八章「罪の行方」

8-1 この世界はどんな形だった?

 アルフレッドが部屋を出たあと、真理は別室に案内された。魔法を使ったのは自分だと自供した以上、学院の女子寮に帰すわけにはいかないと、今夜泊まる部屋に軟禁されたのだ。


 飾り気のない部屋の中には椅子やテーブルの他にベッドがあるから体を休めることはできる。はめ殺しの窓には逃亡防止か鉄格子がはめられていたが、格子がなにかの文様になっていてデザインに気遣われているせいで殺伐とした印象がない。疑わしい人間を閉じ込めていても、居心地は良くしようと考慮した結果に見える。


 女子寮で待っているであろうルイーゼへ手紙を出したかったが、陰謀を疑われて却下された。代わりに真理は無事で、今夜は帰れないことを伝えてくれることになった。


「大丈夫かなぁ、ルイーゼ……」


 日が暮れても真理が帰ってこないのを心配して、彼女まで突撃してこなければいいけれど。ダミアンがそばにいれば上手いこと止めてくれるだろうにと考え、苦い顔をする。無意識のうちにあの男を頼りにしている。ルイーゼを泣かせた男として嫌っていたのに、今は任せようという気になっていた。


「むかつくなぁ……」


 だけど、安心する。


 ベッドの上に寝転んだ真理は目を閉じて、眠ろうとした。ヤキモキしていても仕方ない。ルイーゼのことはダミアンとプリシラに任せ、自分はジョストを助けることに集中しよう。そして、読みが外れて真理を死刑にしようという流れになったときは、自分の命も助けないと。


 そのためにはなにかしらの動きがあるまで体力温存だ。なかなか眠りが訪れず、頭の中で眠れ眠れと念じ続けていたとき、コンコンコンとドアがノックされる。


 真理は飛び起きて、閉じられたままのドアを見た。


「マリーゴールド。起きてるかな?」


 アルフレッドの声だ。急いでベッドを降りて身なりを整え、ドアを開ける。


「はい。なんでしょうか」

「話がある。ついてきてほしい」


 それだけ告げると、アルフレッドは踵を返して歩き出す。答えを待たない態度は、いつもと違うから少し戸惑う。


 大人しく真理はついていった。部屋の外で待機していた衛兵にお辞儀をして挨拶し、アルフレッドの後ろを歩く。さらに真理の後ろをパーシバルが、パーシバルの横を挟むように王家の騎士が二人、ついてきていた。


 連れ出されたのは王城の屋上だった。塔を登るように螺旋階段を上がっていき、天辺につくと鍵を開けて屋上に出る。


 高層ビルのないこの世界では、王城が一番高い建物だ。視界を遮るものがなく、首都の城下町が見下ろせ、その先にある森や山も見えた。夜なのに薄っすらと森や山の形が見えるのは、月や星が明るいせいだろう。夜空を見上げると青白く光る満月が浮かんでいる。


「ここにはあまり人が来ないから、リラックスしても大丈夫だよ」


 アルフレッドの声につられ、空を見上げていた真理は視線を前に戻す。ついてきていたパーシバルと騎士の姿はなく、屋上に続くドアは閉められていた。


 塔の淵まで足を進めたアルフレッドは、遠くを見やり、それから真理もそばに来るよう促すみたいに手を差し伸べてきた。真理はおそるおそる歩みを進め、その手を取る。


「綺麗ですね」

「一番高いところに建てられた城だからね。こっち側は町と山が見えるけれど、反対側は山しか見えない。子供の頃は真っ黒な山が怖くて、町の景色から目を離さないように気をつけてたな……」


 後ろを振り返らず、アルフレッドはぽつぽつと話す。昼間のような厳しい雰囲気はなく、だからといって学院で顔を合わせるときのような気安さはなかった。手を繋いでいるのも不自然に感じる、真理とアルフレッドの心の距離があった。


 笑みを作るのは、そうするのが正しいと躾けられた結果だろう。彼らしい笑みを口元に乗せ、ねえ、と訊いてくる。


「マリィから見て、この世界はどんな形だった?」

「え?」

「マリィが異世界から来た人間で、こことは違う常識で生きてきたんだろう? なら、この世界は君の目にどう映っていたんだろうと思って」


 これは、なにかのテストなのか? 真理が本当に異世界から来た人間だと探っている?


 真意を探ろうとしたが、アルフレッドの目に裏はないように見える。疑心暗鬼になりかけながらも、少し前まで感じていたアルフレッドへの信頼を思い出し、素直な感想を口にする。


「憧れでしたよ」

「憧れ?」

「はい。この世界は私にとって、ありえない世界でした。皆が可愛くて、かっこよくて、素敵な恋をする世界。自分がよく知っている世界のようで、実は違っていて、変な感じでした」


 思い出しながら、ひとつひとつ言葉にしていく。


「お茶会に参加していた頃は傍観者のつもりだったんです。決められたレールの中で皆がどう動くか眺めていたつもりが、なぜか殿下と文通することになったり、ルイーゼと恋バナしたり……。間違えたことが多くて、後悔ばっかりなんですけど、不思議とこんな世界に来たくなかったと悔いることはなかったですね」


 うん、と一人頷いた。


「この世界は私が知っている世界とはちょっと変わっていて、だけど悪くなかったです」

「良いものとは言えないんだね」

「良いと言うには、この世界で生きるんだって意識が私に足りませんでした。いずれこの世界からいなくなるから、私はこの世界の人間ではないから……って、一歩引いたところで生きていたので、人と上手く関わってきていませんね」


 アルフレッドと繋いでいる手に視線を落とし、そっと引き抜いた。彼はそれを止めなかったけれど、同じように視線は自分の手に落ちる。


「誰とも繋がろうとしなかった私が、この世界で幸せを感じて、いいなと思うのは難しかったんだと思います」

「結婚を考えていないと言った理由もよくわかったよ。自分のことより、ルイーゼ嬢を優先していた理由もね」


 顔を上げてアルフレッドが笑う。これまでの弱い笑みとは違った、吹っ切れたような笑顔だ。


 真理は彼の台詞にハッとした。


「私が異世界の人間だと信じてくださったのですか」

「信じるのは難しいけれど、ノージット卿が君の本当の名前を知っていた。僕がどうしてその名前を知っているのかと驚いてね。そのあとは、こちらの質問に対して丁寧に答えていったよ。マリィが突然ウェルザー家の屋敷に現れたことや真実を隠して自分の娘にしようとした理由……。当時はルイーゼ嬢が母親を亡くして気落ちしていたことも皆が知っているから、彼が新しい家族を迎え入れて立ち直らせようとしたのもわかった。ノージット卿に恩を感じるマリィはそれに協力していたんだね?」

「は、はい。そうです」


 事実はルイーゼの婚約のための協力だけれど、落ち込んでいる娘の力になってほしいと言われたのは嘘ではない。


 頷くと、アルフレッドは話を続ける。


「ノージット卿が魔法についてマリィに教えなかったのは、怖がらせないようにするためだったということだ。魔法を使う人間は死罪になる。そんなことを知れば、君はきっと怖がるから黙っていようと決めたらしい。実際、君は僕から話を聞いて怖がっていたから、ノージット卿の判断は正しかったんだ。今の貴族社会で魔法を話題にする人間はほぼいないから、本当なら知られることはなかっただろうしね……」

「そう、そうですね」

「だけど、僕が疑いを持って調べてしまったから、今回はこんなことになってしまった。申し訳なかった、マリィ。君たちを怖がらせてしまったこと、謝罪する」


 深々とアルフレッドが頭を下げ、真理は慌てて「やめてください」と制止する。


「殿下が謝ることではありません! その、疑いを持たれたのは私の行いの結果です。こちらこそ、紛らわしいことをしてしまい、申し訳ありませんでした」


 嘘のストーリーでアルフレッドが謝っているのが申し訳なく、真理も深く頭を下げ返す。本当はジョストが魔法を使っているんですとは言えないから、騙して申し訳ないという気持ちで謝っていた。


 だが、真理の謝罪を聞いたアルフレッドは「うん」となんの感情もない頷きを返す。


「そういうことにしておこう」

「え?」

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