7-2 俺たちは共犯者ということで
いつの間に窓が開いていたのか。ほんの少しだけ開けられた窓の向こうにダミアンがいて、真理もルイーゼも目を白黒させた。
ダミアンは女子寮のそばに生えている木を登ってきたようで、手振りで窓を開けるよう頼んでくる。慌ててルイーゼが窓を開けると、座っていた木の枝を蹴って、部屋の中に転がり込んできた。
「ダミアン様、いつからあそこに? もしかして、話を聞いていたんですか」
「怒るな、マリーゴールド。ルイーゼが取り乱していたという話を聞いて、つい」
「ついって! 盗み聞きもですけどね、ここは女子寮ですし、男子禁制なのに……!」
「だから静かにしてもらわないと困る。人が来たら退散しないといけないだろ」
「最初から来るなと私は……!」
「あ、あの、ダミアン様。お話を聞いていたとはどこからでしょう?」
真理とダミアンが一触即発しそうな雰囲気の中、二人を遠ざけるためにルイーゼが間に入ってくる。
ダミアンは「それだがな」と少し、気まずそうな顔を見せる。
「ノージット伯爵が魔法を使ってマリーゴールドを召喚したというあたりから……」
「重要な部分をほとんど聞いてるじゃない!」
「声をかけるタイミングがなかったんだ。大事な話をしているのにその話の腰を折るのも悪いだろ?」
「ダミアン様には関係ない話なんですから、女子寮に忍び込んでまで来るのはおかしいと私は言いたいんです」
「関係ないとは言い切れない。俺は、いずれルイーゼからの信頼を取り戻したら結婚を申し込むつもりでいた。だから、婚家の話は無関係と言い切れないだろ?」
「結婚?」
「けっ、結婚、ですか?」
惚ける真理と反対に、ルイーゼの頰は上気している。取り乱しかけた彼女は、すぐに我に返り、咳払いをした。
「では、もう関係ないのでは? お聞きした通り、我が家はおそらく没落するでしょう。ダミアン様と結婚なんて……」
「ウェルザー家がなくなったとしても俺は求婚するから、関係なくなったってことはない。まだ関係ある」
「な、なにを言ってるんですか! 罪人の娘が嫁入りなど、ご実家が許されるはずないでしょうっ」
「それはまだ話していないからわからない。反対されたとして、説得する前に引き下がるのは俺の性に合わないからな。まあ、今はその話は後回しにしよう」
「後回し……っ?」
「今重要なのはノージット伯爵だ。なにか手はないのか?」
動揺しているルイーゼを置いて、ダミアンは真理に訊いてくる。さっきまで落ち込んでいた気持ちが、ダミアンの登場によってうやむやになってしまった。彼に腹が立っていた分、話を振られて状況を振り返ると冷静になれた。
「……ジョストは伯母さまに手紙を残したと言ってた。自分を切って、家を残す方法だとか……。それを見つければ、ルイーゼは助けられるんじゃないかと思う」
「わたしはジョスト・ウェルザーの娘としての責任を放棄するつもりはありません!」
「と言ってるが?」
「でもね、ルイーゼ。それがジョストの願いで……」
すんなりルイーゼの言い分を受け入れたダミアンと違い、真理は彼女を止めようとした。心意気は立派だが、親の罪を子供が背負う必要はないだろう。逃げられるなら逃げた方がいい。
だが、真理が説得する前に「まあ待て」とダミアンが遮ってくる。
「ルイーゼは父親が罪人になるのなら逃げるつもりはないということか?」
「もちろんです」
「マリーゴールドは、ルイーゼに罪人の子になってほしくないということだろ?」
「当たり前でしょ」
「なら、ノージット伯爵の罪を消そう」
「「はい?」」
突拍子もない提案に、真理もルイーゼも素っ頓狂な声をあげる。
「いや、なにを突然言ってるの? ジョストが魔法を使ったのは確実なんだよ?」
「その証拠はマリーゴールドだと言ったよな?」
「そう。あと、家に魔法の本がある。すごい厳重に保管されてるけど、探せば見つかるよ」
「本は厄介だな……。まあ、マリーゴールドの方はなんとかなるだろう。ノージット卿も命を引き換えに召喚を行ったなら、怪しまれないように手を尽くしているはずだ。孤児ということではっきりした書類が残っていないだろ。召喚されたなんて、誰も考えない」
「けど」
「シラを切り通せれば、ノージット卿の勝ちになる。が、魔法の使用は大罪だから、国も生半可な調査をしないだろ。つまり、あー……どれだけノージット卿が耐えられるかが問題だな」
言葉を濁すとき、ダミアンはルイーゼを横目で盗み見た。ジョストがなにを耐えるのか。言わなかった言葉の意味を真理は推測する。……おそらく拷問だろう。
ルイーゼも省略された言葉の意味に気づいた。気丈だった表情に少しだけ陰りが出る。
「早めに楽にしてしまいましょうか。どうせ自白するなら、痛い目を見る前にわたしが密告を……」
「それだとノージット卿が罪人になり、マリーゴールドが傷つくことになるぞ。自分のせいだって、責めそうじゃないか」
ダミアンに指摘され、ルイーゼはハッとする。憐みを持って見つめられると居心地が悪い。苦笑いをして、頭をかいた。
「私のことは気にしないで。でも、ルイーゼの未来を閉ざしたくないから、できればジョストを助けたい」
「国を騙すのは良いことですか?」
正論に、真理は口を噤んで俯いた。反対に、ダミアンは「悪いことだな」とはっきり答えた。
「だが、この国に限らず世界中に暴かれていない罪はある。貴族社会は特に。ノージット卿が世界征服のために魔法を使おうとしたなら危険だが、一人娘のためにしたことだ。俺は、助けてもいいかなと思う」
「私は……罪は償うべきだと思うけど、私を召喚したことで死罪になるのは嫌だ。だから、死んでほしくなくて……助けたい」
個人の事情だ。どちらも正しくないことを口にして、ルイーゼの困惑はわかりやすく表情に出ていた。
「わたしもお父さまに死んでほしいとは思っていません。助けたいです。ですが、法は守るべきで……」
揺れたルイーゼの瞳から涙が落ちる。
「助けたいと思って、いいのでしょうか……?」
「ここ三人の意見は一致する。俺たちは共犯者ということで、許し合おう」
「ずるい提案ですね……」
迷いのないダミアンの態度が、ルイーゼの背を押したのか。泣きながら、貴族の令嬢らしく、微笑む。
「わたしも罪を犯します。お父さまを助けるためにできることを話し合いましょう」
ちくり、ちくりと罪悪感が心を刺す。ルイーゼが背負うはずのなかった罪だ。これは、真理が召喚されたことで捩れた道で、ルイーゼはヒロインだったのに犯罪に手を染める。
ダミアンが差し出した手に、ルイーゼの手が重なった。そして、二人の視線を受けて、真理も手を重ねる。
ここの三人が共犯者。この罪を背負って生きるのだろう。だが、真理はいずれ自分の世界に戻る。彼らはこの世界で生き続け、ずっと罪の意識を持ち続けるだろうが、元の日常に戻った真理はどうだろうか。
いつか、この世界は夢だったと、罪の意識も薄れないだろうか。
そのとき、あることを思いつく。
「そうか……。こうすればいいんだ」
無意識にぽつりと零れた声に、二人が真理を見る。真理も二人の顔を見上げた。
一緒に罪を背負い続ける方法を思いついた。
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