4-3 腹黒王子の成長
「ルイーゼが今も、ダミアン様への気持ちを忘れられない理由はわかりました。ですが、昔の思いを持ち続ける必要はありませんよね? 昔はダミアン様が救ってくださった。そして、今は殿下がルイーゼを救ってくださいませんか」
彼も、攻略対象の一人だ。ルイーゼとくっつければ、彼女は幸せになるだろう。どちらにとっても悪い話ではないと思ったのに、アルフレッドは一瞬、苦い顔をした。
けれど、すぐに表情を作る。
「無理だよ、マリィ。僕は彼女の気持ちを蔑ろにするつもりはない」
「人の気持ちは変わるものです」
「だとしても、今のルイーゼ嬢の気持ちを無視する理由が僕にはない。僕は彼女を友人だと思い始めているが、これが恋に変わることはない。ダミアンの代わりにはなれないよ」
「殿下の気持ちも、時とともに変わる可能性だってあるじゃありませんか」
「ないよ。僕は今の自分の気持ちを大事にしたい」
三度言い切られ、「これでこの話はおしまい」と打ち切られる。真理が何かを言う前に、アルフレッドは強引に話を進めた。
「君がダミアンに気持ちがないのはわかった。それを聞けば、ルイーゼ嬢も少しは安心するだろう。その上で、君はどう動くのか……。僕には見当がつくけどね」
アルフレッドの青みがかった黒い瞳に真理が映される。まるで、真理がなにを画策しているのか、わかっているかのような目だ。
ルイーゼは彼と二人でいるとき、なにを話しているのだろう。楽しそうな顔で戻ってくると思っていたけれど、急に気になった。二人の会話の中で、真理の話題も出てくるのだろうか。
緊張で身構えた真理に、アルフレッドは紅茶のカップを指す。
「食事中にたくさん話してしまってすまなかったね。どうぞ、お茶を飲んでリラックスして。あとは世間話だけするから」
「は、はい。ありがとうございます……」
「ところで、今日も君の侍女はいないね?」
カップを手に取ったところで問われ、ビクッと大きく反応してしまった。アルフレッドに侍女の話を振られるのは、少し怖い。彼は真理とサニーがファッション主従関係だと見抜いているように感じるから。
そして、それを快く思っていない節がある。
三年間で鍛えた表情筋も、このときはぎこちない笑みを作るしかなかった。
「ひ、一人で食事をしたくて……」
「毎日姿を見かけないのは知ってるよ、有名だからね」
「有名? なにがです?」
「侍女を連れない令嬢としてだよ。学院内は安全と言っても、常に侍女がいないのは君しかいない。一人で行動することが多く、しかもダミアンと一緒にいるところもよく目撃されている。彼にも、同じく従者がいないだろう。噂の種になってるよ」
「わかっていますが……ダミアン様が追いかけてくるんです。私はお断りしています」
「彼がマリィになにを頼んでいるか、僕も聞いたことがある。が、二人が一緒にいる事実だけが広まっているんだ。ダミアンの願いを叶えていれば、妹のために会っていたと周りも理解するけどね。今は違う」
マリィ、と真剣な声でアルフレッドが諭してくる。
「この状況は君にとって良くないだろう。僕も再三、ダミアンには君と距離を取るように言い聞かせているが、話を聞かない。ルイーゼ嬢ともう一度、やり直したいからだ」
「で、でも、ダミアン様は……」
「君の気持ちの前に、ルイーゼ嬢の気持ちを考えてみたらどうかな? それと、ダミアンは君が思っているより悪い男ではないと、僕が保証する。マリィは僕が信用できない?」
困った。
困ってしまった。
一国の王子にそう言われ、頷けるはずがない。選択肢はひとつだけ。
「そんなことありません……」
ゲーム上のアルフレッドの行動は信用できる。彼がルイーゼを不幸せにすることはない。が、ダミアンのようなイレギュラー要素が出てくる可能性もあるのだ。完全にアルフレッドの言葉を信じるのは難しい。
それでも信用するという選択肢以外、真理は選べなかった。アルフレッドは「それなら」と話を続ける。
「ダミアンとルイーゼ嬢がやり直す手伝いをしてくれるね?」
これも、断れなかった。無理ですと言えば、なぜかと問われる。ダミアンは悪い男だと言えば、それは違うと言っただろうと返される。他に断る理由がとっさに出てこない。
ダミアンはルイーゼを泣かせたのに。
アルフレッドだってルイーゼの攻略対象なのに。
きっと時間をかければアルフレッドの好感度が溜まって、ルイーゼと恋をし、彼女は前の恋を忘れる。それが最善だと思ったけれど、アルフレッドの言葉に頷くことしかできなかった。
ほっとしたようにアルフレッドは「よかった」と呟く。
「よし。それなら作戦会議といこうか? ああ、もちろん、マリィは食べながらでいいよ」
勧められたけれど、結局二つあったサンドイッチは一つしか食べられなかった。紅茶も、味をよく覚えていない。
入学当初、真理はアルフレッドは腹黒王子にはならなかったと思った。
だが、違ったのだ。
やっぱりこの男は腹黒王子に育ったのだと、頭の中でプロフィールを書き換えた。
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