6-3 死刑になるって知ってて私を召喚したの?


 次の休日。朝から真理のもとに手紙が届いた。差出人はジョストで、ルイーゼも部屋にいるときにサニーから手渡されたから、彼女が不思議そうに訊いてくる。


「お父さまがお姉さまにどんなご用で?」

「学院生活に慣れないから、ちょっとね。心配してこっちに来たみたい」

「お仕事を放り出していらっしゃたのですか……」


 呆れたようにルイーゼはため息をつく。


「お父さまの心配性も相変わらずですね。お姉さま、そんなに学院生活が合いませんでした?」

「うーん、慣れないってだけで合わないわけじゃないよ」

「まだご学友もいらっしゃらない様子ですが……」

「そこ突かれると痛い」


 いずれこの世界からいなくなるのだからと、積極的に友達は作っていない。だからこそ、ぼっちになっているのだが、ルイーゼに詳細を説明できないから紅茶を飲んで濁す。


「まあ、心配してやってきたお父さまに大丈夫なところを見せてくるよ。ルイーゼは今日、お友達とお茶会でしょ?」

「お姉さまもお誘いしようかと思っていたんですよ」

「あはは。それは向こうが困るんじゃないかな」


 ルイーゼに新しくできた友達のほとんどは、ルイーゼの見た目や人柄に惹かれて縁を持とうとした人たちばかりだ。そこに貴族ルールに疎い真理がやってきては、雰囲気はぶち壊し、邪魔者扱いされるのが関の山だろう。


 ざっと手紙に目を通した真理は、そばに控えているサニーに命じる。


「お父さまに会いに行くから、着替えを手伝ってくれる?」

「……かしこまりました」


 先日脅したせいか、態度が固い。もちろん、脅し以外にも彼女にとって気がかりなことがあるとわかっていながら、真理は口に出さずに出掛けるためのドレスに着替えた。


 ルイーゼとは部屋で別れ、真理はサニーが手配した馬車に乗り込む。


 そして。


「話があるから、サニーも乗ってくれる?」

「……侍女は馬車を使いません」

「知ってる。だけど、話があると言ったでしょう? お父さまを待たせてるんだから、早く乗って」


 ジョストの名前を出せば、渋々サニーは馬車に乗り込んだ。どこか居心地が悪そうに真理の斜め前に腰を下ろす。


 ゆっくりと馬車は動き出し、真理はサニーに告げる。


「なんの話かわかっていると思うけど、一応順序立てて話すね。サニー、私がお父さまに出した手紙、読んだでしょう?」


 質問ではなく、確認だ。サニーがどう言おうと、真理は彼女が手紙を開いたと確信している。


 ジョストに渡した手紙は、鶴の形に折った。そして、それが開かれていたら教えてほしいと、手紙に書いたのだ。


 ジョストからの返事には真理が手紙に残したイラストのような形をしていなかったと書いてあった。つまり、サニーは手紙を開き、元に戻そうとしてできなかったのだ。


 この国に折り紙の文化はないから、当然折り鶴の折り方もわからない。悪戦苦闘した跡は残っていたから、サニーが真理の意図に気づき、慌てて手紙をもとに戻そうとしたのだろう。


 手紙の内容を一見、どういった意味のものか分からないように簡潔に書いていてよかった。でなければ、サニーの口からルイーゼの耳へジョストが召喚魔法を行ったと伝わっていたかもしれない。


 答えないサニーに対し、真理は話を続ける。


「私はね、サニーが私に敬意を示す気がなかろうが、私のことを嫌っていようが、どうでもよかった。周りが変に思わないよう、お互いに主従関係のふりを装っていれば、それだけで充分だった。充分だと、思ってた」


 召喚されてから三年間、サニーは真理のそばにいた。その間、一度も変わっていなかった表情が崩れ、青ざめている。


「信用できない人間をそばに置くってことは、私のプライバシーが侵害されることだってよくわかったよ。悪いけど、お父さまにサニーを返すわ。私にあなたはいらない」

「お、お嬢さま、ですが私はっ……!」

「人には言われなくてもやっちゃいけないことがあるって、わかるよね? 手紙を盗み見るなんて、私が禁止しなくてもやっちゃいけないことだよ。誰かのスパイとして私を探るなら、まあ理由を聞かないこともないけど……サニーの場合は私怨でしょう? 私に仕えたくない、私が気に入らないってだけでやってはいけないことをしている」


 言葉を並べ立て、相手を責めるのはいい気分がしない。が、これを曖昧にすると、ウェルザー家の秘密をサニーが握ってしまうかもしれなかった。


 大切なのは侍女か、それとも召喚相手か。


 結果は見えている。


「なにを言われても、今のサニーをそばに置けない。侍女は新しい人を用意してもらう」


 恐怖するように顔を歪めていたサニーが、固まった。泣きそうになって、言い訳を探して口をパクパクと動かし、やがて俯いて……突然、顔を上げる。


 憤怒に染まった目で睨まれて、硬直したのは真理の方だった。


「偉そうに! たかが孤児が運に恵まれただけで、いい気になってッ! 私より自分の方が偉いとでも思っているの? 思い上がらないでよ! そんなの、ウェルザー家の力だわ。アンタになんの価値もない!!」


 ドンッと肩を押されて、座席に体がぶつかる。痛いと感じるよりも強く、罵声の方が衝撃だった。


 価値なんて、自分にあるとは思っていないんだけど。


 惚ける真理に、サニーは堰を切ったように吐き出す。


「ルイーゼ様に黙って、旦那様に取り入ろうとしてるんでしょうけど、その意地の汚さが大嫌いよ! なんでもわかった顔をして、いい子のふりをして、その顔を暴く人間がいると陥れる。そういう最低な人間に誰が進んで仕えると思う? 私がアンタに仕えたくないのは、アンタの底意地が汚いからで、まともな人間ならもう少し私だって考えたわ!」


 御者が異変に気づいたのか、馬車が止まる。続いてドアが開けられ、「サニー!」と叫ぶ声がする。


 サニーの手は真理の胸ぐらを掴んでいて、今にも殴りかかりそうだった。


「アンタの化けの皮なんてすぐに剥がれるんだから。人ん家の権力で大きな顔をしていられるのも今のうちよ!」

「サニー! やめろ、やめるんだ! お嬢さま、離れてください!」

「こんな奴、お嬢さまなんかじゃない!」


 叫ぶサニーを無理やり御者が引き剥がす。離れろと言われて、ずるずると座面の上を滑り、横に移動する。


 心臓が、大きな音を立ててドクドクと血が流れているのを強く感じたような気がした。開けっ放しのドアの向こうでサニーが暴れて叫ぶ様子が見え、さらに遠巻きにそれを眺める野次馬がいる。現代であれば、SNSで拡散されそうな事件だ。


 その事件の真ん中に自分がいるのが信じられない。


 どうすればいいかわからず、動けないでいると、騒ぎを聞きつけた衛兵がやってきた。御者から事情を聞き、一人が真理の様子を見に来る。


「お嬢さま、お怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫です」

「これからあの侍女を連行し、取り調べいたしますが、お嬢さまは……」

「お父さまに呼ばれているから、先にそちらに向かっても構いませんか? 必要があれば、お父さまも一緒に伺います」

「いえ。こちらが伺います。お嬢さまはどうぞ、安全なところにいらしてください。この女の他に危害を加える人物に心当たりはありますか?」

「……ありません」

「かしこまりました。それでは、道中お気をつけください」


 彼はちらりと周囲を確認した。真理の他に御者がいない状況に少し眉を顰めたが、深く咎めることなく出発を許される。


 御者は真理を気遣ったあと、馬車を発車させた。そのあとは問題なくジョストと待ち合わせている屋敷に辿り着き、侍女の代わりに御者が取り次ぎを乞うた。


 道中に遭ったことはまだジョストの耳に入っていなかったらしい。御者がなにをどう説明したのか、取り次ぎをしようとした人間が慌ててジョストを呼びに行き、真理は奥からやってきた使用人の手を借りて馬車を降りる。


「マリィ! 無事か!」


 屋敷に玄関を潜るや否や、ジョストが駆け寄ってくる。真理の様子を確認し、ほっとしたように息をつく。


「あの手紙の意味はどういうことかと思っていたが……もしや、侍女を疑っていたのか」

「ええと……話したいことはそれ以外にもあって、まずは部屋に行きたいんだけど、ここはどこなの?」

「懇意にしている商人の屋敷だ。娘と秘密の話がしたいから部屋を借りたいと言ったら、快く貸してくれた」


 こちらへ、とジョスト自ら案内する。他の使用人がついてこないのは、ジョストが人払いをしているからだろうか。


 通されたのは、机とソファが二脚用意された簡素な部屋だった。窓には内側から鉄格子がかけられ、使用人を呼ぶベルもない。


「なにこの部屋……」

「秘密の話をするときに使う部屋だ。ドアも、壁も、他より分厚く作られている。天井に空きもない」

「こんな部屋を貸してほしいと言って、商人に怪しまれなかったの?」

「貴族に秘密はつきものだからな。気にしなくていい。言っただろう? 懇意にしてると」


 きな臭い話が飛び出てきそうだ。ジョストは使えば死罪になる魔法を娘のために使用した経験のある男だ。危ない橋も平気で渡りそうで、ぞっとする。


 先にジョストがソファに座り、真理にも座るように手で示した。だが、真理は立ったまま腕を組んでジョストを睨みおろす。


「サニーの話は既に聞いたと思うから、簡潔に話す。彼女が私の動向を探って、ルイーゼにも情報を漏らしてたみたい。手紙も勝手に読むからジョストに解雇を頼むって言った」

「それで騒動に……」

「彼女のことも驚いたし、ちゃんと話したいけど、まず大事な話があるの。ジョスト、魔法がこの世界で使用禁止されてるって本当? 使ったら死刑になるって知ってて私を召喚したの?」

「当たり前だろう」


 あっさりとジョストが認め、真理は唖然とした。


「本気?」

「もちろん。あのときの私はルイーゼのためならばなんでもするつもりでいた。それがたとえ禁忌でも、娘の幸せのためなら……」

「ジョストが捕まったらルイーゼは幸せじゃないでしょ!」


 この男の行動は少し暴走しがちだとはわかっていた。娘のことになると過剰に反応し、対応する。真理もそれを利用してサニーを脅したのだから、ジョストの性格について責めるべきではないのかもしれないが……愛情故の行動が行き過ぎている。


 どさりと勢いよくソファに座り、頭を抱えた。


「信じられない。そんな危険な橋を渡ってたなんて知らなかった……」


 恋お茶の世界は恋愛が大きなキーとなるファンタジーな設定で、パラメーター調整と攻略対象とのイベントが主だった。死刑の話なんて出たことがない。


 こんなあり得ない状況に自分が巻き込まれているだなんて、思いもしなかった。


 大切なことを黙っていたジョストは、それでも「お前のためだ」と言い放つ。


「知らせることで、マリィの言動からボロが出たら困る。だから、あえてなにも言わずにいたんだ」

「それが裏目に出たかもしれないよ」


 大きくため息をついて、ジョストに向き直る。裏目に出たと聞き、彼の表情は険しいものに変わった。


「なにがあった?」

「殿下に魔法のことを聞いちゃったの」


 死罪だと言われ、そのあとに変なことは口走っていないはずだ。だから、真理がジョストに召喚されたとは思っていないはず。……はず、という不確かな要素しかない。


 おかしなことを口にしてはいなくとも、思いっきり動揺してしまったせいでアルフレッドから怪しまれている可能性はある。だから、ジョストに聞いておきたかったのだ。


「もしかしたら、殿下が私のことを調べるかもしれない。魔法のことをなんで知っているのかって。そしたら、ウェルザー家のことも調べるだろうし、ジョストがやったことが明るみに出るかもしれないよ。どうしよう!」

「落ち着け、マリィ。大丈夫。絶対にバレない秘密はないと、私は理解している」

「はあっ? じゃあ、なんで危ないことに手を出したの!」

「それはルイーゼのために……」

「ルイーゼのため、ルイーゼのためって言うけど、こんなの絶対にルイーゼは嬉しくないでしょ! ルイーゼはきっと、ジョストがそばにいて話を聞いてくれるだけでよかったと思う。あとはあの子の天性のモテで好きな人とも結婚したよ!」


 自分のことは棚に上げて、ジョストを詰る。こんなに苛立っているのはジョストの向こう見ずな行動に腹が立つのはもちろん、自分と同じようにルイーゼの気持ちを無視しているせいかもしれない。


 ジョストも、真理も、ルイーゼを大切に思っている。


 が、彼女のためにやることはすべて、彼女が望まないことのような気がした。


 間違えている。私たちは最初から間違えたのだと、真理は怒気を追い出すように深く息をついた。


「とにかく、殿下が調べてもなにも出ないようにしないと。ジョスト、あの魔法の本は厳重に管理されてるんだよね?」

「ああ、大丈夫だ。これまでバレていなかったのだから、屋敷にある本が見つかることはない。バレるとしたら……」

「私が口を滑らせること……?」


 秘密にしなければいけないのはわかっても、気づかないところでボロを出すのではないかと恐れた。勉強しても、真理は普通よりものを知らない。この世界の当たり前を熟知しているとは言えない。


 だから、間違いが起こるとしたら、自分からだろうと怖くなった。


「マリィ。落ち着きなさい。さっきも言ったように事が暴かれる可能性を私も考えていた。その場合、私だけを切り、家は残るように姉宛の手紙を残していて……」


 真理に言い聞かせるように説明していたジョストの言葉が、ドアがノックされる音で止まる。


 コンコンコン、と。


 それは今の緊張状態に嫌な響きを与えた。


 外に音は漏れない部屋だ。こちらが開けなければ、外部の人間はドアを開けられない。


 ジョストが立ち上がり、ドアノブに手をかけた。真理も腰を浮かせたとき、ドアが開けられ、見慣れた立ち姿を発見する。


 アルフレッドだ。


「ノージット卿。貴君には魔法使用の疑いがかかっている。すまないが、これから一緒に王城に来てもらう」


 アルフレッドの後ろにはパーシバルと、王家の騎士の紋章を身につけた騎士団員が数名いた。彼らはジョストを捕らえるため、連れてこられたのだろう。


「ジョスト……!」


 堪らず、真理はジョストに駆け寄って、その背にしがみつく。大丈夫、と落ち着いた声で答えるジョストに対し、アルフレッドの青黒い瞳はどこまでも冷たかった。

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