五章「ルイーゼと真理とデート」

5-1 あなたのために



 学院生活も一か月が過ぎた。その間、ルイーゼは初恋相手のダミアンに失望し、それでもまだ好きでいた。ルイーゼを幸せにしたい真理は、彼女のお相手としてアルフレッドを推したけれど、だめだったらしい。お相手に選ばれたアルフレッドからも拒否されて、ダミアンの汚名返上のための計画を一緒に考えさせられた。


 こんなこと、したくない。ルイーゼの相手に相応しくないと思ったけれど、王子からのお願いは断れない。仕方なく、昼休みに何度か彼と一緒に食事をとりながら、中庭で計画を立てた。


「よし。これでいいかな」


 アルフレッドに促され、真理は色々と案を出した。ルイーゼを傷つけないためだと自分を言い聞かせてアイディアを出したけれど、気は乗らない。


「じゃあ、マリィはルイーゼ嬢を上手く誘導して誘い出して。できるよね?」

「はい……」

「大丈夫。悪いようにはならない。僕を信じて」

「……はい」


 信じられないと言えるはずがない。


 作戦会議も終わったので、真理はアルフレッドに礼をしてその場を辞した。彼と食事をするときはサニーにもついてきてもらっている。先日言われたことも影響しているが、この計画がルイーゼにとって良いものか、サニーにも判断してもらいたかったからだ。


 周りに誰もいないことを確認してから、「ねえ、サニー」と声をかける。


「あの計画は、いいものだと思う?」

「思いません。失礼ながらダミアン様には良い噂はありませんから。ルイーゼ様に相応しくありません」

「だよねぇ……」

「それをわかっていて協力なさっているマリーゴールド様もマリーゴールド様です。本当に……拾ってもらった家に恩はないのですか?」

「だけど、王子の言葉には逆らえないでしょ?」


 そのあたりは、サニーも承知しているはずだ。だけど、サニーはため息をついただけで同意はしてくれなかった。


「失礼します」


 一礼して、さっさと去ってしまう。まるで真理が悪いことをしていて、それを責めるかのように。


 勝手に召喚されたのだからウェルザー家に拾ってもらった恩はないが、ここまで不自由ないよう生活を守ってくれたことに感謝はしている。なにも知らないルイーゼが真理を受け入れて親しくなってくれたことも嬉しい。


 だから、良くないことはしたくない。


 アルフレッドはルイーゼの意思を尊重しろと言うのだから、彼女が乗り気にならなければいいのだ。部屋に戻った真理は、上手く誘導しろを言ったアルフレッドの言葉を無視して、単刀直入に切り出す。


「ねえ、ルイーゼ。ダミアン様と一緒にお出かけする気はない?」


 明日は休日。だからと言って手は抜かないルイーゼは、今日の復習と休み明けの予習をしていた。


 真理の突然の誘いに、ルイーゼは一瞬、呆気に取られた顔をし、それからすぐに引き締める。


「いきなり、どうされたのですか?」

「うん。明日はルイーゼの誕生日でしょう? 家に帰ることはできないから、私が祝おうと思ったんだけど、ダミアン様が祝ってくれるって」

「……お外で?」

「そう。嫌なら断っておくから……」

「いえ。そういうことなら、わたし、参ります」

「え?」


 予想外の返事に、今度は真理が目を丸くする。ルイーゼは真剣な顔で真理を見つめ、もう一度同じ返事をした。


「行きます」

「い、いいの? 最低な奴でしょ」

「でも、お姉さまはよくお話されてるではありませんか」

「向こうが勝手に来てるだけだよ。前にも話したでしょ? それに、最近は全然、お話してないし」

「わたしは、殿下よりもダミアン様とお話がしたいです」


 きっぱりと告げられた言葉に、やはりそうなるのかと真理はつい、渋面になってしまった。


「お姉さまは、彼を快く思っていないんですね」


 真理の表情の変化を見逃さず、切り込むようにルイーゼは言う。


「わたしが好きな、ダミアン様を快く思っていらっしゃらない。だから、わたしにアルフレッド王子をあてがったのですか?」

「あてがうなんて……」

「お姉さまとお父さまがなにを考えているのか、わたしが一切気づいていないとでも思っていました?」


 しどろもどろで言い訳しようとした真理の言葉を、ルイーゼがぴしゃりと遮った。


 いつも優しい瞳が、怒りに燃えている。仲の良い姉妹になれたと思っていたけれど、今、ルイーゼは真理に腹の底から怒っている。


「ルイーゼ、あの、」

「お二人でこそこそ話していることは、サニーから聞いていました。ドアの外から漏れ聞こえる程度のことで詳しくはわからない、けれど、わたしの婚約者の話であることは確かだと。お姉さまとお父さまは、わたしの婚約者をお二人で決めようとなさっていたんですね」

「いや、私たちが決めようだなんて、そんなこと……」


 ない、とは言い切れない。ルイーゼが恋する相手がいい人なら、真理はその人との恋を応援するつもりでいた。が、ダミアンは違った。だからアルフレッドを代理にし、二人が恋に落ちるよう学院編を進めるつもりだったのだ。


 だから、勝手に婚約者を決めるつもりだったのだろうと詰られても、強くは言い返せない。


 ルイーゼは再度告げる。


「明日、ダミアン様にお会いします。そこでもう一度、お話してみます。もう、お姉さまの言うことは聞きません」

「待ってよ、ルイーゼ。私はルイーゼに幸せになってもらいたくて……」

「それで、わたしに『ダミアン様と仲良くなれるように』と運動させたり、『殿下と仲良くなれるように』と彼がいるところにわざわざ連れて行ったりしたのですか?」


 口を噤む。そう、と頷けばルイーゼがもっと怒りそうな気がして。今後、修復できないくらい仲違いしそうな気がして。


 だが、なにも言わなくても、もうルイーゼは怒っていた。


「わたしはものを考えられない人形ではありません。いい加減にしてください」


 真理を見限るように、さっと視線を外される。机の上に広げていたノートを片付けて、プリシラを呼ぶ。そしてそのまま、寝る準備を始めてしまった。


 完全に怒らせた。どうしたらいいかわからず、真理は立ち尽くす。一度だけ、プリシラが真理を一瞥したが、なにも言わなかった。この女は余計なことをしてと、思ったのだろうか。


 ルイーゼを操る気などなかった。だけど、攻略対象を落とすために必要なことはしようと誘導していたのは認める。それはルイーゼにとって気持ちのいいことではなかったのだ。


 どうも言い訳できず、ベッドに入るルイーゼを見て、真理も一人で寝る支度を始めた。


 ルイーゼはずっと、真理とジョストの密談を知りながら、親しげに話しかけてきてくれてたのか。仲良くなったと思っていたのは、ルイーゼがそう見せかけていたからなのだろうか。本当は、ずっと傷つけていた?


 真理の胸の内で、ぐるぐると罪悪感と言い訳が混ざり合う。


 あなたのためにしたことなのに。

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