第12話 4人目 水瀬ライラ 宝華を狙う傲慢な美少女

 主役は後からやってくるものよ。ところでノブレスオブリージュってご存じかしら?

 知らないなら気にしないで良いわ。私の名前は水瀬ライラ。

 花の名を関する私は、いつまでも人々の記憶に美しい姿を刻んであげるの。

 私は綺麗。高価なビスクドールよりも美しい白い肌は、まるで吸血鬼の様に日焼けを拒む。そして更に美を際立たせるのは、欧州の血を取り込んだぱっちり二重でサファイアの様に青く大きな瞳。

 右を見れば人々が羨む視線を私に注ぐ。左を見れば、今度は大衆たちは私を愛でる視線を注いでくる。困ったものね。まあ仕方ないわ。こんな片田舎で美しいものを見られる機会なんて、早々無いもの。だから私はそんな人たちに美を届けるの。

 パパの仕事の都合でやってきた、と言っても生まれた時から日本育ちの私は、そうやって過ごしてきたわ。

 個性の欠片もないダサい制服を身にまといながらも、私は健気に学校へ通ったわ。まあ美しさを隠せない私には、常に退屈を紛らわせるための存在がいたから、まあまあ楽しく過ごしているわ。たまに微笑んであげるだけで、こいつらは簡単に私に心を開いている。ほんと馬鹿。

 ああ、つまらない。そう思った私はパパがまた転勤するって話を聞いて、入学早々の高校を変えることになったわ。パパの転勤に付き合わされるのは面倒だけど、つまらない人々たちに囲まれて過ごすのにも飽きていた私は、どうせならとその地域では割と設備が良いと噂の女子高へ転校した。

 そして出会ったの。私に相応しい存在に。糞みたいな存在に囲まれつつも、そんな奴らを無視するわけでなく、健気に相手をする彼女。

 それはまさに、鏡から飛び出してきた私を見るようだった。だって彼女は美を持つ者の義務を果たす様に、常に振る舞っているんだもん。

 掃き溜めに鶴? 豚に真珠?とでもいえる様な泥にまみれながらも、輝きを失わない彼女を救い、私は彼女を手に入れよう。

 昼休みにいつもの様に教室から出てくる彼女の姿を発見した私は、彼女に群がるハエを払う様な真似はせずに、か細い少女を演出するようにして近寄った。

「あっ」

 だがハエたちはとても大きく、ちょっと私に触れただけで、誰よりも儚くか細い私の体は、すぐに吹き飛ばされそうになってしまう。

「ご、ごめんなさい! ど、どうしよう」

 私にぶつかってきたハエは自分のしたことを恥じるように、あたふたしている。そうよ。恥じなさい。だけど私はそんな彼女に微笑んだ。

 大丈夫よ。と伝えるように、私は儚くも寡黙な美少女を演出する。そうすることで、騒ぎの原因となった私の仲間が、私だけを見ることを知っているから。

「だ、大丈夫? ご、ごめんね」

「ええ。少し驚いて転んでしまっただけよ。ごきげんよう。宝華」

 私と同じく目立つために生まれた、エッフェル塔のごとく人目を惹く、私の片割れのような存在が差し出す白魚のような掌を握り、私は立ち上がった。

 ああ、やっぱり綺麗。白魚というより、高級なボーンチャイナのような手触りの肌。いつまでも触っていたいその手のひらを堪能しつつ、私はあることに気が付いた。

「少し手が荒れていない? 夜更かしかしら」

 いけないわ。美を持つ者は常に、それを維持もしくは向上させる義務があるもの。

「最近お弁当を作っているからかも」

「そう。お弁当を……馬鹿なの?」

 思わず素が出かかってしまった。私は小さく咳ばらいをし、聞き間違いじゃないかと問いかけた。だがハエたちが口々に、宝華の教室を指さした。

 視線を向ければがさつにお弁当を食べている小柄な少女の傍に、財布を片手に握りしめたハエが集っている。

「少し前から私と舞は一緒に住んでるの。だから舞のお弁当を作ってあげてるの」

 何がだからなの? 先ほど私が尻もちをついた際にスカートに付着した埃を彼女は手で払いながら、話を続けている。だけど、大事なのはそこじゃない。

「舞、さん? ごめんなさい。よく意味が分からないのだけど」

 無知な少女の様に宝華に問いかけるも、何故かハエたちが自分語りや妄想を語っては騒いで会話にならない。

「よし。これできれいになった。じゃあ水瀬さん、私もう行くね」

「宝華さん。もしよろしければなのだけど」

 私は躊躇いなく私の前から去ろうとする彼女の手を再度握りしめ、上目遣いで口を開いた。

「よければ、食堂を案内してほしいのだけれども」

 一人で入るには恥ずかしいから、一緒に連れてって。デパートで母と離れて迷子になった幼子の様に、私は宝華を堕とそうと試みた。普通なら私のお願いを断ることは許されない。だが、彼女は違う。

 私と同じ美を持って生まれた彼女ならば、私を拒んでも仕方ない。だけど彼女がそんなことをしないのを、本能で知っている。

「水瀬さん食堂行ったことないの? でも私も使ったことないんだよね」

「だめ? ですか?」

 悩むそぶりを見せている宝華に私は念押しをしてみた。すると彼女は私の手を握る手を少しだけ強くし、微笑んだ。

「オッケー。じゃあ一緒に食堂デビューしようか」

 周囲が騒がしい。だけどそれも仕方ない。私と彼女、学園の美が食堂へ向かうのだ。向かった先は、転校前に聞いていた評判通りの施設だった。

 食堂と聞いていたからフードコートのような場所を想像してたが、中に入ればカフェテリアの様な落ち着いた空間だった。観葉植物やジャズのようなBGMが流れている。

 友人たちと囲めるテーブル席や、部活動などの打ち上げで使える様な、大人数向けのテーブルなどが用意されている。壁際は一人用の席などが並んでいる。

 私と同じく食堂へ入り、なにやら目を輝かせている宝華は、「喫茶店のようだけど、食券制なんだね」と話しかけてきた。

「そうね。でも混んでいるみたい」

 別に何か食べたいわけではないのだ。私は先ほど彼女が残した謎の言葉に対し追及するための会話が出来ればそれでいい。

「ねえ、見て」

「うそっ、こんなことって」

「ほら、券売機から離れなさいよ! あの二人の邪魔になちゃだめよ!」

 まるでモーセの海割りのごとく、数台の券売機に群がっていた人たちが私たちを見て散っていく。

「何か食べます? 連れてきてくれたお礼に、ご馳走いたしますわ」

「ありがとう。じゃあ、こうしようか」

 私の提案を受け入れた宝華と券売機に向かい、私は千円札を投入した。どうぞ。と彼女に手でジェスチャーをすると、やはり彼女は素晴らしかった。

「水瀬さんは何にする? ケーキもあるみたいだけど」

「ライラで良くてよ。宝華は?」

「私は……これかな」

 彼女はティーセットを注文し、お釣りのボタンを押した。足りるのだろうか。私がそう思っていると、

「水瀬さん、じゃなくて、ライラはどうする?」

 とお釣りの小銭を私に手渡してきた。

「で、ではこれを」

 私は券売機の期間限定のケーキセットを指でさし、新たに千円札を手渡そうとした。だが彼女はそれを断り、ウィンクしながら微笑んだ。

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