第13話 美しい花に集る虫たち

「私を食堂に連れてきてくれたお礼。ライラは席で待ってて」

 美しい。そしてふさわしい。私と宝華はお似合いだ。初めてで不慣れであろう食堂でも毅然とした姿で食券と商品を交換しに向かう姿。

 私と彼女の二人だけの空間を邪魔するように、私たちの食事を代わりに用意しようとする有象無象をあしらうその姿は凛々しい。

 私はそんな彼女を見送り、宝華の姿が見渡せる券売機の近くのテーブル席に腰かけた。

「お待たせ」

「いえ。待ってませんわ」

 宝華はまるで私だけのギャルソンの様に、私の前に複数の一口サイズのプチケーキを乗せたお皿と空のカップを音を立てずにテーブルに並べた。

 宝華は私と自分のカップに紅茶に空気を含むように少し高い位置から、紅茶を注いでいる。

「砂糖は何個?」

「じゃあ、二つ」

 砂糖を混ぜる姿も手慣れており、「どうぞ」と私に差し出してくれた。

「ありがとう。どこかでそういう経験でも?」

「いや、趣味かな。紅茶とかコーヒー好きなんだよね」

「まあ、それは素晴らしいわ」

 ますます欲しくなってくる。淹れてくれた紅茶を飲みながら、私は「チョコは平気?」と彼女に問いかけた。すると少し悩んだ様子を見せるも、「嫌いじゃないかな」と珍しく歯切れの悪い様子で返事してくれた。

「あらそうでしたの。じゃあ、こちらはどう?」

 私はプチケーキの中から、生クリームとスポンジのケーキをフォークで刺し、彼女の口の前に運んだ。

「こちらもお嫌い? 困りましたわ……そうなると、あとはチーズケーキ。こちらがお好き?」

「あ、いえ。じゃあ、いただきます」

「ぜひ」

 ひな鳥に餌を与えるよりも、まるで美酒に陶酔するような気分を味わえるこの行為は、癖になりそうだ。

「ふふっ、こちらはどう?」

 恥じらいからか、目を閉じながら私の差し出すケーキを食べる宝華に、私はチーズケーキやモンブランクリームの乗ったケーキを次々に口に運んだ。

「も、もういいかな?」

 頬を染める宝華はギブアップをするように私に告げてきた。仕方ない。ならばと、私は宝華をまねするように口を開いた。私の番だ。

「では、あーん」

 フォークを渡された宝華はためらいがあるのか、周囲がはやし立てる声が気になるのか、中々食べさせてくれない。ならば次の手を打つまでだ。

「ごめんなさい……私、少し浮かれてたみたいです。皆さんの宝華に迷惑がかかることを考えてませんでした」

 明らかにしょんぼり感を演出しつつ、彼女の罪悪感を煽るような流し目で謝る。隠し味にほんの少しの涙目。

「あ、ご、ごめんね。ちょっと驚いちゃって。大丈夫だよ」

 効果てきめん。彼女は罪悪感からか、咳場合をしつつ、もっと耳元で聞かせて欲しいような声で私の名前を呼んでくれた。

「僕が食べさせてあげるね。ライラ」

「でも、ご迷惑じゃ」

 恥じらうふりをしつつ、周囲を見る。一部の席ではうずくまり、鼻か顔を抑えている学生がちらほら見える。

 そこのあなた。ハンカチを噛んでも駄目よ。貴女と私じゃ、ステージが違うの。ほら見なさい。宝華は私のモノよ。

「ライラ。あーん」

「で、では。あー」

 ケーキの味は学食にしては美味しいが、スイーツバイキングレベルだ。あまり量を食べたい味ではない。そう思っていた。だが、違う。

「どうかな?」

 目の前で恰好をつけつつもほんのり頬を赤らめている宝華が食べさせてくれるのだ。不味いわけがない。美味しい。

「美味しいわ」

「だよね。じゃないや、よかった。ほら、このケーキも」

 宝華はスグに言葉遣いを正し、私だけの従僕の様に、残るケーキを食べさせてくれた。最高だ。誰かこの瞬間を写真に撮りなさい。命令よ。

 心の中でそう思いつつ、私は周囲から聞こえるシャッター音を聞き逃さない。だがこの良すぎる聴力は、残念ながらノイズキャンセリング機能は未搭載だった。

「何やってんだ? お前」

「めずらしいですな。昼食ですか? ご一緒しても?」

「二人とも……」

 私が頼んだケーキセットを持った二名の女子生徒が、私たちのサンクチュアリにずかずかと侵入してきたのだ。

「四人掛けで助かったよ。隣良いだろ?」

「では某はこの美少女の隣を」

 ちょっとちょっとちょっと!

 多少は顔立ちが良いものの発育不良な不良女子と、キューティクルの荒れたツインテールの眼鏡女子が私の視界に割って入ってきた。

 不良女子はともかく、この見るからに不健康そうな細身の女子が、私の隣に座ってきた。やめて! 蕁麻疹が出る!

「ど、どなたですの? お、お知り合いかしら」

 一人は一応知っているものの、私は宝華に尋ねた。だが、宝華は先ほどの役者スイッチが切れたのか歯切れが悪く、「あ、うん。知り合いと言うか」と口ごもる。

「そ、そうですわ。この席どうぞ。私と宝華はもう昼食はいただきましたので」

 私は飲みかけの紅茶と空皿が乗ったトレーを手にとり、宝華にも席を去ろうと提案した、つもりだった。だがこの不良は、その見た目通りの知能の低さから、

「なんだよ。紅茶残ってるじゃん」

「ですな。それではせっかくですから、JK4人でお昼休みティータイムと興じますかな? うっひょー! キター!」

 隣に座る眼鏡が私のトレーをひょいととりあげ、テーブルに置きなおした。

「ケーキがなければクッキーを食べればよいことよ。おっとつい。漫画の名言を吐ける場所では歯止めがきかないでござる。申し遅れた。大友あずさと申す」

 この人オタク!? ひぃいっ。背中がぞわっとしてしまう。だがこのオタクは私の気持ちを一切気にせずに、眼鏡をくいっとあげてしたり顔でペラペラと漫画について熱く語りだした。

 やめて! 王妃を汚さないで! というかわざとですの!? 私がフランスの血を引いていることを知って言ってますの!?

「宝華もどうせならこれ食べろよ。俺こんなに食べれないし。ほら宝華、チーズケーキ好きだろ?」

 私が厄介者に絡まれている間、宝華はあろうことか不良にケーキを食べさせてもらっていた。いえ、不良が無理やり宝華に自分のケーキを食べさせようとしていた。

「ちょっと! はっ、いえ」

 私はコホンと咳払いし、笑顔の仮面を身に着けなおす。

「ごめんなさい。宝華にはちょっと学内を案内していただくことになっているの。これはお詫びの紅茶。まだ一杯分は入っているの。良ければ飲んでくださる?」

 私は自分のティーポットをオタクのトレーに置いて、立ち上がった。

「宝華さん、食堂も混んできましたし、そろそろ出ませんこと?」

「そ、そうだね。ごめん。舞、あずさ」

「お、おい!」

 不良女子が宝華を呼びとめるも、私は宝華に喋る隙を与えない。

「ごめんなさい。また今度機会があれば、ご一緒しましょう※」

 ※意訳=出来ればもう視界に入らないでくれる?

 ああ、不愉快。食後の甘い気分が台無し。

「悪いことしちゃいました……あの人たちに、あとで謝らないと」

 肩を落とすふりをすると、そこは流石学園のジェンヌである宝華だ。

「後で二人には私から謝っておくよ。ライラのいう事も正しいし」

 私の頭にそっと手を置き、私をフォローしてくれる。うふふ。好き。私はそんな優しさを注いでくれる彼女の腕に、あどけなく抱きつく。

「ありがとうございます。実は私、すごい人見知りで、すごい緊張してたの」

「そうなの? 悪いことしちゃったね。あの二人、割とフランクだから」

「いいえ。大丈夫ですわ。優しい宝華のおかげで、緊張も少しほぐれましたわ。そうだ。宝華のことをもっと知りたいわ。ダメかしら? 普段はどんなふうに過ごしてらっしゃるの?」

「過ごし方? 屋上行ったりかなあ」

 知ってるわ。

「まあ、素敵! 私も屋上へ行ってみたいわ」

 私は彼女の腕に腕を絡め、恋人の様に屋上への階段を上った。ドアを開ければ、私たちを包むベールのような、柔らかい風が私たちを包んだ。それはまるで私たちを祝福するかのような優しさで、青い空から降り注ぐ太陽も私たちを歓迎している。

「素敵。芝生ですのね」

「うん。だから結構気に入ってるんだ」

 宝華はそう言って、ハンカチを一枚芝生の上に置いて、「よかったらどうぞ」と特等席を作ってくれた。

「うれしい。良いの?」

「勿論。どうぞ」

「ではお言葉に甘えて。んしょ。芝生が柔らかくて気持ちいいです」

 私の感想を聞きながら、宝華は太陽を浴びるように大きく体を伸ばしていた。夏服の内側から覗かせる、彼女の綺麗なお腹。運動をしているのだろうか、薄っすら覗かせる割れた腹筋。

「宝華もどうぞ」

 私は視線をごまかすために、宝華の真似をするように私の隣に一枚ハンカチを置いた。宝華は「悪いよ」と遠慮するも、私の「これでおあいこです」と言う言葉に納得してくれた。

「じゃあ、ありがとう」

「気持ちいいですね」

「うん。やっぱり太陽って良いよね。あ、ライラ、日焼け大丈夫?」

「ええ。日焼け止めクリームは常に身にまとっていますから。でも、少し日が強いかもしれませんわ」

 くらりと眩暈を起こしたふりをみせ、私はごく自然に彼女の胸に頭を倒した。女性であることを自覚させる、彼女のつつましい胸が私の体を受け止めてくれる。

「ら、ライラ?」

「ごめんなさい。やっぱり太陽が強いみたい」

 私は座布団代わりに使用していた彼女のハンカチを手に取り、立ち上がった。

「教室に戻ります。ごめんなさい宝華。せっかく良いスポットを教えてもらったのに」

 詫びる私に彼女も立ち上がる。だが、今日はこのくらいで引こう。彼女の心に数度打った楔が食い込むには、少しの時間が必要だから。

 私は宝華ではなく、屋上にいた同級生を見つけ、彼女とクラスに戻ることにした。

「ハンカチありがとう。洗って返しますわ」

 宝華の言葉を聞流し、私は同級生とクラスに戻った。昼休み終了のチャイムが鳴るまで私は質問攻めにあったしまったのは予測済みだ。

 クラスメートと言う名のモブたちが浴びせる賞賛や嫉妬の混じった言葉を受け止めつつ、私は頬を染めて、ほっぺの熱を冷ますように手で頬を抑えながら、

「塚本さんって、凄いやさしいのね。すごく、ドキドキしちゃった」

 と彼女たちと似たようなことを吐くと、一気にモブたちから聞こえるのは同意するといった言葉だらけだ。

「でも、塚本さんって交友関係広いのね。あの、舞?さんや大友?さんとも仲が良いなんて」

 私は先ほどお邪魔虫たちから受けた汚辱をオブラートに包んで彼女たちに相談すると、彼女たちは口々にお邪魔虫達の情報をべらべらと喋ってくれた。

「へえ、一緒に住んでるんだ。高校生なのに凄いですね」

 素直に感想を述べると、

「私たちも一緒に住みたーい!」

「ダメダメ。審査あるみたいよ」

「謎だよね! 日村さんはともかく、なんで大友さん!? ただのオタクじゃん」

 モブたちも一緒に住むには何か条件があるらしいことを、口にしている。それにしても気に入らない。

「ねえ、ライラもそう思うでしょ?」

「ええ、そうね。でも、一緒に住むってなったら私、緊張でおかしくなっちゃいそう」

 私が恥じらうようにそう言うと、モブたちはいっせいに沸いたように「確かに!私だったら緊張で死んじゃうかも」や「ライラなら大丈夫でしょ! かわいいし!」と自分を客観的に見えているであろう言葉が飛び出してきた。

 よくわかっているじゃない。だからこそ私は後日の放課後、モブたちに宝華から借りたハンカチを返しに行くなど適当な言い訳をし、宝華と会うことが出来た。

 校門前は人が多く、学校を出てからしばらく歩いた場所。宝華の帰り道で私は偶然を装い、出会うことに成功した。

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