2-3 攻略対象、ダミアン・エズラ


 着席したあとは、お茶会もスムーズに進んだ。王子アルフレッドが挨拶をし、テーブルごとに皆でお話をし、お茶やお菓子を楽しむ。真理は積極的に会話に参加はできなかったものの、同じテーブルの令嬢や令息はそれほど嫌味な子どもたちではなかった。真理がウェルザー家の養子になったのを、どう扱えばいいのか迷っている、そう感じられる距離感だ。


「ええ、そうです。この帽子は前にわたしがお父様からいただいたものなんですが、色味がわたしの髪には合わないでしょう? けれど、お姉さまにはぴったりだと思って、少し飾りを足してプレゼントしたんですよ」


 真理と周りの貴族の間を取り持つように、ルイーゼは朗らかな声で話す。


「お下がりなんて嫌かと思いましたが、お姉さまは喜んでくださって。わたしの話もたくさん聞いてくださいますし、とても優しいのです。今度はちゃんとお買い物をして、お姉さまに似合う帽子をプレゼントしたいと思っています」


 彼女の声は人の警戒心を溶かすらしい。ぎこちない空気だったのに、涼やかな風が吹いて緊張が解けていくようだった。そうですか、それは素晴らしいですね、帽子といえば大通りのお店に新しいものが入りましたよ、なんて普通に皆が話し始める。多少、遠慮しながらも「マリーゴールド様がお気に召すものがあるといいのですが」とまで言ってくれる人もいた。


 ルイーゼはすごい。まさにこの世界の中心だ。彼女が笑えば皆も笑い、話の中心にルイーゼがいる。真理は会話に加わりながら、さすがヒロインだと、誇らしい気持ちでそれを見ていた。


 どこのテーブルの会話が盛り上がってきたところで、一番前のテーブルでチリンと鈴が鳴らされる。


 鈴の音に引かれ、皆が黙り、注目した。鈴を持つのはアルフレッドだ。全員の視線が自分に集まっているのを確認するよう見渡し、口を開ける。


「そろそろお茶とお菓子だけではつまらなくなってきた頃だろう。今日は王城の庭園を開放している。東庭園は子どもたちが自由に行き来できるよう準備してあるから、そちらにもぜひ足を運んでみてくれ」


 この言葉を合図に、それぞれが席を立ち、目当ての人のところへ向かう。さっきまで話していた同じテーブルの子どもたちも、「それでは」と丁寧な礼をして去った。


「お姉さま。わたしたちも移動しましょう」

「うん。庭園に行ってみる?」

「そうですね……。殿下に挨拶をしてから向かいたいですが……」


 自由時間となった今、王族であるアルフレッドの周りには人だかりができている。我先に挨拶しようとする者もいれば、遠巻きに様子を伺ってチャンスを狙っている者もいる。


 ルイーゼはあとがいいか、今がいいか、迷っているようだった。そこの判断は真理にはできないため、ルイーゼの答えを待つ。


 と、どうするか決める前にルイーゼに声をかける人物がいた。


「ルイーゼ嬢。久しぶりだな。元気だったか?」

「あっ……! ダミアン様!」


 ルイーゼと一緒に振り返った真理は、あと少しで叫びそうになった。ダミアンだ。ダミアン・エズラ。変わり者貴族として恋お茶に登場した攻略対象!


 恋お茶での立ち絵通り、イケメンだった。子どもなのに、今から大人の風格がある。小麦色の髪と目は爽やかで、もちろん笑顔が売りの爽やかイケメンポジションで人気を博していた。いわゆる筋肉バカポジションでもあるけれど、今はまだ、そこまでマッチョではない。いや、乙女ゲーム補正で、もとからゴリマッチョではなく細マッチョキャラだが、子どもの頃はマッチョの片鱗がない。


 それにして、ダミアンの登場には驚いた。今日はアルフレッドのお茶会で、彼が登場するイベントではないはずだ。それが、ダミアンからルイーゼに声をかけるだなんて、どういうストーリーだろう。


 不思議に思う真理は、ふと隣に目を向けて、ギョッとした。


 ルイーゼが頰を赤く染めている。


 嘘でしょう。まだ第一部の序章、しかもアルフレッドのイベント最中なのにダミアンに惚れているの? いつ、どこでダミアンに惚れた?


 状況が一切分からないまま、真理はダミアンの視線を受け、ルイーゼを軽く小突いた。紹介してもらわないと、真理はダミアンに挨拶ができない。


 ダミアンを前に乙女の顔になっていたルイーゼは、ハッとして貴族の佇まいに戻る。


「お久しぶりです、ダミアン様。昨年は、母の葬式においでくださり、ありがとうございました。わたしの新しい家族を紹介させてください。姉の、マリーゴールドです」

「お初にお目にかかります、マリーゴルド嬢」

「お姉さま。ダミアン・エズラ様です。昨年、彼にはとてもお世話になったんですよ」

「はじめまして、ダミアン様」


 これで、自己紹介は及第点だろうか。ルイーゼにもダミアンにも変な様子はないから、おかしな点はなかったはずと、真理はお辞儀していた頭を戻した。


 昨年の話を出され、納得した。ルイーゼがダミアンに惚れたのは母親が亡くなったときだろう。とてもお世話になったと告げる声には、感謝の意味だけでなく、尊敬にも似た特別なものを感じた。


 ダミアンの様子を観察すると、特にルイーゼには惚れていないようだ。まだ攻略は始まっていない。


 ダミアンのお茶会イベントはこの先にあるだろうが、今日はルイーゼの恋を応援して二人きりにするべきだろうか。ダミアンのそばに従者はいない。だが、プリシラはいる。真理が席を外しても問題はないはずだ。


「ルイーゼ。私、ちょっと化粧直しに行ってくる」


 そっとルイーゼだけに耳打ちをして、ダミアンには礼をした。


「申し訳ありません、ダミアン様。私、用事があるので失礼させていただきます」

「ああ。わかった。今度は俺のお茶会に参加してくれ。そこで話そう」

「ありがとうございます。楽しみにしていますね」


 ほんの少し、ルイーゼが慌てたように真理を見る。二人きりにしないで、という助け舟だろうか。でも、もう挨拶をしてしまったから去るしかない。


「すぐ戻るから」

「お姉さまっ……」


 にっこり笑って、ルイーゼの背を軽く叩く。プリシラには目だけ合図を送り、真理はその場を離れた。


 好奇に満ちた視線を感じながら、真理は先ほどの二人の様子を思い出す。まだ恋仲ではないけど、ルイーゼが惚れたのだから結果は決まったも同然だ。ダミアンはゲームのときと同じ、気さくな良い人だった。ルイーゼと付き合っても幸せにしてくれそうだ。


 この先の、ダミアンの攻略方法を記憶から引っ張り出してくる。お茶会が終わったらすぐに学院編に突入し、そこでパラメーターを上げながら攻略対象と『トーク』するのが恋お茶の好感度アップ方法だ。『トーク』を選べるのは学院編からだとして、パラメーター上げは今からしておけば学院編は楽に進めるのではないだろうか?


 よし、と今後の進め方を決めた。基本はダミアンで進め、万が一のことを考えて保険も用意しておこう。

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