低徊趣味野郎

 私=作者は、低徊趣味野郎である。現実から目を背け、空想の世界に生きている。このままでは駄目だと思いつつ、やめることができない。ニュースを見るたび、悲しい気持ちになり、ネットの海に溺れて、浮上することができない。漫画を一晩中読んでは、目を赤くして、後悔とともに昇る朝日に目を細め、自分は馬鹿だと罵り続ける。

 このままでいいはずはない。世間的な正しさに近づく必要がある。でも、もう一人の自分が、冷静なんかではいられない自分が、苛立ちながら、私に言うのだ。

 それでいいのか、と。

 良いに決まっている。なぜって、生きやすくなるから。こだわりとか、妙な理屈とか、捨てちまえ。楽な方を選べよ。

 でもやはり、うまくいかないのだ。

 私は自分の世界に引きこもり、あらゆる汚濁から逃れようとする。あらゆる現実的な問題から、目を背けようとする。自分を守るため、否、単なる甘えだ。

 余裕ぶって、自分や他人の人生を評論する。あいつは駄目だ、あいつより俺はましだ。そんなことをして、何になると言うのだ。


 ある日、私は散歩をしていた。その途中で、目に付いたマクドナルドに行った。すると、入り口のところにサングラスが落ちていた。ジョン・レノンがかけていたような丸い緑色のサングラスだ。ジョンが落としたのだろうか、レンズが少し欠けている。私はそのサングラスを拾って、胸ポケットに入れた。私は店内に入った。夏の暑い日だったから、店内の涼しさが、私には嬉しかった。私は照り焼きバーガーをセットで注文した。受け取って、席について、一人でハンバーガを食べ、コーラを飲み、ポテトをつまんだ。ほとんど食べ終わったところで、隣に誰か座ってきた。誰だろうと思い、見てみると、ジョン・レノンだった。私は窓から外を見た。現実かどうか、確かめるためだ。外の世界はひとまず正常に動いているようだった。ドライブスルーの車がひっきりなしにやって来る。現実だ。

「一曲どうだい?」

 彼の手にはギターがあった。アコースティックギターだ。

「じゃあ、『イマジン』を」

 彼は頷くと、咥えていた煙草を手に取って床に放り投げ、足で踏み消した。クールだった。

 彼は『レットイットビー』を歌った。

 

 マクドナルドを後にして、私は家までの道のりをぶらぶら歩いた。暑い。汗が止まらない。日差しが肌に突き刺さるようだ。

 途中で目に付いた本屋に立ち寄った。世の中には、実にさまざまな本がある。私は文庫版の『三四郎』と『蒲団』を手に取って、適当にページを捲った。そしてそのまま、店の外に出た。

 歩いていると、散歩しているおじいさんに話しかけられた。

「それ、盗品かい?」

 私が手に持っている『三四郎』と『蒲団』のことを指しているのだ。

「ええ」

 私は胸ポケットから、拾ったサングラスを取り出して、かけた。

「何か用ですか?」

「いや、特に用はないのだが」

 私は彼の胸に蹴りを入れた。彼は尻もちをついた。眼を瞠っていた。

 私はその場を後にして、家へ帰った。


 私=作者は、低徊趣味野郎である。自己を現実と切り離して生きている。本当は散歩なんてしていなかったのかもしれないし、マクドナルドに行ったこともないかもしれない。ジョン・レノンについて何の知識もない可能性もある。

 そもそも、私は小説を書いていないのかもしれない。すべてが空想の産物で、学校に行っていたことも、部活をしていたことも、映画を観ていたことも、すべて私の頭の中でしか起こっていない出来事なのかもしれない。

 外の世界に出たって、自分の世界でしか生きられない。

 

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