第6話 不良少女とセクハラ兄貴?

 

「君がハナちゃんが言っていた、暴れん坊か」

 車の持ち主らしい長身の男がまるで俺を品定めするように、薄目でこちらを見ている。

「だったらなんだよ」

 喧嘩なら買うぞ。そう思いファイティングポーズをとると、男は「いつの時代の不良だよ」と楽しそうに笑いやがった。完全に舐められている。これはもう、正当防衛だよな?俺は胸の内で大義名分を掲げ、男に詰め寄った。だが男は俺の両脇を挟むようにつかみ、やすやすと俺の体を持ち上げた。

「て、てめえ」

 見るものが見れば、子供をあやして居るようにしか見えない行為に、俺は恥ずかしさで顔が熱くなっていた。

「降ろせ!」

 暴れるように足を振り、男の顎めがけてつま先を振りぬいてやった。だがこいつは意外に反射神経が良いのか、少しだけのけぞり、俺の蹴りを回避しやがった。

「おっと、にしても軽いな。宝華の半分くらいしかないんじゃないか?」

「そんな太ってないから!」

「いいから降ろせ!」

「兄さん。セクハラだよ」

 塚本の兄貴? 妹の次は兄が出張るってか?俺は警戒心を強め、待ち合わせ場所にいたこいつらに思いっきりにらみつけてやった。だがそれに対し、兄貴の方は何が面白いのか、手で口元を隠しながらもこっちを見て笑いをこらえている。

「兄さん?」

「悪い悪い。だってさ、今時、いや、この年齢であの下着は」

「てめえ! 見たのか!?」

 思わずスカートを手で抑えてしまった俺に、この男は「人の趣味はそれぞれだからね。くくっ、ワン」と犬の鳴きまねをしてきやがった。

「殺す殺す殺す!」

「話が先に進まないから、あーもう!とりあえず車乗って! 兄さんも本当にセクハラだよ!」

「てめ、つかもと、離せゴラァ!」

 塚本に後ろから羽交い絞めにされSUVの後部座席に乗せられた俺は、これからどこへ連れていかれるか内緒にされたまま、車が動いてしまったことに絶句した。

「妹の御礼参りで兄貴が出しゃばるのは、ダセえんじゃねえか?」

「お礼参りねえ」

 相変わらず舐め腐った物言いの男には、嫌悪感しか感じない。背が高いのもそうだが、隣に座る塚本と顔が似ていて、さらに性格が腐っていると思っているからだろうか。

「でも君良いね。面白い」

「私は見ていて不安だけどね。バットの件だって許したわけじゃないし」

 俺が車で暴れないように隣に座る塚本が、ジトっとした目で俺を睨んでいる。

「傍から聞く分には面白いけどなあ。なあ、ハナちゃん。君はヒロインだったらしいじゃないか」

「そ、そんな」

 助手席に座る永代が、男の物言いにぶんぶんと両手を振って否定している。

「どこ連れて行く気だよ」

「あ、それはね」

 話を逸らせると思ったのだろうか、音量調整に失敗したラジオの様に、永代がいつになく大きい声で俺の質問に答えようとしてくれた。だがその口を、ドライバーの男が片手で塞いでしまう。

「ダメダメ。着くまでのお楽しみ。ねえ、宝華」

「私は反対だけどね」

「こんな面白いやつ、誘わないのは損だって。ああ、舞ちゃんだっけ?」

「ちゃん付けすんな。気持ち悪い」

「ごめんごめん。じゃあ舞。これから行く場所だけど、君のお小遣いじゃ弁証できないような機材がたくさんあるから、気を付けてね」

「機材?」

 俺の問いかけに男はミラー越しにこちらの方を見て、笑った。

「とっても楽しいおもちゃの事」

 俺はその言葉に背筋が震えてしまった。けっしてびくついた訳では無い。

「てめえ、俺に何をする気だ! 犯罪だぞ!」

「犯罪かどうかはこれから決まるさ。それに、親御さんにも知らせるつもりだし」

「ママとパパに何をする気だ! あっ」

 俺の喧嘩でどうして両親の話が出るんだ!そう思い反論したのに、俺は墓穴を掘ってしまった。

「兄さん、その言い方じゃ誤解されるって」

「そ、そうだね。くくっ。ママとパパにも誤解されてしまうか」

「わ、忘れろ!」

 塚本は俺の言葉に特に触れずに会話を続けようとするが、運転席で肩を小さく震わしている男の姿に俺は車内で暴れたくなってしまう。だがそんなことをしてもし事故になってしまったらと思い、金縛り状態のように動けなくなってしまった。すると隣に座る塚本が俺の両手を包み込むように握りしめ、

「ああもう、単刀直入に言うけど日村舞さん。私と一緒に暮らしてほしいの」

 ととんでもない告白をしてきた。

「は、はあ!?」

 車内に響く俺の声に対し塚本はおじけづく様子もなく、「今から行く場所は、家なの」

「い、家ってお前の家ってことか?」

 俺の問いかけに塚本は首を横に振り、「兄が所有する家よ」と告げ、それと同時に車が停車した。

「この家よ」

 窓を見れば、二階建ての一軒家が視界に入った。どういうことだ? 妹を傷物にしようとした落とし前をつけさせるために、俺に兄の面倒でも見ろって言うのか? 塚本の狙いが分からずに俺はこいつの顔をじっと見るも、冗談を言う様な表情をしていなかった。それどころか乗車させた時とは違い、まるで執事の様に後部座席のドアを開けて、「どうぞ。案内するわ」と俺を家へ案内しようとしやがる。

「中開けて知らない男たちがわんさかいるんじゃねえだろうな? 言っとくが、男受けする体じゃねえぞ」

 不安を隠すための俺の件か言葉に対し、「そういうのがお好み?」と運転席から声がかかってくる。

「ずいぶんフザケタ兄貴だな」

「ごめんね。それに関しては、本当にごめん」

「帰りたいなら送っていくよ。ビビっちゃうのも仕方ないからね」

「兄さん!」

 見え透いた挑発を妹に窘められた兄は、運転席の窓を開けて妹に家の鍵を手渡していた。その後車を車庫に入れている姿を見ていた俺に対し、塚本が再度詫びてきた。「急でごめんね。でも嫌かもしれないし、その時は言ってね」

「ここまで来てひけっかよ! あそこまで舐められて家に帰ったら、それこそ負けを認めたってことになるじゃねえか!」 

 俺のこぼした感想に塚本は心底恥ずかしいと詫びるように、兄のふるまいを詫びてきた。ってことは、罠じゃないのか? 訳が分からないが俺は覚悟を決めて、家に入ることにした。相棒を学校に残したせいで手持無沙汰だが、仕方ない。

「こ、これって」

 玄関の鍵が開き、塚本が「どうぞ」と俺を家へ誘ってきた。覚悟をきめつつも不安が残る俺は、ごくりと生唾をのんで一歩玄関へと足を運んだ。それに続くように永代や塚本、遅れて塚本の兄が家へ入った。

「なんだ、ここ?」

 初見で思ったのは、何もない。だった。いや、正確に言えば生活感がないのだ。家電量販店のショールームのようだと思った。だって家電や家具はあっても食器がないキッチンや、そんな家の中を這う全自動掃除機。大きな窓の傍には観葉植物が飾ってある。一応冷蔵庫を開けていいか許可を取ってから中を見ると、ひんやりとした風と消臭剤以外何も入っていなかった。

「すごいよね。このキッチン」

 室内を見渡していると、隣ではしゃぐ声が聞こえてくる。塚本だ。まるで家電量販店に行ったママの様に、IHのシステムキッチンや最新の家電を前にはしゃいでいる。圧力鍋を見てテンションが上がる女子高生なんて初めて見たぞ。

「お前……学校とキャラ違うな。学校じゃ確かメシ喰わないじゃん。食事制限とかで」

「うっ、い、良いじゃない。それに学校じゃお弁当食べれないのよ。わかるでしょ?」

 塚本の物言いに、俺は「まあな」とだけ答えた。下手に食事をとれば、あの取り巻き達が騒ぎそうだ。弁当代が浮きそうなのにな。

「で、ここに住んで兄貴とお前の面倒を見ればいいのか?」

「住んでくれるの!?」

 グイっと身を乗り出し、俺の両肩を掴む塚本の目は真剣と言うより、ちょっとした狂気を孕んでいるようだった。断れば何をされるかわからない。俺の肩を掴む力がじょじょに上がって、指が肩に食い込んできそうだ。

「ま、待てよ」

 俺は塚本と距離をとるために後ろに数歩下がると、どんと背後に立っていた人にぶつかった。

「悪い。ってあんたか」

「ずいぶん評価下がったなあ。俺」

「ボンボンでムカつく男って印象しかねえよ」

「本当に見た目通りの態度取ってくれるから、君のことは好きになれそうだ」

「は、はぁ!?」

「そういう風に恋愛に初心そうなのも、不良に憧れている子供みたいでさ」

 頭撫でてくるんじゃねえ! くっそ、馬鹿にしやがって! 帰る! 俺は玄関で自分の靴を履こうと、男の脇をすり抜けて玄関へ向かった。だがその手を誰かにつかまれてしまった。多分塚本だろう。

「悪いな。こんなふざけた空間、いたくないんだ」

「だ、ダメ」

「え、永代?」

 俺の手を掴んでいたのは、主婦の様に最新家電に囲まれたキッチンを前に有頂天になっていた塚本ではなく、永代だった。

「せ、責任を取って」

「は、はぁ!?」

 塚本はうつむきながらも俺にそう言い放ち、無理やりキッチンにあるダイニングテーブル備え付けの椅子へ座らせてきた。ひ弱そうなくせにその力は案外強く、ぐいぐいと押し切られてしまった。

「ど、どういうことだよ! 喧嘩のことか?」

「そ、そう。わ、私の平穏を、返して」

 どもりながもそう主張する永代の言葉の意図がつかめずにいると、面白おかしそうな表情で塚本の兄が、「端的に言うと、ハナちゃんがここに住む代わりに、君が住め。ってことさ」と、俺に告げてきた。それに賛同するように塚本も、「ハナちゃんとその件で話し合っていた矢先に、貴女が勘違いして暴れだしたでしょ?」と俺の行動を指摘してきた。

「だ、だけど」

「言いたいこともわかるけど、あの場を収めた花の機転がなければ、貴方は停学、いや、退学? 逮捕?されていたかもしれないでしょ? 日村さん」

 塚本の言葉に、俺は反論しようにも出来なかった。すると畳みかけるように、どもりながらも永代が「あ、あのせいで私明日から、学校どうやって」とこちらを睨んできた。長い前髪で隠れていて視線ははっきりとは分からないものの、明らかに怒りを孕んだ声を前に、怒っているのが伝わってきた。

「わ、悪かったよ」

「わ、悪いと思っているならここに住んで。私は住まない」

「それとこれどう話がつながるんだよ!」

「そ、それは」

 俺の反論に永代は口をつぐみ、もじもじと体を揺らしている。すると蚊帳の外だった兄が、「つまりハナちゃんが言いたいのは、妹に迫られていたはずの地味な女は実は囮で、本命は不良少女を堕としたかった。って体にしたいんだよ」と代弁すると、永代は同意するように、一度だけこくんとうなずいた。

「で、でもそれって」

 今度は塚本が大変なんじゃ? そう思い塚本の方を見ると、「嫌だけど、貴女を更生させるって体にすれば、私も学校でお昼ご飯を食べれる」と学校では一度も見たことがない、欲望を吐き出し立ち上がる塚本の姿があった。それはまるでスポットライトを浴びた舞台でのワンシーン、政治家が公約を力強く掲げる時の様に熱意があった。

「私だって、普通の女の子になりたいの!」

「お、おう……」

 あっけにとられてしまい、俺はそ、そうか。と同意する事しか出来なかった。するとそれを拡大解釈したかのように塚本は嬉しそうに「わかるでしょ!?」とこちらに質問してきた。質問と言うより、同意を求めてきたに他ならない。

「この家で暮らせるための前提条件は厳しくて、中学時代のバスケ部のメンバーだとダメで、兄から住んで良いよって基準クリアしたのは、知り合いだとここにいるハナちゃんだけなの」

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