第9話 ハリー殿下の優しさが身にしみます
「グラス様、私は1人で部屋に戻れますので」
なぜか私の後を付いてくるグラス様。この人はいつも忙しそうなので、1人で戻れることを伝えたのだが…
「私の事は気にしないでください。それよりも、あなたの魔力は素晴らしいですね。今までどの魔術師や魔力量の多い人たちでも、殿下に魔力を提供して無傷でいた人はいなかったのに」
そう言ってニコニコ笑っている。この人、意外と感情が豊かなのね。その時だった。
「カトリーナ嬢!」
ふと声の方を振り向くと、ハリー殿下がすごい勢いでこちらに向かって走って来るではないか。
「どうしてカトリーナ嬢が、グラスと一緒にいるんだい?」
なぜか私の手を取り、そのまま引き寄せられた。一体どうしたのかしら?
「カトリーナ殿が迷子になって困っておりましたので、部屋まで送り届けようと思っただけです。ハリー殿下がいらしたなら、問題ありませんね。それではこれで」
ものすごい勢いで去っていくグラス様。ちょっと、誰が迷子よ。失礼ね。でも、ここは話しを合わせないと。
「あの、実は…」
「そうか、カトリーナ嬢は、2日前にこの国に来たばかりだったから、場所がわからないんだね。それならどうしてメイドを連れていないんだい?」
「メイドを連れて歩くのが、好きではないので…」
きっとルルなら付いてきてくれるだろう。でも、今まで自国でさんざんメイドたちに嫌われてきた私には、どうしてもメイドたちに迷惑を掛けたくないという頭が働いてしまうのだ。そのため、ルルにも付いてこなくてもいいと伝えてある。
「そうなのか。まあ、王宮内を歩くだけなら、メイドを付けなくても問題ないか。そうそう、今ちょうど昼食を誘いに行くところだったんだ。一緒に昼食を食べたら、王宮内を案内してあげるよ。そうと決まれば、早く食事を済ませないとね」
嬉しそうに私の手を取り、そのまま腰に手を回した。一瞬驚いたが、きっと唯一遠慮なく触れることが出来る私で、人肌恋しい気持ちを和らげているのだろう。
そういえば、元婚約者のダーク様も、こうやって私によく触れて下さった。お母様が亡くなって以降、人肌に触れる機会がなかった私には、その温もりが嬉しくて、どんどん彼を好きになっていったのよね。
でも当のダーク様は、ずっとセリーヌお姉様を愛していた。私なんかが、誰かから愛される事なんて決してない。
は~、また嫌な事を思い出してしまったわ。そんな私を見たハリー殿下が
「どうしたんだい?嫌な事でもあったのかい?」
と、不安そうな顔で覗き込んできた。
「いいえ、何でもありませんわ。さあ、早く昼食を頂きましょう。私、お腹がペコペコです」
「それならいいんだ。そうだ、カトリーナ嬢はどんな料理が好きなんだい?君の好きな料理を、今度料理長に作らせるよ」
「私の好きな料理ですか?そうですね。私は野菜や果物が好きですわ」
自国にいた時は、私が野菜や果物が好きだと知るや否や、ほとんど出されることはなかった。そう、私は料理長にも嫌われていたのだ。その為ここ10年くらい、野菜や果物は最低限しか食べていない。
「野菜と果物だね。早速準備させるよ」
すぐに近くにいたメイドに指示を出している。まさか、昼食に出してくれるのかしら?そう、そのまさかだった。
昼食は、生野菜のサラダと、デザートにフルーツの盛り合わせが出されたのだ。こんなにみずみずしい野菜を食べたのはいつぶりだろう。
嬉しくてつい頬が緩み、夢中で野菜を食べた。あぁ、トマトってこんなに甘かったかしら。キュウリもレタスも美味しいわ。
そんな私に
「そんなに好きなら、俺のもあげるよ。俺はあまり野菜が好きではないからね」
そう言って、サラダを譲ってくれたハリー殿下。
「ありがとうございます。嬉しいです!」
魔力を提供している私に、気を使ってくれているだけ。頭ではわかっていても、やっぱり嬉しい。ふとハリー殿下の方を見ると、なぜかこちらを見つめていた。
「申し訳ございません。私ばかり食べて。殿下もどうぞ食事をなさってください」
イヤだわ、夢中で食べていたから、きっと呆れられていたのね。なんだか恥ずかしくなって、俯いてしまう。
「俺の方こそごめん。君があんまり嬉しそうに食事をしていたから、つい見とれてしまったんだ。なぜだろう。君が幸せそうな顔で食事をしていると、俺も幸せな気分になる」
そう言って恥ずかしそうに笑ったハリー殿下。私と食事をすることで、幸せな気分になるか…
私の方こそ、あなた様の優しさに触れる事で、心が満たされるようなそんな気持ちになるのです。そう言いたいが、さすがにそんな事は言えない。それでも、嬉しくて自然と頬が緩む。
「ごめんね、さあ、食事を続けよう。野菜もいいが、君は魔力を提供してくれているんだ。しっかり肉類も食べたほうがいい。この肉も柔らかくて美味しいよ」
「はい、頂きますわ」
再び食事を始めた。そしてデザートのフルーツの盛り合わせも、ハリー殿下のご厚意で2人分美味しく頂いたのであった。
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