第10話 チートを使うリア充に鉄槌を
鏡は怖い。だって彼女は忖度をしないから。
いついかなる時も、私を追い詰めていく。
大好きだったご飯を食べたその日も、鏡だけは私をブルーにしてくる悪魔だった。カーテンを閉め切り映画館の様に真っ暗な部屋を照らすパソコンモニターを前に、私はヘッドホンを装着し、大好きな彼女と出会う。いつも通り、歯の浮いたセリフを語りかけてくる彼女に、私は笑みを浮かべておしゃべりをする。この世界では誰よりも愛されていると自負できる私はそんな彼女と適当な会話をし、目下攻略中の寡黙系ヒロインを堕とすべく、カチカチとマウスをクリックし、会話を選ぶ。
『は、恥ずかしいよ』
画面内で私に対して恥じらうキャラを私は、俺様系口説き文句を並べたて、好感度を上げていく。
「いいから俺のモノになれよ」
放課後の空き教室で黒板を背景に主人公がヒロインに壁ドンをして口説くワンシーン。ゲームのギャラリーコンプのために選んだ選択肢。会話を進めていけば、壁ドンされたヒロインは主人公に無理やりキスされ、恋に落ちていく。それはまさに恋愛ゲーム特有のご都合主義ともいえる、ヒロインが俺様系主人公に惹かれていくきっかけとなるワンシーンだ。
「……糞ゲーだな」
私はゲームウィンドウのバツボタンを押し、セーブせずにゲームをやめた。
あと少しで全キャラコンプだったはずのゲームだが、やりたくない。面白くないと思ってしまう。
パソコンモニターの明かりが消えたことで真っ暗になった部屋で、私はベッドに寝転がった。少しきしむサイズのパイプベッドに遠慮せずに、私はごろごろと左右に寝転がった。だがシングルサイズのベッド幅では私の体が動ける範囲などたかが知れていた。
「つまらない……なあ」
眠たくもないため私は結局ベッドで転がるのをやめ、部屋の電気をつけるために立ち上がった。壁にある蛍光灯のスイッチを押し、部屋を蛍光灯で照らす。お菓子や使用済みのティッシュ、のみかけのジュースが入ったペットボトルが散乱する部屋。
「これでも見ようかな……」
少し前に話題になった、シリアスとは無縁の女子高生が中心のゆるいアニメのDVD。何度も見たそのアニメをBGM代わりにしようとデスクトップPCのDVDドライブに挿入し、再生する。
「楽しそうだなあ」
音楽室を占拠し、部活動をするわけでもなく呑気に紅茶やお菓子を食べている姿。いつもはそれに合わせてお茶菓子を用意して一緒に過ごすのが好きだった。このアニメにはまり、ギターも始めた。このアニメに登場する、私に似たキャラクターと同じギター。中古でも高かったそのギターはショートスケールで私の手でも弾きやすい。気分が落ち込んだ時にはこれを触り、EDやライブシーンに合わせてギターを弾くことで、私もこの世界に混ざった感覚を味わえたから。
だけど今日はいくら弾いても、どれだけ歌っても、乾きは満たされなかった。お母さんが切ってくれたおやつの林檎も、砂利の味がした。夕ご飯の唐揚げも、砂利に包まれたゴムまりを食べているようだった。何とか口に詰め込んだが、そのあとすぐに体がそれを拒絶し、それが食べ物じゃないのだと私に教えてくれる。そんな体の異変を感じても、私の脳はSOSと警告音を響かせることは無かった。
むしろその環境を喜んでいたと思う。
「大沢さん、大丈夫?」
「大丈夫だよ? どうして?」
「無理しちゃだめだよ。最近ご飯食べてる? 何かのアニメの影響?」
「心配だよね。おやつも食べないし、最近やつれてるし」
「ダイエットでござる! めざせわがままボディ!」
「変なダイエットすると胸も小さくなるよ?」
「胸なんて飾りです! 偉い人にはわからないんですよ! ほら、こんなに元気!」
『それだったら私、今度お弁当作ろうか?』
「うれしい申し出ですが、今は我慢するでござる! おっと失礼。某これからやることがある故」
心配してくれる大好きな花さんの申し出を断り、私は昼休みに自分の世界に籠れるあの部屋へ歩いていく。
電気を付けずに過ごすと薄暗く、いつも自分を冷静に現実を教えてくれるサンクチュアリ。たまに聞こえる彼女の声と脳内で会話する私。家に帰れば趣味に没頭し、女を磨く。そんなことを続けてしばらくたつと、体が軽いことに気が付いた。
「あ、あはは」
鏡が教えてくれる。
自分は間違っていないのだと。
「もう少し頑張れば……もっと頑張れ。まだまだこれじゃあ、勝てない。
月夜のような美しい陰を持つ花さんと違い、まがい物の私。ペルソナしか持っていな私と違う、本当の仮面を纏う私は、彼女に近づくどころか触れる事すら許されない醜く地を這うネズミだ。それでも夜の闇を眺めることだけは許してほしい。私が惹かれた、あの闇にいつか手が届くことを信じて。
体重が以前の半分ほどになった頃だろう。私に転機が訪れた。砂の食事にも慣れてきた私に、転機が訪れた。
「大友さん、これ、食べない?」
砂の食事を食べずに済む唯一の時間ともいえる、午前授業が終わり、人々に笑顔がこぼれるこの時間。私の願いがかなったのだろうか。私の机の上にプラスチックの小判型のお弁当箱が置かれた。
「みんなも心配してるし、どうかな。胃もたれしないように、油はあんまり使わないようにしたんだけど」
目の前の天使がとうとう私に振り向いてくれたんだ。
私は嬉しくなり、彼女がそっと渡してくれた割り箸を受け取り、お弁当箱の蓋を開けた。卵焼きやプチトマト、煮しめ、半分に切られたミートボール、ごま塩がまぶされた俵型の小型のおにぎりが数個詰められたお弁当だ。
周囲から羨ましそうな感想や、彼女の女子力の高さをたたえる声が聞こえてくる。
「あ、ありがとう。う、うれしいなあ」
私は夢のような光景を前に、手が震えながらも好物だったミートボールを口に運んだ。だけど、それを飲み込むことが出来なかった。いや、噛むことすらできなかった。反射的に吐き出してしまった私に、天使の表情が曇った。
「ご、ごめん」
私は机の上に吐き出したミートボールを慌てて拾い、再度口に運びごくりと飲み込んだ。だけどそれはまるで異物の様に喉で引っかかるように気持ち悪く、私は逃げるようにサンクチュアリに走っていた。
「なんで……どうして……うげえ」
吐き出したくない。だって……必死に口に蓋をするように手で押えるも、私の体がそれを許さない。
どうして……。私は自分が信じられないとショックを受けてサンクチュアリから出ると、私を見て話しかけてくる人がいた。
「お前が花の飯を吐いたってやつか?」
自分より小柄で小動物のような可愛らしさと気の強さをもった、私には無かったモノを持った女子だ。
「面貸せよ」
怒ってる。彼女は明らかに私に対して怒っている。それも友のために、怒っていることが伝わってくる。ずるい……。
「……やだ」
「あ?」
「嫌だ! アンタは邪魔なの!」
気が付けば私は私に喧嘩を売ってきた女子を両手でつき飛ばした。反撃を想定していなかったのか、彼女は私の反撃を受けて、しりもちをついてしまった。対格差もある。負けない。そう思った矢先、体に痛みが走った。背中もいたい。今度は私がしりもちをついていた。いや、天を見ていた。だがその天を隠すように、
「やってくれるじゃねえか。この俺を日村舞だとわかってやってんだろうけどなあ、正当防衛は成立してるんだ」
と突き飛ばしたはずの少女が私に馬乗りになり、拳を作って楽しそうに笑っている。
「不良のくせに! 不良のくせに偉そうにするな!」
私はがむしゃらに体を動かしていた。体の痛みを無視するように、必死に動かした。掌が痛い。手が痛い。顔が痛い。息が出来ない。まるで体育で50メートル走、マラソンをやった時の様だ。だけど、それでも体が動いた気がした。目を覚ますと、日差しが明るいベッドの上だった。
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