第7話 新たなママは同級生?


「永代が?」

 俺は何の基準か問いかける前に、俺とこいつが同レベル? と永代の方を見た。すると永代も話はまだ完全に理解したり、承諾する気はない様子を見せている。

「か、勝手に決めないで……ひゃあ!」

 いい迷惑だと言うように言葉を漏らす永代に対し、狂った距離感で接するチャラ男のように、塚本の兄貴は永代の長い前髪をかき上げ、俺たちにその素顔を晒した。どんな顔なのか気になってはいたものの、正直な感想は特徴の無い顔だった。肌は白く綺麗だと思うが、取り立てて目立つ美人かどうかと聞けば、ほとんどの人が普通って答えるだろう。

「面白いと思うけどなあ。それにハナちゃん、前髪長くて表情わかりにくいけど、美人じゃん」

 こいつの審美眼はどうなっているんだろう。そう聞きたくなったものの、アルマジロの様に背を丸めテーブルに突っ伏す永代の姿を見て、俺はテーブルの下で塚本の兄貴の足を思いっきり蹴り上げてやった。今度はヒットした様で、「あいた!」と痛みで立ち上がっている。

「秋にいが悪い」

 俺の行為にグッジョブとでも言うように塚本は言い、「ありがとうと」俺に礼を言ってきた。

「秋にい?」

「うん。秋に介って書いて、しゅうすけ。だから秋にい」

 今更彼の名前を知って、だからどうしたってわけでは無いものの、この兄妹が変なのは理解した。なにせただのクラスメートをある意味軟禁しようと目論んでいるんだから。

「か、帰る!」

 怒りで立ち上がった永代の行動や秋介のセクハラにより、依頼どうこうの話をする雰囲気ではなくなってしまった。だから俺たちは他の部屋を軽く見学し、この日は解散することになった。

 塚本はお詫びと言い、家の近くにあるファミレスで俺たちに好きな物をごちそうしてくれた。無論原因となる兄の金で。

 俺もさんざんセクハラされたことを思い出し、ありったけのメニューを注文することにした。パフェとチーズインハンバーグセット。そんな中で頼んでもいないお子様ランチが運ばれてきて、俺はそれを秋介に押し付けてやった。頼んだ奴が食べるべきだからな。

 塚本は俺と同じメニューに加え、フライのセットを注文していた。永代は俺と同じメニュー。パフェだけは俺がイチゴパフェなのに対し、塚本がデラックス。永代は抹茶パフェだ。

「日村さん足りる?」

「ああ。あと舞で良いよ。ただしちゃん付けはするな」

「わかった。じゃあ舞。今日はごめんね」

 ハンバーグを食べながら塚本は兄の非礼や突拍子もない願い事をしてきたことを謝罪してきた。俺はそれに対し、気にしていないと手を振りつつ、「あの部屋は気になった」と楽器が置いてあった部屋の話題を出した。

「普通の家にあんな部屋ないだろ? ちょっと驚いたわ」

「もしかして舞って楽器に興味ある?」

「ない。触ったことも、弾いたこともない。お前は?」

「私も無いんだよね」

「じゃあこいつの趣味か」

 俺はお子様ランチを渋々食べている秋介の方へ、視線を移した。よく見れば塚本によく似た一部の女性に熱狂的に好まれそうな容姿でお子様ランチを食べ、味が薄いと苦言を呈している姿はどうにも面白い。思わず笑うと、秋介は「珍しいものを食べれた。可愛い舞ちゃんのお陰だ」などと子ども扱いを止める気を一切見せることは無かった。いつか締める。ていうか殺す。

「ちなみにだが、俺は楽器をやらない。だが花はボーカルが似合いそうだな」

 からかっているのだろうか。秋介は花にご執心な様子で、時折そんなことを言ってはパフェを食べている花をむせさせていた。

「永代」

 俺はむせている永代に紙ナプキンを渡すと、彼女は「あ、ありがと。日村さん」と礼を言ってきた。

「舞で良いって」

「あ、うん……、ごめんね。舞さん」

 堅苦しい女子だな。永代にはそんなこと思いながらも、俺たちはちょっとした贅沢な夕食を終えて、店を出た。だがその満腹感やクーラーの効いた快適な車内が、俺を食後の眠気に襲ってきた。結果特に雑談をするわけでは無く、うたたねをしてしまった。目が覚めた時は、見慣れた家の前に車が止まった。寝ぼけながらも自宅の住所を伝えていたのだろうか。きっちり俺の家の前まで車で送ってくれた秋介が、何かママと会話しているのを聞こえた気がする。聞こえるのは嬉しそうなママの声だ。

「送ってくれてありがとう。あ。ママ……眠い」

 俺は思ったことを素直に家族に告げ、眠気でぼやける頭で友達に別れを告げた。

「うん。またね」

「バイバイ。……舞さんって眠くなると案外かわいい」

 何か聞こえた気がするが、車のエンジン音ではっきりとは聞こえなかった。だが次の日、俺は脅された。いや、勝手に脅されたといった方が良いだろう。

 ママの作った朝ごはんを食べながら、昨夜の様子を嬉しそうに語るママの話に、顔から火が出るほど恥ずかしくて死にたくなった。だって俺のキャラが、立場が……

「舞ちゃん不良に憧れててママ心配だったけど、良いお友達出来て嬉しいわあ」

 頬を染めて昨日を思い出すママは、俺の不安を他所に

「これで近所の人たちも安心できるわ。ママね、お友達から心配されてたの。貴女高校入学と同時に髪を染めたでしょ? 帰宅部なのにバットまでもって登校するし、停学になっちゃうし、娘さん何かあったんですか?って」

「ママに心配かけたのは、ごめん……」

 家族を不幸にさせかけたのは、悪いと思っている。

「でもお友達も出来たみたいだし、あ、そうだわ。今度その子たちと一緒にお買い物とかも。もしくは家にご招待しなきゃ。腕がなるわあ」

 食事中に立ち上がり、ママはおもむろに使い古したお菓子のレシピ本を手に取って戻ってきた。

「これとか良いんじゃない? 舞ちゃん昔から好きだったでしょ? 動物型のホールケーキ」

「やめて!」

 私の立場台無しじゃん! 私はそう思いつつもはっきりとはママに言えず、うやむやに話を切り上げる形で家を出た。幸い学校は昨日のやりとりについて聞かれる程度で、特に代り映えはしなかった。塚本も昼飯を食べることなく、相変わらず取り巻きに囲まれている。だけど……。

「なんでいるの?」

 ママが校門前で私を待っていた。

「だってえ。あ、昨日はどうもぉ」

 下校しようと校門を出たばかりの塚本に頭を下げるママと、慣れた様な営業スマイルで「こんにちは」と挨拶を交わす塚本。それに対し塚本を陰から見守る取り巻きが、明らかにざわついている。

「えっと、舞のお母さんですよね?」

 塚本が適当な会話を始めようとすると、ママは嬉しそうに「はぁい。舞ちゃんのママです」としゃべろうとしたので、俺は慌ててママの口を両手でふさいだ。

「あ、えっと」

 その様子に何か察した塚本は挨拶もそこそこに、軽く会釈し帰ろうとした。だがママはしつこかった。

「昨日は舞ちゃんに良くしてくれてありがとう。舞ちゃんもあの後すっごい嬉しそうに」

「あー!あー!あー!」

 べらべらと身内の恥を晒そうとするママの言葉を遮り、俺は何とかこの場所から逃げなければと思ってしまう。事実周囲から「昨日って?」「あれよ」「でも良くしてって」「それはきっと熱演したからご褒美にごにょごにゅ」「キャー!」などと聞きたくもない会話が聞こえてくる気がした。

 こんな場所にいられるか! 俺はここから逃げるために、悪手をとってしまった。

「お前のせいだ!」

 俺は少しでもママの被害から逃れるために、塚本の手を取り、駆けだした。そして気が付けば、安息の場所は昨日訪れたこの家しかないことを知った。

 だってしょうがないじゃないか。喫茶店やファストフード店は塚本の取り巻きがいるかもしれないし。

 幸い塚本が家の鍵を持っていたおかげで、逃げ込むことが出来た。家に入り鍵をかけると、俺は腰を抜かすように玄関にへなへなと座り込んでしまった。

「お、終わった……俺の高校生活」

 あの場でママによる暴露トークが行われているかもと思うと、涙があふれ出てしまう。気が付けば私は人目、この場合塚本だけだが、塚本の前でギャン泣きをしてしまった。そんな俺に対し、塚本は何も言わずに抱きしめて受け止めてくれた。くそ、やめろよ。今そんなことされたら……。

 昨日の敵は今日の友ならぬ、昨日の敵は今日のママ。そう言った様子で嫌がらず俺を受け止めてくれた塚本の器のデカさに、ちょっとだけ惹かれてしまったのは絶対ばれてはいけない。

 さんざん泣き終えた俺は鼻をすすりながら、「借りができちまったな」と見栄を張った。笑う塚本だったが、唐突に塚本のお腹からぐううとアラート音が鳴り響いた。「くっ……くく」

「わ、笑わないでよ!」

 塚本は恥ずかしそうにそう言うが、俺はなんだか無性におかしくなって、笑ってしまった。先ほどまで泣いていたのが嘘のようだ。

「もう! 買い物行こう!」

 塚本は先ほどの俺の様に何かをごまかすように、俺の手を引いて玄関を出た。

「食べたいものは?」

「あ、えっと……オムライス」

 塚本の大きな手のひらが俺の小さな手を握り、そのまま近くのコンビニまでつれていった。塚本は紙コップやプラスチックの使い捨てのスプーンや紙皿、パックご飯やケチャップ、玉ねぎなどをかごに入れて、なれた手つきでレジを済ませていた。

「コンビニ飯買うんじゃ?」

「買うより作った方がおいしい」

 相も変わらず俺の手を握り、もう片方の手でコンビニ袋を持つその姿は何か自信に満ちているようで、制服さえ着てなければ敏腕なキャリアウーマンのようだった。

 その後も俺に何かをさせるわけでもなく、塚本はあっという間にオムライスを二人前作り終えた。ありあわせで作ったはずのその味付けは俺好みで、味を聞かれて思わず「ママのよりおいしい」と言ってしまい、今度は俺が大笑いされた。だがそう言ってしまいたくなるくらい、いや、お替りしたいくらいそのオムライスは美味しかった。

 その美味しさが癖になったのか、俺は「いいぜ。別に」と呟いていた。その言葉に塚本はわくわくした様子で、俺の方を見てきた。

「しばらく家に帰りたくねえし。ああでも荷物は取りに行かなきゃな」

 俺は塚本ではなくそっぽを向きながら、独り言のようにしゃべっていた。するとがたっと椅子から立ち上がった塚本が、俺を抱きしめてきた。お、おい。ケチャップが制服に付くことを気にする様子無く、こいつは嬉しそうに「ほんと!? やったー!」と喜んでいる。まるで子供だな。そう思いながらも、俺は「ただし」と条件を出すことにした。その言葉に塚本は「な、なに?」と背筋をただし、覚悟をした様子で俺の言葉に耳を傾けた。

「炊事洗濯は当番制だ。塚本、いや、宝、華だけにはさせないから」

 あまり人の名を呼んだことないせいで、妙にむずかゆい。すると塚本、いや、宝華が「わかった! じゃあこれからよろしくね。舞」と俺に握手を求めてきた。面倒だが、仕方ない。俺は彼女の手を握り返し、「よろしくな」と言葉を交わす。

「今日はパーティーだね!」

 そういう宝華だったが、先ほどの買い物で手持ちも減ったらしく、俺も宝華もここではない我が家の自室に明日使う教科書や体操服があるため、先ほど開封した2リットルのウーロン茶を紙コップに注ぎ、乾杯をするだけにとどまった。

「そういえば、なんで楽器があるんだ?あれってスタジオだろ?」

 ウーロン茶を飲みながら、俺はふとした疑問を宝華へ投げた。すると宝華は「わからない」と言うので、とりあえず誰もいないスタジオに足を運ぶことにした。

 どれもケーブルでアンプ? スピーカーと接続済みギターやドラムがあり、それらの価値が分からない俺たちは、とりあえず互いのスマホでこれが何なのかを調べてみた。だが調べてもわかることも少ないし、試しに弦が少ない初心者向け?のギターを触ってみた。俺の行動に宝華もどうせならアンプから音を出してみようと提案し、手探りでアンプの音をオンにした宝華を見て、俺もギターストラップを肩にかけ、適当に一本の弦を指で鳴らしてみた。

「重いなあ……俺にはきついわ」

 ボン!

 アンプから腹に響くような低い低音が響き、ストラップをしていなければギターを落としたかもしれないくらい、驚いてしまった。

「や、やめようか」

「そ、そうだな」

 宝華もビビったのか、そう提案したため俺も頷いて、ギターをスタンドに戻し、最寄りの駅まで宝華と一緒に歩いて帰った。

 後日あれがギターではなくベースだと知り、更にはロゴのメーカーは一流ブランドのベースだと知った。だからこそどれも学生のお小遣いで買うのは困難な価格帯だと宝華からチャットアプリで知らされた際は、肝を冷やした。

「落としたりしなくて良かった……」

 更に連投でメッセージが届き、宝華曰く、『秋兄的には、あの家には普通の価格の楽器しか置いてないらしい』と聞かされ、ぞっとした。

「10万越えのどこが普通だよ……」

 秋介の言葉を思い出し、俺はあの楽器には触らないでおこう。そう誓ったのだった。だがあの低音は今にして思えば少し心地よかったかもしれないとも、当時の俺は思っていたのかもしれない。

 

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