六章「ウェルザー家の危機」
6-1 私に歯向かうのは許さないから
「今日はありがとう、マリィ。楽しかったよ」
「こちらこそ。お祝いいただき、ありがとうございました、殿下」
アルフレッドに女子寮の前まで送ってもらった真理は、丁寧にお辞儀をする。ルイーゼの代わりに誕生日をお祝いすると宣言したアルフレッドは、真理に初めての街を自由に散策させてくれた。
今まで、ウェルザー家の屋敷にいた真理にとって、新鮮な光景だった。恋お茶の城下町は、キャラクターとのイベント時にしか描かれず、その情報は乏しい。真っ赤な果実はトマト、大きな網目模様のフルーツはメロンと、自分がいた世界とほぼ同じ食べ物が並ぶ中で、たまにハート型の果実のポポインだとか、細い果実が集まって丸くなったグーエだとか、唐突にファンタジーっぽい食べ物が出てくるのが面白い。リアルとファンタジーがごちゃ混ぜだ。
お昼過ぎに誕生日のお祝いとしてケーキを食べたあと、真理はアルフレッドの馬車に乗って女子寮に戻った。これでお別れと思ったら、アルフレッドはパーシバルに合図をして、小さな包みを持ってくる。
「これは誕生日プレゼントだよ。君の好みに合えばいいけど」
差し出され、戸惑う。袋につけられたリボンは、有名な装飾店のリボンだ。これは高価すぎる。婚約者になるつもりがない真理がもらっていいものではない。
「あの、殿下……」
「ルイーゼ嬢に相談を持ちかけられて、誕生日がくると知ったときに用意したんだ。なにも知らないときに選んだから、できれば受け取ってほしい」
「ですが、私はなにがあっても殿下を受け入れることはありません。なのに、受け取るのは不誠実です」
「君がここにいることを祝う贈り物を受け取らない方が不誠実だよ。受け取るだけで、身に付けなくていいから」
ああ、やはり装飾品の類なのか。現実世界なら質屋に持っていって売るところだが、アルフレッドの気持ちを考えるとそうはいかない。だからこそ、重い。
おずおずと手を出し、受け取った。アルフレッドには安堵した様子も、嬉しそうな様子もない。やるべきことは果たしたというように、涼しい顔で笑みを浮かべる。
「ありがとう」
それでお別れかと思ったとき、アルフレッドは真理の手を引いて、耳元に口を近づけた。
「朝の話だけど」
「はい?」
「君の情報は侍女から漏れている。秘密を持つなら、そばに置く人間を選んだ方がいい」
秘密。
その言葉に体が凍りついた。ジョストが魔法を使ったことは、絶対に誰にも知られてはいけない秘密だと、今日知った。誰かに知られたら、ウェルザー家は終わりだ。
サニーがその秘密を暴くことがある?
言いたいことだけ言うと、アルフレッドはすぐに離れた。なにもなかったかのように微笑み、丁寧に礼をする。
「それじゃ、また」
「あ……は、はい。お気をつけて」
待たせている馬車に乗り込み、アルフレッドは去っていく。真理はそれを見送ってから、踵を返した。
と、休日に寮に残っていた生徒がいたらしい。遠巻きにこちらを眺めている彼女らと目が合い、真理は笑顔でお辞儀する。相手はそそくさと立ち去るが、お互いになにかを囁き合っているのがわかった。これは明日、真理とアルフレッドの噂が立つかもしれない。
「噂話ばかり、嫌になる……」
自分がいた世界に噂話はなかったとは言えない。が、遠巻きにされ、男女二人でいればすぐに恋愛と結びつけて噂されるのは辟易する。思春期の集まりかと野次りたくなり、皆がまだ十五歳なことを思い出した。
真理はサニーを伴って、自室に戻った。ルイーゼはまだダミアンとデート中らしく、部屋の中は真理とサニーの二人きり。
いつもならここで、真理はサニーに戻っていいよと告げる。が、今日は別のことを問うた。
「サニー」
「はい、マリーゴールド様」
「あなた、私の言うことをひとつくらいは聞く気ある?」
「はい?」
突拍子もないことを告げられたように、サニーは目を瞬く。そうすると、いつも仏頂面だったサニーが幼く見えた。サニーは確か、真理よりも二つ年上だった。つまり、現実の真理の年齢からは六歳年下だ。幼いと感じても、おかしくはないだろう。
お互いに干渉しないのであれば、真理はサニーがどういう態度で構わなかった。だが、状況は変わった。
腕を組み、ほんの少し高い位置にある顔を見上げる。
「私のことを敬わないのは全然構わないんだけど、私の邪魔をするつもりならお父さまにあなたを解雇してもらう」
「そんなこと、お嬢様の一言で旦那様が決めるとは……」
「彼はするよ。私が邪魔だと言えば、ジョストはあなたを切る。旦那様にとってなにが一番大事か、サニーだってわかっているでしょう?」
そう、ジョストにとって大事なのは娘だ。ルイーゼのためならば、バレたらまずい魔法にも手を出す。
サニーが魔法のことを知ったらどう出る? 彼女はウェルザー家に忠誠を誓っているのか? ……ジョストの命令だからと真理の侍女でいる彼女は、ウェルザー家の養子である真理を尊重しない。真理とジョストの話を盗み聞きし、外に漏らすこともある。
信用ならない。
ジョストは娘のためならなんでもする男だ。そして、真理は彼との契約でルイーゼを幸せにしなければならないが、侍女がその邪魔をする。これをジョストに話したらどうなるだろうか?
娘のために従業員を解雇する主は横暴だ。真理はそんな雇い主を認めないが、こちらにも事情がある。元の世界に戻るため、ルイーゼを幸せにするために、彼女の不信を真理が買うわけにいかない。
だから、サニーを睨みつけた。
「あなたが私をどう思おうが構わない。孤児に仕えたくない気持ちも、仕方ないよなって飲み込む。でも、私に歯向かうのは許さないから」
「ですが……!」
「私は許さないと言ったの。ここは引くつもりはない。私を裏切ってルイーゼの味方をすると言うなら、今すぐ解雇する」
「あなたにそんな権限はない!」
怒りを露わに怒鳴ったあと、サニーはハッとしたように口を押さえた。真理の言葉を素直に聞くのは嫌だが、逆らっていいこともないとわかっているようだ。
不安だ。サニーは今後もそばにおいて大丈夫なのだろうか。
利害が一致すれば、サニーがこちらの言うことを聞くのはわかっている。これまで、それで上手くいっていたのだ。
ひとつ試してみようと思い、真理は引き出しから便箋を二枚取り出した。一枚目には簡単な挨拶とともに、『最初に見せてもらった本について知りたい』とだけ書く。もうひとつには、『鶴の形が崩れていたら教えて』とだけ書き、折り鶴のイラストを添えた。
その二枚を折って、鶴にする。糸を首にかけて結び、封筒に入れて封をした。
「さっきの私の言葉を受け入れるなら、これをお父様に大至急届けて」
サニーは手紙と真理の顔を交互に見る。迷いは、どういう意味を持っているのか。真理の言葉を受け入れようとしているのか、それともどう騙すか考えているのか。
やがてサニーは手紙を手に取る。
「かしこまりました。すぐにメッセンジャーに届けさせます」
「よろしくね。それが終わったら、今日はもういいから。あとは自分でする」
「はい」
失礼します、と恭しく礼をして、サニーは去る。彼女の態度に変化はなかった。どう答えを出したのか読めない。
「まあ、あとはなるようになるしかないか……」
エプロンの紐を緩めながら、真理はもうひとつの問題に目を向けた。
アルフレッドからもらったプレゼント。
エプロンを外したあと、袋の中身を取り出した。小さな箱には金のインクでイラストが描かれており、どこのブランドか文字がわからなくとも一目瞭然だった。
そっと箱の蓋を開ければ、中にイヤリングが入っている。
「不思議な金属の色……」
金具の部分は黒く、青く。これがアルフレッドの髪を表現しているのなら、やはり気持ちが重いものをもらってしまった。ついている宝石はダイヤモンドだろうか。大きすぎず、小さすぎず、ダイヤモンドを囲むデザインフレームも細やかで美しい。
綺麗だ。これはもらって嬉しい。
アルフレッドが単純にお祝いのみで贈ってくれたら、素直につけられただろう。だが、彼の気持ちを告げられたあとでは無理だ。傷つけないようにそうっと箱に戻し、机の引き出しの中に入れる。
申し訳ないが、アルフレッドが真理を好きだという問題は、他の令嬢に恋をしてもらって解決させよう。ルイーゼはだめになったが、王子相手だから候補はいくらでもいるだろう。その候補とくっつくように手伝いをしようと考え、手が止まる。
「それこそ、不誠実だよなぁ……」
大きなため息が零れる。
気が重いまま、ベッドに突っ伏した。思い出すのは、初めて出会ったときのことだ。
「政略結婚を快く思ってなくて、たぶん、恋愛結婚がしたくて……。私が相手じゃなきゃ、この三年間で絶対にいい恋をしたはずなのに」
アルフレッドの考えを知っているからこそ、好きな相手と一緒になれるよう、恋を応援したい。が、好意を寄せられた自分がそれをするのは彼を傷つけると知ったばかりだ。下手に手出しはできない。
昨日のルイーゼとの話も思い出される。良かれと思ってやっていたことは、ルイーゼを傷つけた。
枕に顔を埋めて、二度目のため息を飲み込む。
大人なのに。人生、なんでこんなにうまく生きられないんだろう。
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