2-4 アルフレッドからの提案
真剣な眼差しに晒されながら、慎重に口を開く。
「もし、ルイーゼが政略結婚しなければならなくなったら、それをルイーゼが望んでいなかったら、どうすればいいのかわかりません」
「……そうだね。僕と一緒だ」
「だから、ルイーゼと話します」
「話す? 話して、どうする? 妹の口から『嫌だ』と言われても、君は止められないんだよ」
「でも、ルイーゼの気持ちは聞いておかないといけません。嫌でも受け入れるのか、嫌だから逃げたいと言うのか……。もしかすると、天命だと思って受け入れるかもしれません。想像より悪いことは起きない可能性だって、ゼロではありません」
話しながら、真理は自分が置かれた状況を振り返っていた。
いきなりジョストに召喚され、ほとんど脅迫でルイーゼの姉になった。これは真理の意思ではない。が、今、脅されてルイーゼの姉になったからと言って、悲観はしていない。ルイーゼを幸せにすれば帰られるという言質は取ってあり、ここは恋お茶の世界。
望まぬ状況でも、悪くはない。
「そのときにならないと、なにが良いのか決められませんから。とりあえず、今は今が良くなるように、私は頑張っていきたいと思います」
「……悲観するのが早すぎるってことかな?」
「あ、あくまで私の考えであって、殿下には合わない考えかもしれません。ルイーゼと私は姉妹になって日も浅いですし、殿下は妹が生まれた頃から面倒を見ているわけですから、気持ちの差は大きいと思います」
「面倒はそう見てないよ。昔は乳母と一緒で、今は家庭教師と一緒に過ごしてばかりいる。兄として将来を心配していても、彼女たちときちんと話すことはあまりないな……」
今までを振り返るように、アルフレッドは黙り込む。途中で自分に置き換えて、ぺらぺらと喋りすぎたかもしれない。真理への心象からルイーゼへの悪い評判に繋がらないといいのだが。
僅かに緊張しながら、アルフレッドが顔を上げるのを待った。考え込む時間は自分が感じた時間よりも短かったかもしれない。アルフレッドは笑って、そうだね、と頷く。
「妹との時間をもう少し、取ってみることにするよ。ありがとう、マリィ。おかげで少し前向きになれた……かな」
「お力になれたのであればよかったです」
ほっと息をつく。が、困難な状況は去っていなかった。
「もしよければ、今後も妹たちのことを相談させてもらえないかな?」
「えっ? あ、あの、私がですか? 貴族のことをなにも知らない私が、殿下の相談に?」
それは相談相手が違うのではないかと焦る。変なことを言って、お前のせいでこうなったと騒ぎにでもなったら大変だ。
だが、ここで話したことがアルフレッドにとってプラスに働いてしまったのか、こちらの不安を吹き飛ばすほどの清々しい笑みで頭を振る。
「兄の悩みに身分は関係ないだろう」
「私は姉ですし、しかも義姉です」
「なら、君もいつか妹のことで悩むかもしれない。そのとき、相談相手がいると気が楽じゃないか?」
王族相手になにを気軽に相談しろと言うのだ?
身分差を考えれば強くは言えない。だけど、馬鹿じゃないの? とお断りしたい気持ちでいっぱいだ。
アルフレッドは真理の答えを待っている。どう返事をすれば穏便に断られるか考えていた真理は、ふと、あることを思いつく。
アルフレッドとの繋がりを真理が持っておけば、この先、ルイーゼがやっぱり殿下と結婚したいと思ったとき、有利に働くのでは? 今はダミアンに恋をしている。しかし、アプリのトップ画面中央にいたのはアルフレッドだ。今後、ルイーゼがアルフレッドに恋をする可能性はゼロではない。
少女の恋が一途に進むか、秋の空のように移り変わるかは真理にも読めない。であるなら、ここでアルフレッドの相談相手となり、ルイーゼの良いところをどんどん伝えて好感度を少しでも上げておくのが得策だろう。
よし、と決めて真理はアルフレッドに向き直る。
「かしこまりました。私では役不足かと思いますが、謹んでお受けいたします」
「とんでもない。強い味方を得たよ」
アルフレッドは立ち上がり、真理に手を差し出してくる。
「君を独占しすぎてしまった。大切なお茶会の場だからね。そろそろ戻ろう」
「そうですね」
手は大人しく借りる。立ち上がったあと、軽く頭を下げて謝意を示した。
それからお茶会の会場に戻る途中、アルフレッドはさり気なくを装って切り出してくる。
「相談したいときは僕から手紙を送るよ。返事はゆっくりでいい。わかりにくいところがあったら、それをそのまま手紙に書いてくれてもいいから」
「……殿下、私が文字を読めないのをわかっていますよね?」
「ネームプレートの件は申し訳なかった。こちらの気遣いが足りなかったね」
やっぱり。
真理は混乱しそうになる頭で、今の情報を整理する。つまり、アルフレッドは真理と手紙のやりとりをするために相談相手になってくれと言ったらしい。文字が読めない真理を馬鹿にするためではないことは、この会話からしてわかる。
じゃあ、手紙でやりとりする意味は?
「私の文字の練習相手になってくださるということですか?」
「ただ勉強するより楽しいだろう? それに、貴族間での手紙のやりとりの勉強にもなる。今すぐに君と手紙のやりとりをしようという人間は、そう出てこないと思うからね」
「同感です」
「じゃあ、それには僕がなろうと考えたんだ。僕は妹の話ができる。そして、お茶会で恥をかかせた詫びもできる。三年後には入学だ。それまでにマリィが覚えるべきことはたくさんあるよ」
指摘され、項垂れかける。覚えるべきことが多いのは、お茶会に参加するまでに詰め込まれた内容からして理解する。教えられたことをすべて覚えておくのは難しく、また、まだ習っていないことも多い。
「貴族って大変なんですね」
相手が王族だということも忘れて、ぽつりと本音を漏らしてしまった。アルフレッドは眉を顰めることなく、苦笑する。
「責任があるからね」
貴族の責任か。真理の肩に乗っているのは、ルイーゼを幸せにするという契約だ。
気を取り直して、意識して背筋を伸ばした。貴族らしく、なるべく優しげに見えるよう注意して薄く笑む。
「では、私の責任も果たさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「なにかな?」
「妹を紹介させてください。さっき、挨拶をしようとしたんですが、人が多くて。私は彼女の姉になったばかりですが、本当に可愛くて、優しくて、自慢の妹なんですよ」
「なるほど。それは楽しみだ。ぜひ、姉の君から紹介してもらおう」
よし。これでアルフレッドのお茶会のファーストミッションクリアだ。本当はここにルイーゼがいて、アルフレッドが一人でいるのを彼女が見つけるのが一番よかったのだけれど……仕方がない。顔合わせだけでもできれば充分だろう。
少しずつ、細かいところでイベント内容が変わっている。だとしても、最終的にルイーゼが幸せになれば、なにも問題ない。
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