第18話 第三章 デレと幼馴染み。(2)

第三章 デレと幼馴染み。


松葉に連れられて来たのは、夕焼け色に染まる空の下。屋上。

うわぁ、すっげぇ嫌な予感しかしねぇ。

夢風との出来事がフラッシュバックする。

「ちょっと顔を引きつらせてるけど、大丈夫?」

「え? 大丈夫だ、何でもない」

おっと、無意識に夢風に植えつけられた恐怖で顔が引きつっていたようだ。

夢風怖い。

「別に痛いこととかしないからねっ。変な勘違いとかしないでね」

「あ、ああ」

この状況で暴力とかされたら、一生、屋上がトラウマになると思う。

うん、間違いない。

「で、その言いたいことがあるんだけど…」

夕焼けのせいか、顔が少し赤い気がする。

松葉は指をつけては離してを繰り返して、もじもじとしている。

「いや別にいいんだけどさ。あえて、屋上にまで来てする話なのか?」

「する話なのっ!」

「あ、ああ。それなら別にいいんだが…」

あれ? なんか様子がおかしくないか?

何でそんなもじもじしてるんだよ。

意味分からん。

とっとと言いたいことがあるなら、言ってくれないかな。

そのモゴモゴするのは陰キャしか使っちゃいけないんだぞ。

え? 誰がそんなの決めたかって? 

もちろんたった今、俺が決めた。

なんか陽キャにこれをやられるとイラッとするから。

「その…す……ゴニョゴニョ」

後の言葉がゴニョゴニョと言っていて、何を言ってるのか聞こえなかった。

「え? なんだって?」

「だから! その…す……ゴニョゴニョ」

また後半がゴニョゴニョしていて、聞こえない。

「言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれよ」

俺のその言葉で、松葉は意を決したように、顔を俺に真っ正面で向けて言った。


「好きなのっ‼」


「…………は?」

その瞬間、俺の中の時が一瞬だけ止まる。

そんな唖然としている俺を見て、松葉は今度こそはっきりと分かるくらい顔を真っ赤にして言った。

「あっ、水無月のことじゃないからっ‼」

松葉とは対照的に、俺の表情は青かったに違いない。

「いやいや、そんなこと分かってるから」

うわぁ、嫌な予感がすごく的中してるな。

すっごい、今、俺の頭の中に一人、ふわっと思い浮かぶ顔があるんだが、ただの思い違いだと信じたい。

「で、誰が好きなんだよ。湊か?」

松葉はさらに顔を赤くして、焦ったようにしていた。

「なっ! なんで分かるの!」

「いや、なんとなくだけど…」

「なんとなくで分かっちゃうくらい、私の気持ちって端から見るとバレバレなの⁉」

「まぁ、そうだな」

クラスにいれば、一軍グループなど嫌でも目に入ってしまう。

その中で、松葉の湊に対する好意は誰がどう見ても好きだと分かるほど、分かりやすかった。

「はぁ…。やっぱり私ってば、昔から分かりやすいところ、変わってないんだ」

「いや、松葉の昔話とかどうでもいいからさ。俺が聞きたいのは、何で俺にそれを言うのかってことなんだが…」

頼む、気のせいであってくれ。

面倒事はもうごめんなんだ。

ただでさえ、色々と渋滞してるんだよ。

「その、私ずっと告白するタイミングをさ、探してるんだけど…。夢乃からさ、清が神無月さんのことが好きってことを知ってさ……その………」

「あっ……今、誰の名前を出した?」

「え? って、ちょっと、水無月。顔がちょ~怖いんだけど!」

「いいから、もう一度言え。誰の名前を出した?」

「え、清と、神無月さんと、夢乃……」

うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉

まただよ! だから、何で! どうして!

もうこっちは色々と厄介事が渋滞してるんだよ。

なんで夢風はそうやって俺を巻き込むんだよ。

やっぱり嫌な予感が当たってしまった……。

「はぁ………。すまん、少しだけ時間をくれないか?」

「う、うん。別にいいけど」

俺は額に手を当て、その場で深く深呼吸をする。

「よし、もう大丈夫だ。話の続きを聞かせてくれ」

「う、うん。でさ、清が神無月さんのこと好きみたいなのね。だから、水無月には、清が諦められるように、神無月さんと付き合ってることを清に言ってほしいの」

うわぁ、これまたなんでそんなことになってるんだよっていう、ツッコミどころだらけの言葉が出てきたなぁ。

「あの、まず一ついいか?」

「ん、何?」

「俺と神無月は付き合ってない」

その言葉に松葉は目を見開いて、かなり驚いていた。

「嘘っ⁉ まじ? ってきり神無月さんと付き合ってるのかと思ってた。というか、クラスで最近有名だよ?」

噂の一人歩きとはまさにこのことだな。

「俺と神無月は断じてそんな関係じゃないぞ。ただの友達だ」

松葉はどこか信じられないというような、疑いの視線を向けてくる。

「えぇ、でも、あんだけ毎日イチャイチャしてるのに?」

「どこをどう見たら、イチャついてるように見えるんだよ。昨日、なんておはようって挨拶したら、さようなら永遠におやすみ、って遠回しに永眠しろって言われたんだぞ。あれのどこがイチャイチャしてるように見えるんだよ!」

「ぁはは……そ、そうなんだ」

苦笑いをする松葉。

「って、そんなことは一旦置いておいてだな……」

俺は先ほどから、流していたとんでもない内容に触れようとする。

「どうしたの?」

「あのさ、湊って神無月のこと好きなの?」

「さっき言ったじゃん。そうなんだって~」

いやいやきっと何かの冗談に違いない。

「えっと、それは誰情報なんだっけ?」

「さっき、夢乃って言ったじゃん」

「そうだった」

夢風かぁ。よし、なら大丈夫だ。

おそらく嘘だから。気にしなくてよさそうだ。

だって、湊だぜ?

あの湊が神無月とか、ないない。

もし本当だったとしたら、あいつ女子の趣味相当悪いぞ。

「夢風の言葉をそんな簡単に信じていいのか?」

「夢乃に今まで嘘なんてつかれたことなんてないのっ! だから、私は困ってるの~。だから助けてくれないっ?」

泣きつくように俺にそう言ってくる松葉に対し、俺はクールに言う。

「そういや、ちょっと前に湊が俺を昼食に誘った時だったかな。松葉とかいう人が、ドン引きしてた気がするだけどな……」

松葉は首をかしげて、本当に分からない様子で言った。

「あれ? そんなことあったけ?」

なんて、都合の良い脳みそをお持ちなんだ。

見た目からして馬鹿っぽいし、ちょっと天然入ってんだな。

「いや、別に覚えてないならいいんだ。どのみち、松葉のお願いは聞けないから」

「で、でも神無月さんと今から付き合ったりとか……」

俺は断固として、はっきりと言った。

「ないな」

「そっか……」

「それに、湊のことが本当に好きなら、ちゃんと自分で行動しろよ。そっちの方が、湊も嬉しいと思うぞ」

少しだけ残念そうな顔をした松葉だったのだが、すぐにパッと馬鹿っぽい笑顔を浮かべた。

「確かに、水無月の言うとおりかも」

目をキラキラとさせて、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

「ごめんね、水無月。そうだよね、私ってば自分のことなのに、誰かに頼ろうとしてた。ほんとっ、水無月の言うとおりだよ。いいこと言うね、水無月」

「いや別に、当たり前のことを言っただけなんだが…」

「えへへっ」

と、いきなり笑いだす松葉。

「どうした?」

「いや、私知らなかったなって。水無月がこんなに話やすい人だったなんて」

どうしてそんなことで笑うのだろうか。

陽キャ……いや、こいつの場合はただの馬鹿か。

思考が読めない。

「あっ、あと夢風の言葉、そんな簡単に信じない方がいいぞ。ちゃんと湊本人の口から言われたことだけ信じろよ」

「夢乃は信用できるんだけどなぁ~。でも、今はそっちの方が、私の精神的にいいから、水無月の言うとおりにするよっ」

本当にご都合主義だな、松葉は。

まぁ、でも夢風に比べたら全然、人としてはマシだな。

別に俺が偉そうに言えたことでもないんだけど。

「まぁ、そのなんだ。頑張れよ」

「うんっ、ありがとっ。なんか本当にいきなりごめんね」

「大丈夫だ」

「あっ、でもやっぱ一つだけお願いしていい?」

「なんだ?」

「私の恋愛相談。またしてもいい?」

「それ、絶対に俺にするようなことじゃないと思うんだけど……」

「いいのっ。水無月のおかげで改めて、自分の気持ちと向き合うことができたから。だから、また水無月に相談したいって思ったのっ」

笑顔でそう言う松葉。

その笑顔はあざとく笑っているように見えるのだが、きっと彼女はあざとくできるほど賢くないと思う。

だから、この言葉は本心なのだと分かった。

本当に、疑いの視線を向けないといけなくなっている自分が嫌になりそうだ。

「まぁ、俺でよければいつでも相談に乗るぞ」

「うんっ、ありがとっ」

松葉と、とりとめのない話をしながら俺は教室に戻った。

神無月や夢風、湊のおかげなのだろうか?

ほとんど初対面だったのにも、関わらず普通に喋れたのは。

何だか、自分が自分じゃなくなるような…。

そんな恐怖がほんの一瞬だけ、心に現れたのだった。


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