3-3 ダミアンの問題


「なんで私がアルフレッドルートに入ってるの……?」


 頭を抱えたくなるのをなんとか堪え、きびきびとした動作で部屋まで向かう。寮母から部屋の鍵をもらい、軽い説明と寮生活の心得が書かれた手帳を受け取り、部屋へ。


 まだルイーゼは戻ってきていないから、真理が唯一、一人になれる空間だ。ベッドの上にダイブし、どういうこと! と枕に顔を押し付けて叫ぶ。


 間違えた。完全に間違えた。これは、あれだ。お茶会で真理がアルフレッドに会ってしまったことから、シナリオに真理が組み込まれてしまったのだ。きっとそうだ。そのうえ、学院から寮までの通り道だから避けられないとしても、入学式イベントまで発生させてしまった。


 ごろりと寝返りを打ち、横を向く。靴をぽいっと脱ぎ捨てたいけれど、編み込みブーツだったせいでできなかった。明日からはもっと楽な靴を履こう。


「お茶会で好感度を下げたわけじゃないから、今はその分、下駄を履かせて学院編が始まったことになるんだ。だから帰り道に王子がいたわけで……」


 この調子でアルフレッドと仲良くなれば、真理は見事彼を攻略できる。が、そんなことしたいわけではない。八歳も年下の男の子に興味はなく、そもそも真理は元の世界に帰るのだ。ここで婚約者を作る意味がない。


 頭が痛い問題の発生ではあるが、今後、アルフレッドに接触しなければ高感度は上がらずに済むだろう。他の男子生徒と仲良くすることで徐々に好感度が下がっていく現象も起きるはずだ。アルフレッド問題はそれで対処しよう。


 次に、ルイーゼの恋の問題をどうするか考え始めたところで、部屋のドアが開いた。


 びっくりして飛び起きると、肩を怒らせてルイーゼが入ってくる。彼女がここまで怒りを露わにしているのは珍しい。ノックもなしに部屋に入ってきたのにも驚いた。


「ルイーゼ、どうかした? なにがあったの?」


 部屋の外で待機するプリシラには、自分が話を聞くからと手振りで示し、帰らせた。侍女には侍女用の部屋が用意されている。


 ルイーゼが怒っているのは、ダミアンが原因に違いない。なにかされたのかと服装をチェックするが、別れたときと同じでおかしな点はなかった。


 だが、ルイーゼはこれ以上ないほど、怒っている。


「お姉さま!」

「はいっ」


 ついでに大きな声を聞くのも久しぶりだ。


「わたし、わたし……! こんなに腹が立ったのは初めてです!」

「そ、そうだね。初めて見た……」

「お父さまがいつも勝手なさるのも、お姉さまが無茶ばかり言うのも、わたし、ほんの少しの怒りで抑えてきました。ですが、あの方はだめです!」


 怒りで冷静さを失っているのだろう。もうっ、と子どもみたいに拳を振って、ベッドの上に座り込んだ。枕をぎゅっと抱き寄せる顔は怒りだけではなく、悲しみの色もある。


 ああ、ダミアンはだめだなと、真理も見切りをつけた。


「大丈夫? ルイーゼ」

「大丈夫ではありません。こんなにむかむかしているんですよ。大丈夫なんか、そんなの、ないんです」

「うん、大変だったんだね」


 立ち上がって、様子を見ながらルイーゼの隣に座った。そうっと抱き寄せると、彼女は素直に寄りかかってくる。


「わたしのことなんて、遊びだったんです」

「そう言われたの?」

「言われていません。でも、ダミアン様……」


 ルイーゼの声が涙で滲んだ。


「俺に会いたかったんだろうって、偉そうに言うんですよ。あんなに優しかったのに、お前は俺がいないとだめだもんなって笑うんです。何様のつもりでしょう。なんで笑われたのか、わたし、わかりません……」


 うわ、と悪態を吐きそうになった。ルイーゼとダミアンは三年間、手紙のやり取りをし、会うこともあったのに。


 側から見れば、順調な関係だった。だが、真実は違ったか。


「念のために確認するけど、その笑いって、馬鹿にしたものじゃなくて、もっとこう……友好的な意味ではなかったの?」

「プリシラも怒っていましたから、違うと思います。いえ、どうなんでしょう……。なんだか馬鹿にされたような気持ちになって、カッとして、よくわからなくて」


 ルイーゼの腕が、真理の腰に回された。枕の代わりに抱き締められた真理は、同じように弱い力で抱き締め返す。


「嫌な気持ちになったね」

「わたし、あと少しで殴っていたかもしれません」

「ちゃんと怒ってきた?」

「……いえ。久しぶりにお会いしたので、挨拶に来ただけですとお伝えして帰りました」

「ルイーゼは本当、いい子だねぇ……」


 真理なら貴族のルールも忘れて怒っていたかもしれない。確か、ダミアンの家はウェルザー家より格下のはずだから、怒っても大問題にはならないはずだ。だが、女性が手をあげるなんてと口うるさい連中も多いだろう。


 我慢できたルイーゼを、よく頑張ったねと慰める。さらさらの髪を何度か撫でていると、ルイーゼは小さく鼻をすすって顔を上げた。


「もう子どもじゃないんですもの。わたしも、こんなことで動揺していたらいけませんね」

「まだ十五なんだから、そこまで気張らなくていいと思うよ」

「いけません。お姉さま、いけませんからね。十五は立派な大人です」

「……はい」


 慰めていたはずなのに、諭されてしまった。真理が「まだ十五だから」と無茶するのではないかと心配したのかもしれない。


 大人しく頷いた真理に、ルイーゼは微笑む。その弱い笑みはアルフレッドを思い起こさせた。


「わたしも気持ちを切り替えます。三年間もあの人に手紙を送って、何度かお会いしてたなんて……自分の見る目のなさに自信をなくします」

「行ってこいって背中を押した私も悪かったよ。ごめんね」

「お姉さまはわたしの気持ちを知っていて、応援してくださっていたのですから」


 だから、気にしないで。


 そう笑ってフォローするルイーゼに申し訳ない気持ちが勝る。真理はジョストに頼まれて、彼女を幸せにしなければいけないのだ。それなのに対応を間違えた。


 この世界は、真理が遊んでいた恋お茶の世界とは少し違う。それに気づいていたのに、ダミアンは攻略対象だったから、ルイーゼが好きなら彼で、と簡単に背中を押してしまったのだ。


 これは真理のミスだ。


 だからもう、間違えない。


「次は……絶対に、幸せにする」


 訝しげな目で見つめてくるルイーゼに、真理は微笑み返す。可愛い妹を二度と泣かせるものか。


 ダミアンで失敗したのは、ゲーム知識だけで動いていたからだ。その失敗を反省し、次は今の世界で性格が良いとわかっている人物をルイーゼのお相手に当てよう。


 アルフレッドならば、問題ない。彼は腹黒王子になっていなかったし、二年間は真理が手紙でルイーゼの良さをアピールしている。ダミアンに全振りしていたため、パラメーターに偏りはあるが、本来なら学院生活で上げるものだ。今から取り掛かって遅いということはない。


 それに、ルイーゼとアルフレッドが両思いになれば、真理が上げてしまった彼の好感度は関係なくなるだろう。


 ルイーゼの恋のお相手は、アルフレッドに決定だ。


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