1-4 本編の幕開け


 それから食堂室で真理はジョストから改めてルイーゼを紹介された。前日に作った設定を淀みなく口にする。


「……そうして両親を亡くした彼女を、私は迎え入れることにした。昔、世話になった恩があるからな。ルイーゼと歳も近いから話も合うだろう」


 いきなり見知らぬ少女を対面させ、歳が近いからという理由だけで話が合うと決め付けるのはどうなのだろうか。片やお嬢様で、片や庶民だ。あと、年齢は近くないと昨日話したのをジョストは忘れたのだろうか? 真理がルイーゼに話を合わせるのを期待しているのだろうか?


 にこにこと笑っているジョストに、ルイーゼも笑みを返す。それはさっき真理に浮かべた笑顔と同じで、どことなく他人行儀なものだった。


「そうですわね。わたしもお姉さまといろいろ、お話をしてみたいです」


 わかりやすい社交辞令だったが、ジョストは心から安堵したらしい。そうか、と頷く声には先ほど滲んでいた緊張が消えていた。


 ルイーゼの可愛らしい微笑みがすべてを溶かして、消してしまうのだろうか。さすがヒロインの効果。プレイヤーであった真理からは画面の向こう側の世界みたいに感じられ、違和感が消えなかったが。


 ジョストは仕事があり、忙しいらしく、ルイーゼと真理を残してさっさと出かけてしまった。仲良くやるように言われた真理は、思いきってルイーゼの前に向かう。


「改めて、これからよろしくお願いします。ええと、ルイーゼとお呼びしても?」


 ルイーゼはびっくりしたように真理を見た。話しかけられると思っていなかったのか、視線をさまよわせたあと、笑顔を作って小さく頷く。


「ええ。お姉さま。わたしは妹ですので、そうかしこまらなくて大丈夫ですわ」

「じゃあ、ルイーゼも気楽に話しましょう。私だけ口調を崩すのも変だから」

「わたしのは癖ですので」


 さっと壁を作られたように感じる。


 にこにこと笑うルイーゼから敵意は感じられない。だが、好意もない。当然か、まだ出会ったばかりなのだから。


 ええと、と真理は作戦を考える。ルイーゼを幸せにするためにはまず、彼女と仲良くならないと。何かあっても今の距離がある状態のままでは助けることができない。


 悩んだ時間は少しだけ。ルイーゼがそれじゃ、と引き返してしまう前に持ちかける。


「ところでルイーゼ。よければ、中を案内してもらえないかな?」

「案内、ですか……」

「昨日ここに来たばかりで何がどこにあるかわからないの。ルールやマナーも知らないから、歩きながら教えてもらえると助かるんだけど、だめかな?」

「それでしたら、サニーに聞くと良いですわ。お姉さまの侍女見習いですもの」

「もちろん、サニーにもついてきてもらいたいけど」


 食事中、プリシラがサニーを連れて来たから、彼女は今、同じ場所にいる。ちらりと横目で様子を見ると、表情ひとつ変えずに後ろに控えていた。


 視線をルイーゼに戻し、真理も笑顔を作る。


「ルイーゼから学ぶことも多いと思うの。立ち振る舞いとか、話し方とか。ジョスト……お父様の話によれば、もうすぐお茶会があるんでしょう? それに参加するように言われたから、できればお茶会前に最低限のマナーを身につけて置きたくて」

「あ。そうでしたね……。お茶会のことを忘れていました」


 そのとき、ルイーゼが憂鬱そうな表情を浮かべたのを見逃さなかった。どういうことだ? もしかして、お茶会に乗り気ではない?


 昨夜のジョストの話によれば、ルイーゼは母親を亡くしてから気落ちしていると言う。そして、周りと馴染めないとも。お茶会はどう頑張っても人とのコミュニケーションが必須だから行きたくないのだろうか。


 それは困る。大いに困る。お茶会を欠席したらそのあとの攻略が面倒なのだ。塩対応から始まる攻略を真理はしたことがない。


 ジョストが周りと馴染めないと言った理由もわかった。作り笑顔と可愛らしい雰囲気で上手く周りとコミュニケーションを取っているが、見えない壁が厚い。絶対に自分の中に入り込ませないガードがあり、パーソナルスペースが広い。


 多少強引だが、見ず知らずの真理が相手をすることで、少しずつルイーゼの壁を崩し、厚すぎる壁を削げないか試そう。せめてお茶会では心を開ける男性に出会ってもらわないと。


「お茶会のマナーもわからないの。どんな雰囲気なのか、ルイーゼが教えてくれない……?」


 頼れば、ルイーゼは困った顔を一瞬浮かべても、すぐに頷く。


「わかりましたわ。それではお姉さま、屋敷を見て回りながら、お茶会の相談もいたしましょう」


 そうして私の恋とお茶のメモリーズは幕を開けた。

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