2-2 お茶会の問題


 ルイーゼとの交流がなかなか上手くいかないだけでなく、真理の前には他の問題も次々と発生していく。


 まず、連れてこられたお茶会は名前が書かれたプレートが置いてある席に座らないといけないこと。文字はこの世界のもので、日本語でも英語でもない。真理は自分がどこに座ればいいのかわからず、そもそも自分の席があるのかも不明なまま立ち尽くした。


 それから、周りの貴族の反応だ。ルイーゼは友人らしい少女に呼び止められて、話をしている。それなら一人で先に向かおうと思って、座る席がわからず突っ立っているのだが、誰も真理に声をかける人はいない。


「あの、すみません……」


 わからなければ人に訊けばいいと思って声をかけても、相手はちらりともこちらを見ず「お久しぶりですわね」「あら、そのリボンは最新のデザインでは?」なんて会話を交わしている。何度か人に訊こうと試み、全員から無視をされて諦めた。おそらく、真理が孤児だという噂が広まっていて、孤児に皆は関わる気がないらしい。


 現実世界なら影で泣くほど悩むかもしれないが、ここはゲームの世界。そして相手は十二歳の子どもたちだ。腹立たしくは思うけれど、怒って喧嘩するほどでもなければ、泣いて悔しがるほどのことでもない。


 ここにサニーがいれば、自分の場所を聞くことができるのに、と真理は周囲を見回す。どの令嬢も、令息も、自分たちの侍女や従者を連れている。皆、なにかあれば等しくそばに控える者に声をかけていた。


 サニーはお茶会に着き、真理がルイーゼから離れたときに「用がありますので」と去ってしまった。お茶会のテーブルが見えてきた頃だったから、テーブルの上にある名札に気づき、去ったのかもしれない。真理が座る場所がわからず、困るのをわかっていて置き去りにした可能性は大いにある。


 早く文字を覚えよう。軽く教わったところ、どうやら日本語をローマ字で書く形に近い。五十音を覚えればこちらのものだ。


 今日のところはルイーゼが来るのを待って、一緒に席に着こうかと真理は大人しく立っていた。すると、横から「失礼」と声をかけてくる人物がいる。


「許可もなく声をかけてしまい、申し訳ございません。よろしければ、わたくしがお席までご案内いたしましょう」


 視線を横に向けると、いかにも執事っぽい服装を身に纏った青年が立っている。誰かの従者であることに間違いはなさそうだが、誰だろうか。


 お言葉に甘えてもいいものか悩み、真理は笑顔を作った。


「ご親切にありがとう。けれど、私、妹を待っているので」


 こう言っておけば、名前が読めずに突っ立っていることにはならないはず。嘘だろうと言われたら、相手のことを失礼だと言い返せばいい。


 真理の返答に、相手は一瞬、意表を突かれたような顔をした。けれどすぐ、愛想の良い笑みで恭しく礼をする。


「大変失礼いたしました。なにかありましたら、お声がけください」

「ありがとう」


 と、そこでルイーゼの姿を見つけて、真理はほっとする。執事服の青年も去り、真理はルイーゼに歩み寄った。


「ごめんね、ルイーゼ。一緒に席まで行ってもいい?」


 さっき文字を読めないのを隠した手前、堂々とはお願いしづらくなって耳打ちする。ルイーゼも瞬時に事態を把握し、笑顔で頷いた。


「もちろんです、お姉さま。わたしたち、隣同士ですよ」

「それは安心した。なにか変なことしたら教えてくれる?」

「お姉さまは慣れていないのですから、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ。さあ、行きましょう」


 手を差し出され、真理はその手を掴んだ。視線をテーブルの方に戻すと、様子を見るかのように他の人たちが注目していたことに気づいた。そういえば、執事服の青年と話していたときも視線が突き刺さっていた気がする。


 新しく貴族の仲間入りする庶民はどんな人間か、皆が値踏みをしているのだろうか。真理はルイーゼやプリシラが熱心に教えてくれた姿勢を崩さないように背を伸ばし、胸を張る。表情はなるべく笑顔で。でも笑いすぎず、にやけすぎないのがいい。バランスが大事。話し声も大きすぎず、小さすぎず。


 ……貴族の仲間入りはすごく大変だ。


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