二章「アルフレッド王子とお茶会」

2-1 いざ、お茶会へ


 恋とお茶のメモリーズは、三部編成だ。


 第一部はお茶会。幼少期にヒロインと攻略対象が出会うためのイベントで、プレイヤーはスチルや紹介文から気になるキャラクターを三人選び、お茶会に参加する。このとき選ばれたキャラクターの好感度は底上げされ、第二部に入る。


 第二部は卒業までに婚約者となるべく仲を深めていく学院編。第三部は婚約したキャラクターとの領地運営だが……今の真理には関係ない話だ。


 恋お茶の世界に召喚された真理がヒロインであるルイーゼの父親、ジョストから課せられた課題はただひとつ。


 ルイーゼが幸せな結婚をすることだけ。


 つまり、第二部の学院編で真理の仕事は終わる。無事に恋人を作り、婚約まで持っていくためのサポートが、真理のすべきことだ。だから、お茶会はとても重要なイベントである。


「今日はアルフレッド王子のお茶会だったよね?」

「ええ。まずは王族のお茶会に参加してから、よそのお茶会に参加することになります」


 真理の質問に、ルイーゼがにこりと笑って答える。けれど視線はすぐ、外に向けられた。これから向かうところに不満でもあるのか、今にもため息をこぼしそうな横顔だ。


 表向き、ジョストの養子となった真理は妹となったルイーゼと一緒に馬車に乗り、今日のお茶会会場へ向かっていた。お茶会は主に女主人が主催し、娘や息子のパートナー探しを行うらしい。ただ、探すと言っても子どもたちと大人たちでは場所が分けられるから、真理が参加するのは子供だけのお茶会だ。


 大人同士のお茶会にはジョストの姉が参加するため、家を出る前に挨拶だけした。弟が孤児を拾ったことに不可解な顔をしながらも、彼女は表向き良き伯母の顔をして「楽しんでらっしゃい」と声をかけてくれた。


 数日間、伯爵家で過ごしてわかったことがある。それは、表面上は誰も真理を蔑ろにする気はないということだ。孤児だからといってあからさまに態度を変えるのはサニーだけである。


 そのサニーからの細かい嫌がらせは、たまに困った事態も引き起こす。質問をすると棘のある言葉で答えてくれるのは、まだ答えがある分、いい。困るのは、今日みたいに外出するとき、真理の身支度に手を抜くことだ。


 サニーが用意したのは薄紫のドレスだった。事前にルイーゼから王族のお茶会は特に華やかな装いで、と聞いていた真理が他のドレスに変更したいことを告げると、茶色のドレスとグレーのドレスが出され、困った。グレーのドレスはよそ行きとは言い難く、茶色のドレスは色味は地味なものの、刺繍が見事で可愛らしい。現実世界で記念写真を撮るならこれでもいいかもしれないと思ったけれど、王族のお茶会に相応しいのかはわからず、前日にルイーゼに最終確認をしてもらって難色を示された。やっぱり、だめだったらしい。


 ただ、ルイーゼも知らなかったことだが、真理のドレスは比較的地味なものしか用意されておらず、結局「刺繍が綺麗だから」という理由で茶色のドレスに決まった。


 あとは朝、サニーにヘアメイクを頼んだところ、色落ちが目立つ髪型になってしまったため、一悶着が起きた。真理の髪は黒の地毛を茶色に染めている。まだプリンというほどではないが、色落ちしてきているため、髪型によっては地毛が目立って見えるのだ。


 これは玄関で顔を合わせたとき、すぐにルイーゼから手直しを命じられた。ただ、どう頑張っても地毛を隠すことはできなくて、苦肉の策で小さな帽子にベールをつけてごまかしている。ただこの策、いつまでも通せはしないだろう。


 こうして、真理の身支度に時間がかかったため、出発が遅れた。お茶会の時間には間に合うものの、家柄によって大体の到着時間が決まっているらしく、御者は少しだけ馬車のスピードを上げている。


「……ごめんね、ルイーゼ。私のせいで遅れてしまって」

「え?」


 窓の外を見つめる妹の気を紛らわそうと、真理は朝のことを話題に持ち出した。


「ドレスのこと聞いたとき、髪のことも聞けばよかった。これじゃ、見栄えが良くないってわかってたのに」


 まあ、髪を下ろしておけばそれほど目立たないだろうと思っていたのだ。まさかサニーが前髪もアップにして、結い上げるとは思いもしなかった。


「帽子も貸してくれてありがとう。アレンジしちゃったけど、よかったの?」

「お姉さまが気にすることではありませんわ。その帽子はわたしには少し、似合いませんでした。だから、お手直しをしようと考えておりまして」

「ベールをつける予定はなかったでしょ?」

「お姉さまにプレゼントするために、その帽子はわたしのもとにきたんです。きっと」


 まるで口説き文句だ。これも貴族の言い回しなのだろうかと真理はルイーゼの言葉遣いで学ぶ。


 と、ルイーゼは少し困ったように笑って、頬に手を当てた。


「それよりも、サニーはお姉さまとのお付き合いの仕方を少し、間違えているようですね。ドレスの用意もできておらず、髪も……」

「私についてくれてまだ数日だから、お互いに慣れないこともあるよ。私もね、まだまだ人に色々してもらうのは慣れてない」


 真理も笑って、ルイーゼの不安を吹き飛ばそうとする。


 真理はここに数年しかいない人間だ。学院編が終わったらジョストの手で元の世界に帰してもらう。だからそのとき、この世界に変わりがないよう、真理のせいでこうなったと嘆く人物がいないように振る舞う。


 ウェルザー家の人々に、サニーの悪い印象を与えてしまうのは避けなくては。


「少しずつ擦り合わせていくから、まだ見守ってて。サニーはね、私が貴族として間違った行動していたら止めてくれるの。そういうのってとても大事だから助かってる」


 止める言葉はとても嫌味ったらしく聞こえることも、棘どころか刃が刺さることもあるけれど、正してくれるのは有難い。真理が誤ればルイーゼの評判にも害が及ぶかもしれないから。


 ルイーゼは真理の言葉の裏を読むようにしばらく黙りこみ、それから微笑んだ。


「お姉さまがそう仰るなら。ですが、なにか困ったことがありましたら、わたしに相談してくださいね。頼りない妹かもしれませんが、お姉さまの力になりますから」

「ありがとう、ルイーゼ。私も、ルイーゼの力になりたいって思ってる。貴族のルールは知らないけど、それ以外で力になれることがあったらなんでも言って。愚痴をただ聞くだけでもいいよ」

「ふふっ。ありがとうございます」


 さっきよりルイーゼの顔色は良い。だけど、打ち解けられた雰囲気はなく、二人の間にはしっかりと超えられない壁が残っていた。


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