第8話 3人目 大友あずさ 吾輩はあずにゃん。いや、でぶにゃん

吾輩は自称あずにゃんこと大友あずさ。高校1年生。あだ名はデブにゃん。その理由は……お昼休みにある。

「デブにゃんこれ食べる?」

「食べる!」

 ツインテールを揺らし、私は彼氏の様にお弁当のソーセージを食べさせてくれる同級生へ、あーんと口を開けていた。美味しい。タコさんウインナー美味しい。

「はーい、こっちもどうぞ」

「な、なんでプリン!? でもうまー!」

 ソーセージの次はまさかのスイーツを別の同級生がプレゼントフォーミー。そう、デブにゃんと呼ばれる所以は、おやつをたくさんくれる同級生たちによって成り立っていた。

 身長引く100ではじき出された標準体重を軽くオーバーしているこのオーバーボディは、まだ真の姿を見せる気配は無い。だからこその愛されゆるふわだ。いつもお菓子をもらい、悪戯をされる。

「いやー、このおっぱい羨ましいわ。何カップ?」

「貴様は今までにそだった乳のサイズは覚えているのか? 僕は決め顔でそう言った」

「あはー、ブラのサイズくらい覚えてるっしょ。触った感じF?G? あ、もしかしてさっきのアニメネタ?」

「ぐむぅ……」

「ごめんごめん。でもでぶにゃん、おっぱいおっきくてもこのお腹じゃ海いけないよー。せっかく太っても目がおっきいんだから、デブ専以外もターゲット絞ればいいのに。このこのー」

「ほっほっほ」

 たぷたぷたぷとバスケ部の置物の顧問の顎の様に扱われる私のボディ。そして彼女たちのアドバイスを聞流すクールな私。しかしアニメネタがすべった時ほどみじめな姿は無い……。まあ仕方ない。女子の中ではマイナーな話だ。

「奇妙な冒険と物語シリーズを組み合わせるのは、難しいんじゃないかな」

「さすが花殿! そこにしびれるあこがれるぅ!」

「あ、いや……無理やり貸してきたの大友さんだよね? これ読んで!って数十冊も」

 一緒に机を合わせてお弁当に興じる親友の花殿こと、永代花は苦笑しながらも、自分で作ったらしい煮物をフォークで食べていた。

「相変わらず美味しそうですなあ」

「食べる?」

「いや、拙者野菜を口にすると体が……」

 栄養バランスのよさそうな和食中心のお弁当メニューの花殿に、私はアルマイト製の通称『ドカベン』を彼女に見せた。白米に梅干し。塩じゃけに薄い豚バラ肉の生姜焼きが乗った、まさにお米のためのお弁当。

「好き嫌いはダメだよ」

 いつものやりとりなのだが、彼女はそういって私の食生活を心配してはシイタケやタケノコなどの煮物を数個、私のお弁当の蓋をお皿代わりに、置いていく。

「そ、その賢者の石ではもはや吾輩の交換できるものは……」

 そっとまだ口をつけていない、私のドカベンに入っていた大粒の梅干しを彼女の白米に乗せてあげた。すると彼女は嫌な顔せずに、「ありがとう」と礼を言って、それを食べて口をすぼませていた。

「すっぱいけど、これ自家製? 美味しいよね」

「残念ながら吾輩、禁忌を犯して酸味と苦みと野菜を受けつけない体ゆえ……」

「最後の味覚じゃないよね」

 くすくすと笑う彼女は本好きで、私の悪ノリを一切嫌がらずに受け止めてくれる。そんな光景に、周囲からも「またやってるよ」や「でぶにゃんの知識に付いていけるの、うちのクラスじゃ永代さんくらいだよね」と笑っている。そんな彼女たちに、私は「はーいはい。今日のお勧めはこれでござる!」と超有名週刊誌で連載されていた、SF侍漫画を彼女たちに宣伝する。

 アニメ映画だけじゃなく実写映画化もされた作品だ。これなら。

「それ知ってるから大丈夫」

「うん。兄貴に借りて読んだわ」

 意外とみんなノリが悪かった。

「おかしいでしょぉぉー!」

 突っ込みキャラを模した声で、彼女たちに茶々を入れたら、微妙に似てるかも。と評価もしょっぱかった。花さんに至っては、「早く食べないと昼休み無くなっちゃうよ」と真顔で心配している。まあ前髪で表情は想像するしかないのだが。そんなやりとりをしていると、廊下を眺めていた女子の一人が、「きた!」と叫んだ。その声に周囲の雰囲気がガラッと変わる。

 皆一様に何かを手に持ち、そのお目当ての相手が教室前を通るのを、スニーキングミッションのごとくスタンバっている。長身でモデル体型。眉目秀麗と言った様子のその女子が教室前を通ると、クラスのほとんどの女子が教室から姿を消して、その人を取り囲む。

「いつ見ても壮観ですなあ。いつかお盆にご一緒したくなるでござる」

「お盆?」

「花殿もいかがでござるか? 汗だくにはなりますが、まあサウナだと思えば悪くは無いかと」

「サウナ苦手だから……」

「そういえば花殿はかの麗人に興味は無いんでござるか?」

 クラスのほとんどが受け取ってもらえない事を知りながらも貢物をする姿を見せる中、花さんだけは彼女と距離をとっているようだ。一緒に過ごした数か月で、そんな印象を抱いた。だからこそ試しに、私は鎌をかけてみた。デスサイズ。

「もしかして元カノ? 元カレ?的な立場だったでござるか? たしか小中一緒だったと聞いておりますが」

 名探偵になった気持ちで弁当を食べる手を止め、私は考えるふりをしてみた。すると地雷だったのだろうか。花さんは立ち上がり、飲み物を買ってくる。と教室を出てしまった。麗人たちと逆方向へ向かう彼女の姿を見送り、私は申し訳なさで胸をいっぱいになりそうだった。それをかき消すために、残る弁当を平らげることにした。無論、いただいた煮物もしっかり美味しくいただいた。しょうゆや出汁がしみこんで茶色く染まったそれらは、白米のお供としても十分だった。

「にしてもやはり地雷ワードでござったか……飲み物だってほぼ口をつけていないペットボトルがここにあるのに」

 やれやれだぜ。私は心でため息をつき、彼女のお弁当の傍に10円チョコを数個置くことにした。

 だがそれを見るとデザートが食べたくなり、そのうちの2個を食べてしまい、結局花さんに渡ったお詫びチョコは1個だけになってしまった。

「何故我慢できない……デブだからさ」

 私は一人乗り突っ込みで、この学校で出来た、親友になりそうな存在の彼女の帰りを待った。

 いつかそんな地雷も包み隠さず話し合えるような仲になれそうだと思ったから……。

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