8-2 僕らは魔法が使われた痕跡すら残したくない


 頭を上げると、既にもとの姿勢に戻っていたアルフレッドと視線が合う。


「今の話、全部覚えられた?」

「お、覚えるとは……?」

「ノージット卿は娘のために魔法使いを匿うことにした。その流れを、ちゃんと把握できたかな?」

「え?」


 意味がわからず、また聞き返してしまう。


 なんだ、それ。


 流れとはどういうこと?


 戸惑う真理を見て、アルフレッドは苦笑する。話が通じないのは折り込み済みだったのか、滑らかに説明してくれる。


「僕が書いた筋書きだよ。マリィが異世界の人間で自分の世界で魔法を使った結果、こちらに来てしまった。そして、着いた先がたまたまノージット卿の屋敷で、当時、彼には娘を救いたい状況にあり、マリィを匿うのを条件に娘と親しくなるよう頼み込んだ……と、こういう流れにしようと思ってる。わかった?」

「え、えっと……どういうことか、よくわかりません……」


 理解が追いつかない。筋書きとはなにか、まるでこの通りに証言せよと命じるような台詞に困惑ばかり浮かぶ。


 アルフレッドは上手く飲み込めずにいる真理に、丁寧にひとつずつ説明した。


「マリィ、僕らの世界では魔法が禁止されている」

「は、はい。それは聞きました」

「禁止されている理由は、それが強力すぎるからだ。一夜にして国が焼け滅んだ例もあるし、なんの宣告もなしに大国が魔法を使って小国を支配した例もあるし、王位継承権を勝ち取るために人を操った例もある。つまり、とても危険で、魔法を禁止しなければいつか人類は滅ぶとも言われていたんだ」

「そんな危険なことが……」


 信じられないと言いかけて、止まる。歴史を紐解けば、自分が生きた世界にも兵器が誕生して多くの犠牲者を出した過去がある。この世界では魔法がそれだったということだろう。


 真理が黙り込んだのを見て、納得したと思ったのだろう。アルフレッドは話を続ける。


「この法は大昔に作られたものなんだけど、今でもすべての国が守っている。魔法による犠牲者を出さないために。では、ここで問題。もし、魔法を使う人間がよその国にいると知ったら、世界はどうするでしょうか」

「ええと……大変だって騒ぎになります、よね?」

「そうだね。とても大変なことだ。もしかするとその国は戦争の準備をしているのかもしれないと疑いたくもなる。だから、どの国も魔法使いを有する国を認めず、全世界が結託してその国を潰すだろう。まあ、そこまでいかなくても、外交が厳しくなって世界からの孤立は避けられないね」


 一旦、話が途切れた。これでわかるだろうと、真理が答えを出すのを待っている。


 真理は考えたあと、まさかと思いながら慎重に問う。


「あの……それでは、この国に魔法使いがいるととても不都合なのでは?」

「当たり。僕らは魔法が使われた痕跡すら残したくない。これがバレたら大問題だ」

「じゃあ、さっきの筋書きとは、魔法が使われたのはこの世界じゃなくて……」

「マリィがいた世界で使われたものだから、僕らの法は当てはまらない。そうする」


 ダミアンの予感が的中した。


 頭の中が沸騰してしまいそうなほど、真理は混乱しかけた。ジョストを救いたくてついた嘘を利用し、アルフレッドは別の嘘を作ったのか。


 ということは、アルフレッドは真理が嘘をついたと思っており、本当はジョストが魔法を使ったと思っている? その証拠を掴んだのか?


 一度嘘をついた口で、真実は聞けなかった。アルフレッドもそのあたりには触れず、微笑む。


 彼の微笑みが、本当に怖くなってきた。


「マリィが魔法使いだとしても、僕らはなにも手出しする気はないから安心していい。だって、君は僕に魔法の使い方を聞いてきた。今は魔法が使えないってことだろう?」

「そう、です」

「なら脅威ではない」


 自分たちに、王家に、国に有利なように考えて話すアルフレッドに、真理はついていけなくなった。もう、とりあえずジョストが助かったということで安心していいだろうか?


「では、私はさっきのお話を頭に入れておけば大丈夫でしょうか?」

「うん。明日は君に話を確認するから、よろしく。ルイーゼ嬢にも話を聞きたいけれど、詳しいことは知らないようだから口裏あわせの必要はないかな。……君がなにも話していなければだけど」

「だ、大丈夫です」


 ここでルイーゼまで巻き込んだら大変なことになりそうだと、真理は何度も頷いた。けれど、きっとこの嘘もアルフレッドは見抜いている。もしくはそのうち調べて知ることになる気がする。嘘さえも飲み込んで、よかった、と彼は笑う。


 怖い。怖いぞ、アルフレッド。邪気のない子どもだと思っていたが、違った。


 恋お茶に登場するアルフレッドよりも、読めない人間になった。


「夜風も冷たい。体が冷え切る前に戻ろうか、マリィ」


 エスコートするようにアルフレッドが手を伸ばしてくる。優しく、人を導く手に見えるが、それは実際、人を自分の都合の良い道へ誘導するために誘う手だと真理は知った。


 取るのが恐ろしいが、ここで断る度胸もない。怯えながら手を取る真理に、ちょっとだけ、アルフレッドは寂しそうな顔をした。


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