6-2 僕は彼女を調べるよ

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 女子寮にマリィを送り届けたあと、アルフレッドは真っ直ぐ男子寮には戻らず、学院に寄り道していた。後ろから一定の距離を開けてパーシバルがついてくる。


 用があったのは学院長室で、そこである資料を見せてもらったあと、ひと気のない中庭に向かう。


「やっぱり……確かめておいた方がいいか」


 ぽつりと零した言葉は独り言のようであり、パーシバルに意見を求めているようにも聞こえる。主の言葉にパーシバルは少ししてから答えた。


「帰ったらすぐに手紙が出せるよう、準備いたします」

「頼む。……父上がなんと言うか、想像が容易いよ」


 パーシバル以外に人はいないのだから、笑みは必要ない。そう思っても、自然と落ちるのは苦笑だった。苦い思いを笑みですり潰し、なにもないふりをして重い気持ちに蓋をする。


 アルフレッドの頭にあるのは、マリィが魔法について訊いてきた、あの瞬間のこと。彼女は魔法が実在すると思っていた。つまり、魔法の存在を知っていたのだ。それなのに、魔法を使ってはいけないことは知らなかった。


 彼女はどこで、どうやって、魔法を知ったのだろう?


 絵本の中で知ったのなら、今の年頃で魔法は本当にあると信じているのはおかしい。空想好きな人は夢見るかもしれないが、マリィはそう言ったタイプではない。現実にあると信じて質問してきたのは、実際に魔法を目にしたことがあるからではないのか?


 彼女に関しては、ウェルザー家に引き取られる経緯にも謎があった。マリィは孤児院からウェルザー家に引き取られたのではなく、ウェルザー家の当主であるジョストがたまたま路地で一人暮らしているところを拾ったと言う。幼い子供が一人で生きるのは難しいだろうという慈悲は、貴族社会では美談になる。当時はジョストをよくできた人間だと褒める者もいた。


 一方で、どこで拾ったのかと疑問を持つ者もいた。


 世界は平和で、エスペラルサ王国はある程度の豊かさを保っており、子供が一人で路上生活しているのは珍しい。一部の治安が悪い地域であれば見かけることもあるが、貴族が向かう場所ではない。


 ジョストがどこでマリィと出会ったのか。それは謎であったが、彼を問い詰めるほどの大きな問題ではなかった。孤児が拾われた。ジョストは手厚く保護し、娘として大切に育てている。ならば、問題はない。


 しかし、マリィが魔法を見たことがあるとなると、アルフレッドにとっては問題になる。この国に魔法を使う人間がいるのならば、早急に見つけ出し、叩き潰さないと国際問題だ。


「書類上、マリィが生まれた場所はただの田舎だった。ただ、物心ついたときには首都で暮らしていたらしいから、魔法を見た覚えがあるとなると首都だろうな……」


 もう少し、詳しくマリィから話を聞くべきだっただろうか。一瞬、話を早々に切り上げてしまったことを後悔したが、彼女は禁忌を知らず、青ざめていた。無理に問いただす場ではなかったとアルフレッドは自分の判断を信じる。


 まずはマリィの故郷から。そしてジョストがマリィを見つけたという通りに住む人間を調べ、同時にマリィの聞き取りも行い……。


「よろしいのですか?」


 考え込むアルフレッドに、パーシバルが声をかけてくる。


「なにが?」

「調査を進めますと、必ずマリーゴールド様が取り調べの間に連れ出されます。朝方、殿下はそれを嫌ったのだと思いました」

「彼女が今にも倒れそうな顔色をしていたからやめただけだよ。今度は招集状を持って、正式に呼び出すことになる。そうすれば、心の準備ができるはずだ」

「……殿下は、よろしいのでしょうか?」

「もったいぶらずに言ってくれ、パーシバル。君は僕に、好きな女を取り調べる気があるのかどうか、訊きたいんだろう?」


 長い付き合いだ。彼が心配することは、わかっている。


 アルフレッドはお茶会で、マリィと話せたのが楽しかった。手紙がくれば喜んで、妹たちからからかわれながらも、彼女のことを知ろうとやり取りを重ねたのだ。そのときのアルフレッドがどれほど生き生きしていたか、そばにいたパーシバルはよく知っている。


 手紙がこなくなり、落ち込んだことも。


 王族として、魔法使いが存在するか調べなければいけない。そのために、手がかりとなるマリィから話を聞くのは必要なことだ。だが、マリィは取り調べを怖がるだろう。


 きっと、国王陛下はアルフレッドを取り調べに同席させる。怖がるマリィを助けず、優しくせず、見捨てるのだ。


 嫌われるだろうな、という個人的な感想は心の奥に仕舞い込んだ。


「僕は彼女を調べるよ。その必要があるのなら、僕は僕の仕事をしなければ」


 ふられたから、吹っ切って仕事ができるわけではない。まだ、マリィに気持ちはある。ゆっくり時間をかけて互いを知り、仲良くなりたかったと思う。けれど、アルフレッドは自分にとって大事なものはなにか、よくわかっていた。


 パーシバルはさらにアルフレッドを問い詰めることはしなかった。「差し出がましいことを申しました」と頭を下げて、いつもの距離でそばに立つ。おそらく彼は、アルフレッドが口にしなかった感情も読み取っただろう。従者とは、距離が近すぎる。


 +++


 夕方になった頃、デートを終えたルイーゼが帰ってきた。ドアをノックする音からも上機嫌なのが窺える。「はい」と答えたら、笑顔でルイーゼが入ってきた。


「ただいま戻りました、お姉さま」

「おかえり、ルイーゼ。今日は楽しかった?」

「それは……秘密です」


 聞かなくてもわかるけれど、そっかぁ、とにこにこ笑いながら頷いておいた。とても楽しかったらしい。昨日、真理と言い合いしたことなんて忘れているみたいだ。それにはほっとし、もう彼女との付き合い方を間違えないようにしようと心に刻んだ。


 プリシラを下がらせて、ルイーゼの着替えを真理が手伝う。そのとき、朝には着けていなかったペンダントを見つけ、なんだこれと指先でペンダントトップをすくいとった。


「ルイーゼ、これ持ってたっけ?」

「あっ、それは……」


 パッと顔が赤くなるのを見て、ピンとくる。


「ダミアン様からのプレゼントだ?」


  図星だったのだろう。パッと赤くなった顔を見て、改めて驚きと呆れがやってくる。


 本当にルイーゼはダミアンが好きなのだ。


 だめなところを知っても、傷つけられても、ダミアンのことが好きなのは変わらなかった。これは、真理がどれだけ止めても、他にいい男がいると説得してもルイーゼの心は変わらないだろう。


 ジョストにダミアンの素行を報告していなくて良かったと安堵する。きっと、プリシラも報告していない。だからルイーゼとダミアンの二人の間にあったことを、彼が知ることはない。


「よかったね、ルイーゼ。仲直りできたんだ」

「仲直りと言いますか……。以前のようにお話できただけです」

「それはよかった。……昨日はごめんね、ルイーゼ。いや、昨日だけじゃなくて、これまで、ずっとなんだけど」

「お父さまの心配性に、お姉さまの過保護が加わったのだと思っていますよ。だけど、あまり私の気持ちを無視なさらないでください」

「うん……。ごめん。ルイーゼのこと、もっとちゃんと考える」


 謝って、許されて、ほっとする。ルイーゼを傷つけたことは忘れずに、彼女だからこそ許してくれたと真理は思う。


 だから、今後はルイーゼの気持ちも尊重する。


 もうダミアンとの仲を邪魔するのはやめよう。だけど、今度ダミアンに声をかけられたときは、もうルイーゼに変なことはするなと釘を刺すのは忘れない。余計なことかもしれないけれど、ダミアンの話をするとき、隠しきれない喜びで頬を染めるルイーゼの顔を二度と曇らせたくない。


 ペンダントを外し、大切に箱に仕舞ったルイーゼは、くるりと回って真理と向き合う。


「お姉さま。大事な話があるのですが」


 改まって切り出され、どきりとする。


「な、なに?」

「お姉さまは……ダミアン様と良い仲ではないのですか?」

「それ、アルフレッド王子にも言われたんだけど、周りが勝手に噂しているだけだから信じないで」

「本当に?」

「本当に。私、ダミアン様のことは怒ってるの。ルイーゼが許したとしても、やっぱりイラつく」


 けど、と両手をあげて、ルイーゼが反論しようとしたのを遮る。


「当の本人が許したことを、私が混ぜ返す気もないよ。ただ、積極的に仲良くなろうとも思ってないだけだから」

「……じゃあ、アルフレッド王子のことはどう思っているんです?」

「待って。学院に来る前の話を繰り返す気?」

「前と今では話が違います! 殿下がお姉さまのことを好ましく思っていると、もうお気づきなのでは? だから矛先を自分から変えるために、わたしを利用したのでしょう?」


 アルフレッドから指摘されたときもそうだが、当事者から『利用した』と言われると良心が痛む。あなたのために、なんて言葉は白々しすぎて、もう一度「ごめんなさい」と頭を下げるしかなかった。


「私より、ルイーゼの方がお似合いだと思ったの……」

「わたしはアルフレッド王子のことはなんとも思っていませんので、お相手できません」

「そう言ってたけどさぁ……」


 前と今では違う可能性もゼロではなかった。今はもうゼロになったけれど。


 項垂れたとき、アルフレッドからプレゼントをもらったことを思い出し、「そうだ」と机から取り出す。


「あのね、ルイーゼ。実は私もアルフレッド王子からプレゼントをもらったんだけど、こういうのってお礼の手紙を送るのがいいんだよね? 手紙だけでいいと思う?」

「なにをいただいたんですか?」

「これ。イヤリング」


 小さな箱の蓋を開け、中身を見せるとルイーゼは口に両手を当てて、まあ、と驚いた。


「これは……好意が詰まっていますね」

「変なお返事を出したくないんだけど、無難にありがとうございましたってだけでいいと思う?」

「お相手に気を持たせないのなら、それで大丈夫でしょう。ですが、本当に……」

「あと、今日の報告なんだけど、アルフレッド王子からそれとなく告白っぽいことはされたの。でも、断った」


 ルイーゼの追撃の一切を断つため、真理は今日あったことを告げる。告白された。でも、真理に気持ちはなかった。


 一瞬だけきらめいたルイーゼが、ほんの少しだけ残念そうな顔を見せる。それから、ならしょうがないですね、というように微笑む。


 おそらく彼女は、自分が真理にされたことを思い出し、無理に押すのをやめたのだろう。好きでもない人と仲良くするように応援されるのは、誰だって嬉しくない。当事者になればそれがわかるのに、真理はルイーゼの恋をゲームのように捉えて、彼女の気持ちを無視した。


 真理も困った笑みを返し、箱を閉じる。


「だから、ね? 角が立たない手紙の文章を教えて」


 それから真理はルイーゼと一緒に手紙を書いた。彼女はダミアンに、デートとプレゼントのお礼を。ついでにまた会える日を楽しみにしていることも添えて。真理は簡潔にプレゼントのお礼だけをまとめた。


 プリシラに悪いが、真理の手紙も彼女に託した。手紙を出した真理とルイーゼはそのあと、二人だけで誕生日会をする。お互いにプレゼントを渡して、少しだけ夜更かししてお喋りを楽しんで。


 そうして過ごした平和の時間。それから数日後に、事件は起きた。


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