2-5 人の恋バナは美味しい


 帰りの馬車の中、ルイーゼは行きよりもずいぶん、機嫌が良かった。ダミアンの話をするときは年頃の女の子らしい顔をしていて、普段から可愛い顔がさらに輝いて見える。これは、確実にダミアンルートか?


「アルフレッド王子にも挨拶したけれど、ルイーゼは王子様には興味ないの?」

「興味ですか?」

「そう。あのお茶会で一番人気っぽかったし、女の子は皆、王子様に憧れるものなんじゃないかなって」

「確かに妃になりたい方は多いですね。ですが、わたしは王族からの求めがない限り、その座を狙いません」

「普通に恋のお相手っていう話だけど……」


 王子様が人気なのは、皆がお妃様になりたいからだという話になるとは思わなかった。そして、王族からの求めと聞いて、ルイーゼも頭のどこかで政略結婚のことを考えているのだろうかと邪推してしまう。きっと、アルフレッドから妹たちが政略結婚するかもしれないと聞いたからだ。


 真理の訂正に、ルイーゼは困ったように首を傾げた。


「アルフレッド王子は……ほら、皆さんおっしゃっているでしょう?」

「私はまだ皆さんの話を聞いたことがないんだけど」

「ごめんなさい。そうでした」


 本当にルイーゼは困ったような顔をする。馬車の中には真理とルイーゼ以外いないのに、きょろきょろと周りを見回し、「誰にも言ってはいけませんよ」と釘を刺してから言葉を繋げる。


「アルフレッド王子は夫としては物足りないと、皆さん、おっしゃっているんです」

「え? 王子なのに?」

「地位を魅力に感じる方は多いですね。ですが、あの……あの御方はお優しすぎるから。彼が国を治める世がくれば隣国と対等な関係を結び続けるのは難しいのではないかと、皆さん、噂されています」

「ああ……。なるほど」


 言いにくい理由はよくわかった。夫としての魅力がないだなんて王族相手に言えないのはもちろん、次期王様としての実力も疑っているとは口が裂けても言えないだろう。


 真理は親指と人差し指で、お口にチャックする。


「わかった。誰にも言わない。それは言えない……」

「お姉さまがわかってくださって安心しました」


 安堵したあと、すぐにルイーゼは目を輝かせる。


「頼りないとは言っても、一国の王子です。お姉さま、もしや、王子様に憧れていらっしゃるのですか?」

「私が?」

「ええ。だからご一緒にいたのでは?」


 真理の恋バナを期待してか、ルイーゼはとても興奮していた。姉が王子と一緒に現れたときは、それはもう大きな驚きを見せていた。すぐに平静を装っていたけれど、なにがあったのかと探るような視線はルイーゼだけでなく、周りの令嬢や令息からも向けられたのだ。


 面白い話を聞かせてあげられたらよかったけれど、あいにく、真理の手の中にはなにもない。


「たまたま見つけたの。それで、文字を読めないのにネームプレートの配慮が足りなかったと謝ってくれた」

「それだけですか?」

「あとは……そうだ、手紙を書くことになったから、文字だけじゃなくて貴族との手紙のやりとりの仕方も……」


 ルイーゼが教えてくれると嬉しいんだけど。


 そう繋げたかったのに、できなかった。


 まあ、と一際高い声でルイーゼが喜んだから。


「恋文? 恋文ですね?」

「全然違う」

「ですが、アルフレッド王子がわざわざ手紙をとおっしゃったのでしょう?」

「お詫びにだよ? 私が文字を覚えるための練習相手に……」

「そんなお詫び方法、聞いたことがありません。大変だわ。お姉さまが妃に? それなら、教育も今のままではいけませんね……」

「やだ、待って、待ってルイーゼ! 先走らないで!」


 今のままでもその教育は真理にとって大変なものなのに、更になにをやらせようと言うのだろうか。


「全然違うから!」

「なにも違うことはありません。どうしましょう。我が家に恋文にぴったりの便箋なんてないから、街に行かないと。ああ、今日のドレスもなんでそれにしてしまったのか……。いえ、そのドレスでも殿下は惚れたのですから有りなんですね……」

「ちょっと人の話を聞いてくれるっ? あの王子様が私の惚れるなんて天変地異が起きてもありえないから、目を覚まして!」


 どうしてルイーゼは目の前の顔を見て、気づかないのだろうか。


 この世界、顔面偏差値が異常に高い。


 もともと可愛らしすぎるルイーゼを『可愛い』の位置に置いたことで、他の可愛い令嬢が『普通』になってしまっているのだ。ウェルザー家のメイドは皆可愛いなと思っていたけれど、今日のお茶会に並んだ令嬢を見て気づいた。どの子も可愛い。普通だなという子がいない。


 ルイーゼと攻略対象が『可愛い』と『かっこいい』の基準になっている世界。


 現実世界でメイクすれば中の中、メイクが成功すれば中の上くらいはいけるのでは? と思っていた真理は、ここでは下の下だ。遥か遠くにいるべき可愛すぎるヒロインをただの可愛いにしているから、普通だった真理は更に下に落ちた。


 アルフレッドは当然、この基準に慣れて暮らしている。だから、真理を女性として見ているかも怪しい。


 なぜ、ルイーゼは気づかない?


「私がここで攻略対象になることはないんだから、ルイーゼは自分のことに集中して!」


 このあと、アルフレッドとの文通はどうするかを思案するルイーゼを、ダミアンの話に引き戻すために、真理は苦労した。

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