1-2 セーブ



 契約書を作成するにあたり、真理は名前を聞かれて『マリィ』と名乗った。ゲーム内ならそれがいい。だけど、マリィが偽名だと知ったルイーゼの父親は、その名では威厳がないということからマリーゴールドと名付けた。


 マリーゴールド・ウェルザー。真理はウェルザー家の養子になったのだ。


 父親の名前はジョスト・ウェルザーで、ウェルゼルを領地としている伯爵らしい。そういえば、ルイーゼの身分の紹介はざっくりと『貴族』だけだったなと思い出した。表には出していなかった裏の設定が見れたようで少し楽しい。


 恋お茶の世界でしばらく生きるからには、ルイーゼの恋を応援するのはもちろん、自分も楽しむようにしようと決めた。飽きるほど遊んだゲームだ。知らない設定を見つけるのも面白いし、ストーリーでは描かれなかったサイドスートリーを実際に自分の目で見られるのもわくわくする。


 ただし、困ったこともある。真理は二十歳を迎えた大学生のはずが、この世界にきて十歳くらいの少女になってしまった。ジョストの目にはずっと子どもの姿が映っていたらしく、真理が子どもになっていることを驚いたときは変な顔をしていた。


「まあ、ルイーゼと同い年に見えるから十二歳としよう。お茶会にも一緒に参加できるから好都合だろう」


 自分の年齢が変わっていることに戸惑う真理を置いて、ジョストはどんどん話を進めていった。


 ひと通りの説明が終わってから、真理は知らない部屋に一人、残された。サニーというメイドが挨拶に来たけれど、「何かあったらお呼びください」とだけ言い残し、部屋を出た。家に突然来た養子は、市井にいた孤児ということになっているから、敬う相手でもないなと軽く扱われたのだろうか。


「ゲームにそんな描写はなかったなぁ……」


 ベッドの上にダイブする。自分のベッドよりも遥かに大きい、キングサイズのベッドだ。両手を広げても端に手が届かない。


 綺麗に片付けられた部屋でも、長く人に使われていないせいか、妙によそよそしい空気があった。自分がこの世界の異物だとわかっている真理は、なんとなく、自分自身が拒絶されているように感じる。


「ルイーゼを幸せにすればそれで終わりだけど、順当にいったとしても学院を卒業するまでだよね」


 お茶会は十二歳のとき。第二部にあたる学院生活は十五歳から十八歳までの話だ。これから最低でも六年は、この世界にいることになる。


「変な感じ……」


 ゆっくりと目を閉じる。ちょっと寒く感じて、もぞもぞとシーツの中に潜り込んだ。


 今はまだ、この世界にいる。


 だけど、この世界に来てしまったのは眠ろうとしたときだ。オープニングを見て、気づいたら違う世界にいた。なら、また眠れば元の世界に戻れるのではないだろうか。


「……セーブ」


 元の世界に戻れたらいいなと思いながら、もう少しこの世界も見てみたい気になった。だから、セーブしておく。


 元の世界に戻っても、ここに戻って来られるように祈って。



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