四章「キャラクターの好感度はいくつ?」
4-1 攻略相手に選んだのは
「ルイーゼ。これから中庭に行かない?」
授業が終わり、これから昼休みという時間に真理はルイーゼに声をかけた。
エスレワール学院の昼休みは長い。貴族が優雅に昼食をとり、お茶を飲み、のんびりと次の授業の準備ができるように長めに取られている。
そんな長い昼休みに、アルフレッドは中庭にいることが多かった。中庭は日差しが差し込むエリアで、日焼けを嫌う令嬢があまり寄ってこない。そのため、腹黒王子だったアルフレッドは人を避けてそこにいたのだ。
今のアルフレッドも中庭が好きだとリサーチ済みである。念のため、何日か遠目に確認し、彼がいつも一人でそこにいるのを見た。
真理の誘いにルイーゼは何度か瞬きしたあと、首を傾げる。
「今日はもう、一人で用事があるとはおっしゃらないんですか?」
「うん。それは終わった。今日はルイーゼと一緒に中庭に行きたいなって」
訝しげにしていたルイーゼも、その言葉を聞くとほんの少し表情を崩して笑う。
「でしたら、お付き合いします。実は、プリシラがランチ用にと、サンドイッチを作ってくれたんです。お姉さま、たまごサンドが好きでしたよね? ちゃんとありますよ」
「わ、わーい……」
プリシラが作る料理は美味しい。ただのサンドイッチといっても、お店で売っているものと遜色ない。そしてたまごサンドは真理の好物ではあるけれど……今日は我慢しなければ。
ルイーゼとさっきまで受けていた授業について話しながら、中庭まで向かう。アルフレッドが今日もいるかどうかを確かめて、真理は心の中でガッツポーズをとる。
いた。
「あ、やば」
なるべく自然を心がけたけれど、わざとらしい声が漏れる。「はい?」と振り返ってきたルイーゼにパンッと両手を合わせて詫びる。
「ごめん! サニーに用事があったの忘れてた!」
「サニーに? ええと、彼女は……」
「学院では一人で平気って言ってるから、たぶん別室にいると思う。私、ちょっと行ってくるから、ルイーゼは中庭で待っててくれる?」
「わたしもご一緒しますよ」
「ううん! 悪いから! ここで待ってて!」
少し離れたところに座っているアルフレッドにも聞こえるように大きな声で答える。
「ごめんね! 待ってて! ここで! 待ってて! すぐ戻るから!」
「あっ、お姉さま……!」
いつもルイーゼから走ってはいけないと怒られているけれど、今はとにかく全力でその場を逃げた。真理はもう、アルフレッドに会ってはいけない。最低でもルイーゼがアルフレッドの好感度を大きくアップさせるまでは、余計なことをしないよう逃げるしかない。
ルイーゼのそばにはいつもプリシラがいるから、ルール的には問題ないはずだ。全力疾走している真理は、周りから白い目で見られているけれど。
時間を置いて、少ししたら戻ろう。それまでどこに姿を隠していようかと、人がいない方向へ走っていたときだった。
建物の角を曲がろうとし、同じく角を曲がろうとした人物とドンッとぶつかってしまう。
「す、すみませ……」
「こちらこそ悪かった。……マリーゴールド?」
突然、名前を呼ばれて『ん?』と固まる。真理をマリーゴールドと親しげに呼ぶ人間はいないはずだ。
声の主を見上げ、真理は思いっきり顔をしかめそうになるのをなんとか堪えた。三年間、ルイーゼに微笑みを忘れるなと言いつけられた賜物だ。
「お久しぶりです、ダミアン様」
「ああ。お茶会ぶりだな。大丈夫か? どこか怪我は?」
「大丈夫です。いきなりぶつかってしまい、申し訳ありませんでした」
アルフレッドとダミアンは違う。彼に対しては礼儀を忘れないようにと頭の中で繰り返して、丁寧に礼をした。
あちこちで女の子に声をかけているという噂は入学直後にも聞いた。最近は落ち着いているらしいが、軽く身構える真理に、ダミアンは「いや」となにも気にしていないようにすぐ話題を変えてきた。
「こっちこそ悪かった。ところでマリーゴールド、訊きたいことがあるんだが」
「はい?」
「ルイーゼは体調でも悪いのか? 入学式以来、姿を見せていなくて……」
「ルイーゼはとっても元気ですよ」
細かいことだが、言葉尻に苛立った。姿を見せていないとは、まるでルイーゼがダミアンに会いに来るのが当たり前とでも思っていそうな口ぶりだ。彼にそんなつもりはなくとも、ルイーゼを泣かせたことは忘れていない。
顔は笑みを作ったまま、チクチクと相手を刺すように真理は告げる。
「ダミアン様とは取っている授業も違いますし、会わないのは当然のことでは? 会う理由なんてないでしょう」
「いや、ある。彼女は俺のことが好きだ」
「それは勘違いですね」
「はっ……?」
「ダミアン様の思い上がりだと申しました」
どの程度なら、ウェルザー家の方が家格は上だから許されるという言い訳が立つのだろうか。
乙女ゲームなら攻略対象に怒っても、大きな問題にはならない。だが、ここはゲームの世界とは違っている。下手をして実家に迷惑をかけるわけにいかないから、強気に出過ぎない方がいいだろう。しかも、乙女ゲームの定石といえば、攻略対象に怒る女の子キャラクターは惚れられるか、自滅するかの究極の二択だ。
ヒロインはルイーゼの世界。真理がここでダミアンに怒りを露わにすれば、自滅の可能性が高い。
こほん、とわざとらしく咳払いをし、呆気に取られているダミアンに「失礼しました」と詫びる。
「言葉が過ぎました。申し訳ありません。私もまだまだ勉強が必要です」
「……だが、本心だろう」
「ルイーゼがダミアン様を好いているかどうかについては、第三者である私が口出しすることではありませんでしたね」
「あそこまで言って、なかったことにするつもりか?」
隠すな、とダミアンが一歩、詰め寄ってくる。
「嫌味を言われて取りなされる方が気分が悪い。言いたいことがあるなら言えばいい。ここには侍女も従者もいない」
そういえば、ダミアンのそばについている従者はいない。お茶会でも見かけなかった。貴族では珍しいことだ。
真理は言葉を選び、「そうですか?」と受ける。
「なら、ひとつだけ。私はルイーゼの姉ですし、義理だとしてもあの子のことを可愛いと思っています。誰よりも守ってあげたい妹です。半端な付き合いは絶対に認めませんよ」
「私もルイーゼは可愛らしいと思っている」
「わかりますよ。あの子ほど可愛い子はいませんから」
「そうではなく……」
「特別な感情など、ないでしょう? ダミアン様が声をかける女の子のうちの一人、というわけです。ルイーゼを遊び相手になど、私がさせませんから」
言い過ぎただろうか。ダミアンの様子を見ても怒っているように見えないから、大丈夫だとは思うが、これ以上の責めはやめた。
ダミアンが詰め寄った一歩を、真理は三歩下がって離れる。
「妹を思う気持ちとして、この無礼は許していただけますか」
「自分で言えと言ったんだ。責めるつもりはない」
「ありがとうございます」
「……ウェルザー家の娘はどちらも同じだな」
「はい?」
「厳しい目をしている。親しげに見せても隙がない。棘が多い」
「ルイーゼに棘を生やさせたのはあなたですよ」
「一歩も引かないところが二人ともよく似ているな」
ふっ、とダミアンが笑う。それは嫌味な笑みではなくて、どこか肩の力が抜けたような情けない笑みだった。女の子に声をかけまくる遊び人のイメージと、少し違う。
真理が去らないのを見て、ダミアンの方から頭を下げた。
「侍女もいないところを呼び止めて、失礼した」
「あ、いえ……。私も好き勝手なことを申しましたので」
ダミアンが去るのだと気づき、真理も頭を下げた。
横を通り抜けるとき、彼は「そうだ」と思いついたように声をあげる。
「貴族社会に慣れていない姉君にひとつ忠告しよう。こんな人がいないところで侍女も連れずに男と立ち話などしない方がいい。良からぬ噂を立てられて、結婚に響くぞ」
「……心に留めておきます」
そして今度こそ、ダミアンは立ち去った。
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