」

「あれ? あれあれあれ? 目の色が変わったね」

意地悪なこの悪魔を、俺はどうすればいいのだろうか。

俺と夢風はやや合っている歩幅で歩き出す。




「最近、ちょっと仲良すぎるよね」

「誰と誰が?」

「とぼけるのやめてもらえるかな?」

威圧的な言葉で、俺に圧力をかけてくる夢風。

「別に。仲良くしようとは思ってないんだが」

「それは余計にタチが悪いね」

「タチが悪いって夢風に言われる日が来るなんて、思ってもみなかったな」

「ふ~ん。そっか、私のことそんな風に思ってるんだ」

しばらくの間、俺と夢風に沈黙が走る。

どちらが先に、仕掛けるか……と、いったような。

場は謎の緊張感に包まれていた。

「で、私の邪魔してどういうつもり?」

おっと、そっちから仕掛けてきたか…。

確かに、ここしばらくの間、俺は神無月を夢風に近づかせないようにしていた。

夢風からすれば、俺のこの行動は邪魔だろう。

「邪魔じゃない……夢風みたいな最低最悪女と一緒にいる神無月が可哀想に思っただけだ」

その俺の言葉が、引き金になったらしく、彼女は豹変した、あの怖い女の子に。

「へぇ……いい度胸してるね。でも、そんな理由で仲良くしてること。それこそ、本当にタチが悪いと思うんだけど」

「何とでも言え。さっきも言っただろ、別に仲良くしてるつもりはないって……」

俺と夢風の会話は、先ほどから同じことの繰り返しで、うまく噛み合っていない。

そんな感覚が俺の中にあった。

神無月とはもっと、うまく話せるんだけどな……。

なんて、神無月を例に出してしまった自分が少し恥ずかしい。

そんなことを俺が考えている時、どうやら夢風の中では、今日の本題を提示するタイミングがきたようで、夢風は俺に提案してきたのだ。


「あのね、私に協力する気はない?」


「それ、本気で言ってるのか?」

「もちろん。本気だよ」

その提案に対する答えは、俺からすれば考えるまでもなく、最初から決まっていた。

「断る」

「だよね、そうくると思ってたよ。……じゃあ」

夢風は更なる手を俺に繰り出してきた。

「私の胸揉んでる写真。紫苑に見せてもいいかな?」

なるほど、そうきたか。

しかし、これも予想の範囲内。

「別に構わないぞ。神無月に嫌われても、俺は困らないし」

なんて、口にしてみたものの、少しだけ手が震えている自分がいた。

いや、本当にどうしちゃったんだ、俺。

「へぇ~。結構、強気なんだね」

「当然だろ、どうせ神無月に何かしらするつもりで、それに協力しろって言ってるんだろ?」

「まぁ、私が水無月くんに言うのって、それ以外ないよね」

「それ以外であって欲しいんだけどな」


「別にさぁ……私はいいんだよ。だって、最悪の場合、殺しちゃえばいいんだからさ」


その言葉が耳に入った瞬間、自分でも無意識のうちに夢風の手を掴んでいた。

「ちょっと痛いんだけど…」

「そんなこと、冗談でも言うなよ…」

「え? 冗談だと思―」

「冗談でも二度と言うなって言ったんだ‼」

「ちょっと、何っ⁉」

ハッと我に返った時は、もうすでに色々と遅く。

段々と恥ずかしさがこみあげてくるのだった。

「とにかく、早く手を離してよ。痛いんだけど」

「あっ、悪い」

俺と夢風は、まったく同じ表情で向かい合っている。

真剣な、おふざけなど一切ない顔つき。

「水無月くんって、そんなに熱くなるんだ」

いや、なんかすごく感情的になってしまった。

「自分でも、あんなに感情をぶちまけるのは、久々のことだからよく分からない…」

なんというか、衝動的にキレる危ない人と同じような感じがする。

もっと冷静にならなきゃな、俺。

「そんなになるくらい。紫苑のことが好きなの?」

「本当にそれだけだと思うか?」

夢風は予想外と言わんばかりの顔をしていた。

「え?」

「そんなことを平気で言う、夢風が心配になった…」

「何それ…きもっ」

「そんなことすれば、神無月とは二度と会えなくなるし、そんなただの恨みで夢風の人生がめちゃくちゃになる。俺はそれが嫌なんだよ」

「はぁ…。何も知らないくせによくそんなことが言えるよね」

「何も知らなくたって、分かる。正しいか、正しくないかくらい」

「またそんな感じか…本当、正義のヒーローでも気取ってるのかな」

「こんな陰キャでぼっちなヒーロー、いるわけないだろ。ヒーローってのは、大体、陽キャで、仲間がたくさんいて、仲間思いなんだよ。だから、俺は嫌いだ」

「本当に、私が言えたことじゃないけどさ。水無月くんもかなり性格ひねくれてるよね」

彼女の口から言われた、何気ないその言葉は。

夢風が俺の前で初めて言った、自分を卑下する言葉だった。

「何? どうして驚いてるの?」

「いや、何でもないんだ。だけど…こう思った」

「何? 気取ったキモいこと言わないでね」

そんな夢風の言葉など、俺の耳には入らなかった。

「本当に夢風が何かに苦しんで、困っているのなら、力になりたい」

「……………」

夢風は少し黙った後、この場の緊張感が崩れるように笑った。

「ふふっ。本当に水無月くんは面白いね」

「面白いようなこと言ってないんだが」

「本気で、ああ言っちゃうのが面白いんだよ」

「うるせぇ。そう思っちまったんだから、しょうがないだろ」

「いやぁ、さすがに今のは気持ち悪すぎるけど………ちょっと嬉しかったかな」

少し照れくさそうに頬を赤らめる夢風。

そんな彼女に、俺は見とれていた。


「やっぱりさ。水無月くん、私のこと好きでしょ?」


人間の感情はコントロールできないのだ。

どんなに相手の悪い所を知って、嫌いになろうと思っても、簡単に嫌いになれるわけじゃない。

「まぁ…否定はしないな。理解しろよ、ぼっちはチョロいんだ。ちょっと話しかけられただけでもコロッと落ちるんだよ」

「うん、目の前に良い具体例があるからね。はっきりと理解してるよ」

「別に好きだとは言ってないんだが」

「あれはもう言ってるのと同じだよ」

そのとおりだな。

本人の俺もそうだと思う。

「でもあれだよね。水無月くん、さっきからぼっち言ってるけど、今はもう、紫苑がいるからぼっちじゃないよね」

「そうだな」

それから夢風は何かを考えているようで、しばらくの間、一言も喋らずに、ただただ歩く足音だけが聞こえる。

数分ほど経った頃に、ようやく口を開いたかと思えば、

「ねぇ、私さ―いや、やっぱり何でもない」

「そういう風に言われると、余計気になるんだが」

「うん、大丈夫。気になってると分かってても、絶対に言わないから」

「はぁ…。なんか夢風と一緒にいると疲れるな」

「その言葉、私からすると、紫苑と一緒にいると疲れないって言ってるようにしか聞こえないんだけど」

「そうだな。神無月と一緒の時はもっと気楽だな」

「認めちゃうんだ…」

「認めるよ。だってなぁ、夢風と関わってるだけで、色々と変なことに巻き込まれるからな」

「例えば、何かあるの?」

「今日、いきなり松葉に絡まれたんだけどさ」

「ああ、それね」

夢風は意地悪く笑っている。

これは完全に確信犯の顔だ。

「でも、全部本当のことだから」

「え? 本当のことって……湊のことだよな」

「そうだよ。清って紫苑のことが好きなんだよね。ほんっと、趣味悪いよね」

「ま、マジかよ……」

胸の奥を、重く硬い鈍器で殴られたような衝撃が俺の中に走る。

「あっ、でもそうか……そういうことだったのか」

「どうしたの?」

「いや、夢風のその言葉を嘘だと思いたかったけど……それを裏付ける証拠のようなものがあったから」

「なるほど。清に紫苑と仲良くしてて、羨ましいとか言われたりしたの?」

本当にこいつは、的確に突いてくるな。

「そのとおりだよ」

「そっか。紫苑相手だとね、正直、華には勝ち目なさそうだよね」

「松葉は友達だろ? 応援してやれよ」

「え? どうして私が応援しないといけないの。正直、面倒いし、一々、相談されても困るんだよね」

神無月だけじゃなく、松葉とも上っ面の関係なのか。

はたまた、これさえも嘘なのか……。

「まぁ、私からすれば華も紫苑のことを恨むようになってくれれば、仲間が増えて嬉しいってのはあるけどね」

こいつは、どこまで最低を極めれば気が済むんだよ。

「でも難しいだろうな。華ってば、馬鹿で天然だから」

「ああ、人を恨むなんて、絶対にしなそうなタイプだよな」

「水無月くん、それが分かるって、以外と人を見る目あるかもね」

「そりゃどうも」

「もっとも、私のことは見抜けないと思うけどね」

勝ち誇った顔でそう言う夢風。

しかし、これは紛れもない事実であり、俺が今一番困っていることだった。

「あのさ、前に言っただろ。元々部外者の俺に、何かする気はないって」

「あ~。言ってたね」

「あれ、全部撤回する」

そう言った瞬間、夢風の目がパッと無になった。

その何もない、無の瞳に俺は吸い込まれそうになる。

でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

「言っておく、夢風の好きにさせるつもりもない。お前みたいな最低最悪女が好き勝手やってたら、どれほどの人間が傷つくか、分かったもんじゃないから」

「これはいきなりだね、水無月くん」

少し驚いている様子の夢風。

そうだよな。いきなりこんな……本当に俺ですら、自分の行動が理解できない。

自分では、理屈っぽいって思ってたけど、以外と感情で動くタイプなのかもしれない。

「それはつまり、私に喧嘩を売ったってことだよね?」

夢風は笑っていた。ただただ笑っていたのだが、瞳は無のままだった。

「そんなつもりはないが、そうかもしれないな」

俺は余裕そうな雰囲気を醸し出し、クールを気取って、堂々としていた。

まったくもって余裕がないし、なんでいきなりあんなこと言っちゃったんだろうって、ちょっと後悔してるのは、バレていないと思いたい。

「あのね……一応、優しい私は最後に、もう一度だけ慈悲をあげるんだけど、私に協力する気はない?」

「あるわけない」

即答だった。自分でも驚くほどに。

「そっかぁ……私ね、嫌いなタイプがいるの」

と言って、いきなり自分の嫌いなタイプの話を始める。

「何もできないのにカッコつけて、本当はクールじゃないのに、クールを気取ってる男が嫌いなんだ~」

どう考えても、俺のことだな。

夢風に関して、俺は、色々な感情が混ざって、何が本当なのか…

正直、全然分からない。

だから、感情的に、思いのまま言葉にする。

「そうか。俺は夢風のこと好きだけどな。今はまだ、夢風の本当の心を見抜けてないけど、いつか、夢風のことをちゃんと理解するから……だから―」

俺は夢風に慣れない笑みを、夢風は俺を睨みつける。

状況がよく分からず、困惑していたってのもあるし、お互いがどういう人なのかもよく分かってなかったから、今までずっとよく分からないままだったけど……。

ここではっきりと確信した。

「なるほど、私に宣戦布告ってことだね」

「もちろん」


俺と夢風は敵同士であると。


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