七章「魔法を使ったのは誰?」

7-1 とてもずるい質問するね

 ジョストがアルフレッドに連れて行かれたあと、真理は馬車で学院に戻された。行きに侍女に襲われたからと理由をつけて王家の騎士が護衛についたが、真理から見れば護衛ではなく監視だ。逃げないか、見張られている気がする。


 無事に学院の女子寮に着いたとき、お茶会に参加しているはずのルイーゼが泣きそうな顔で出迎えた。


「お姉さま!」


 もうここにまで知らせが届いていたのか。それで、お茶会に参加できなかったのか?


 貴族の令嬢らしくと、いつもならなにがあっても外で取り乱さないよう笑顔を絶やさないルイーゼが弱り切った顔で真理に抱きつく。


「お姉さま、お父さまが……」

「うん。私も知ってる。大丈夫だよ、ルイーゼ。大丈夫だから……」


 なにが大丈夫なものか。


 気休めの言葉をかけながら、騎士に礼を返して真理たちは部屋に戻っていった。途中で他の生徒とすれ違ったけれど、誰も声をかけてこない。わかりやすく避けられるのは真理にとって慣れた光景で、ルイーゼにとってはつらい対応だったようだ。


 ぎゅっと真理の腕にしがみつくルイーゼに、真理は軽く肩を抱いて励ますくらいしかできなかった。


 母親を亡くした頃のルイーゼは皆から遠巻きに見られ、それで孤立したはずだ。遠慮なく近づいてきたのがダミアンだけで、それで彼に惚れたのだから、実は周りに人がいないとルイーゼは弱っていくタイプなのかもしれない。


 部屋に入ってすぐにプリシラが紅茶を用意してくれた。ルイーゼを先に椅子に座らせてから、真理も椅子をルイーゼの横に移動させて座る。


「お姉さま。いったい、どういうことなんでしょう? わたし、詳しい話を聞いていないんです。お父さまは事情聴取を受ける、わたしにも話を聞くことがあるかもしれないから待機していてほしいと言われて……」

「ルイーゼにも話を聞くと言ったの?」

「はい。あの、お姉さまはお父さまにお会いできましたか? お父さまの様子はいかがでした? なにかおっしゃっていました?」


 不安が、ルイーゼの瞳いっぱいに広がっている。真理が知っていることをすべて聞きたいというように身を乗り出してくるが、話せる内容はどれもルイーゼを安心させられるものではない。


「ジョストは……お父さまは、伯母さまに手紙を残したと……」


 ルイーゼを安心させられる話はなんだろうと考え、無難なことを口にする。その途中で、真理は迷った。


 今ここで、ルイーゼを蚊帳の外に置くのは正しいのだろうか?


 父親が死刑になるかもしれないだなんて、言わない方がいい情報だろう。どれだけルイーゼが傷つくかわからない。しかも、死罪になるほどの罪を犯したのは自分のためだと知ったら? ルイーゼは自分を責めないか?


 ここで嘘をつくことはできる。だが、きっと、ルイーゼはなにも知らないままではいられない。


 王家の騎士か。

 取り調べか。

 学友か。

 伯母か。

 街の噂か。


 どこかで父の死の理由を知り、なぜ魔法を使ったのか探るだろう。そのとき、真理はそばにいるかどうかわからない。彼女は一人で、父親の罪に向き合うのかもしれない。


 ぎゅっと膝の上で拳を握り締めた。真実を話すのが必ずしも正解とは限らないけれど、ルイーゼに問うことはできる。


「あのね、ルイーゼ。私は今、ルイーゼにとって悪い話を持ってる」

「え」

「とても悪い話。ルイーゼは絶対に傷つくし、怒ると思う。けど、それがジョストが連れて行かれた理由なの」


 これを、話していいのか。


 そう迷う心を、真理は奮い立たせる。


 ルイーゼが泣いても、怒っても、傷ついても、そばにいよう。彼女を幸せにすると決めたのだ。なにもできなくても、ルイーゼが父親の罪を知って打ちひしがれないように、そばにいる。


 彼女の姉なのだから、逃げない。


「とてもずるい質問するね。ルイーゼ、あなたは自分が傷ついてでも本当のことを知りたい?」


 ルイーゼに困惑の色が浮かんだのは一瞬だった。すぐに表情を引き締め、頷く。


「わたしは知りたいです。悪い話とはなんなのか、それを知らなければいけないと思います。だからお姉さまも話してくださるのでしょう?」

「知らないままでいてくれたら嬉しいけどね。でも、秘密を隠し通すのは難しいから」


 勝手にルイーゼに話したことを、あとからジョストは怒るだろう。大切な娘を傷つけたなと、真理を詰るかもしれない。


 それでも、真剣な瞳を自分に向けてくるルイーゼに、もう嘘をつくのはやめようと決めた。


 小さく深呼吸し、真理はプリシラを一瞥した。彼女は心得たように礼をして、部屋を出ていく。


 足音が遠くなるのを聞いてから、真理はルイーゼの手を包み込むように掴んだ。


「ジョストが連れて行かれたのは魔法を使った疑いがかかったからなの」

「……え?」

「魔法の使用がえっと……法で禁止されてるって知ってる?」

「え、ええ。連法ですね。この世界共通の法で、これを破ると世界中の国からバッシングが……」


 話しながら、キリリと引き締まっていたルイーゼの顔が青ざめていった。


「まさか、お父さまが? 嘘でしょう?」


 嘘はつかないと決めても、この世の終わりといった顔で問われ、真理はこれ以上はなにも言いたくなくなった。その罪で連れて行かれただけで、そんなの疑いだけだから大丈夫だよと落ち着けさせたい。


 だが、嘘ではないことは真理がよく知っている。


 ごめん、と謝った。


「嘘じゃないの。本当なの」

「お父さまが魔法を使ったと?」

「そう」

「本当に? お姉さまはその現場を見たのですか? なにかの間違いでは? お父さまがそんなことするだなんて、わたし……」

「あのね、ルイーゼ」


 彼女の顔が見ていられなくて、視線が落ちた。互いを支えるように繋いだ手を見つめ、告白する。


「私がその証拠なの」

「はい?」

「ジョストは魔法を使った。それは、異世界から人を召喚する魔法で……私は、彼の魔法によってここに来たの」


 真理は、自身に後ろ暗いことはないはずだと堂々としていられなかった。勝手に召喚され、ほぼ脅しでルイーゼのサポートについた。魔法の剣に関しては被害者だと言っていいはずだ。


 けれど、目の前で絶望していくルイーゼを見たら申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。


「ごめんね、ルイーゼ。私がいなければジョストは捕まらなかった。魔法を使った証拠もないし、私がアルフレッドに魔法のことを聞かなければこんなことにもならなかったと思うし、私……」


 わたし、と声が涙ぐむ。


「ルイーゼの幸せの邪魔をした……」


 被害者というなら、ルイーゼも同じだ。彼女だって、なにも知らずに生きてきた。そして知らない間に父親は罪人となっていた。


 ぎゅうっとルイーゼの手を握り締めた。真理より小さくて、柔らかい手。白くて、滑滑した肌で、ヒロインらしい綺麗な手だ。彼女は真理がいなくても幸せになれたのに。


「ジョストのことだけじゃない。私がここに来なければ、ルイーゼはダミアンと誤解することもなかったかもしれない。ここに来て、私、ろくなことしてない。ルイーゼを幸せにするためにいるのに、全然良くないことばかりして……」


 すべて、ルイーゼのためを思ってしたことだった。お茶会の成功は学院編のため。パラメーター上げは攻略対象に好かれるのに必要なこと。そうして指示したことはルイーゼの気持ちを傷つけていて、さらにアルフレッドとくっつけようとしたのは両者を傷つけた。


 真理が三年間やってきたことは誰かを傷つけることばかりだ。


 ごめんなさい、と謝罪が零れる真理の手を、ルイーゼが強く握り返した。


「お姉さまは望んでこちらにいらっしゃったのですか?」

「え?」

「わたし、なんとなくわかります。あの頃にお姉さまがいらっしゃった理由は、きっとわたしのためだろうと。お父さまはわたしのためなら度を超えたことをする。それは娘として、よくわかっているのです」


 真実を知って、落ち込んで、泣きそうだったルイーゼの顔つきが変わっていた。反対に、泣きそうになっているのは真理の方だ。


「お父さまはわたしのためにお姉さまをこちらに喚んだのではありませんか?」


 正直に答えるか迷い、返事が遅れる。それでルイーゼは納得したように頷く。


「やはりそうなのですね」

「でも、私も条件を飲んだし……」

「知らない世界に来て、正常な判断をするのは難しいことです。お姉さまが気に病むことなんてなにひとつありません。お父さまが自分の決断で行い、過ちを犯した。それならばこれは、ウェルザー家の罪でしょう。お姉さま。お姉さまの罪ではないのです」


 でも、と言いかけた真理に、「お姉さま」とルイーゼが畳み掛ける。


「ここでお姉さまが悪いと言ってしまえば、わたしたちは自分の罪をお姉さまにかけることになります! そんな卑怯者にはなりたくありません!」

「……でも、ルイーゼは悪くないんだからね?」

「父の罪は娘も被るものです」

「その理屈だと、一応私も娘だからルイーゼと同じ立場なんだけど……」

「お姉さま」


 あれこれと言い返す真理の言葉を、ルイーゼはぴしゃりと遮る。


「それは屁理屈です。一度、ご自分は悪くないと受け入れてください」

「そう簡単に割り切れないよ……」

「お姉さまにそこまで罪悪感を与えたのも、お父さまの罪ですね。わたし、事情聴取を受けることになりましたら、はっきりと申し上げます。ジョスト・ウェルザーは罪人だと」

「えっ! いや、待って……!」


 変な方向に振り切ったルイーゼは「待ちません」と言って立ち上がった。


「めそめそして申し訳ありませんでした。お姉さまが悩まれたのはわたしが弱いからでしょう? ですが、もう大丈夫です。わたしはどんな運命も受け入れます」

「待って待って、ルイーゼ! ダミアンのことはどうするの? 彼と婚約するなら、ここでジョストが罪人になるのは困るでしょう!」

「いいえ。困りません」

「いや、俺が困る」

「へっ?」


 ルイーゼの声に被せるように男の声がした。二人だけしかいない部屋に、他に人がいる様子はない。が、真理が聞いた声はルイーゼにも聞こえたようで、彼女も困惑してきょろきょろしていた。


「こっちだよ、こっち」


 また、声がすると同時に窓をトントンと叩く音がした。


「きゃっ……! えっ、だ、ダミアン様っ?」

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