第5話 日村の矜持。宝華の本気。


 放課後、度重なる塚本によるナンパ騒動に対し、俺はけじめをつけさせるために動いた。

 嫌がっている女子生徒にしつこく付きまとい、さらにあろうことか塚本はこの女子生徒と顔見知りだと主張する姿は、那智暴虐の悪魔そのものだ。

 俺は相棒を手に取り、その地味な女子に早く逃げるよう声をかけた。怖かったのだろう。なにか告げるように口をパクパクさせるその女子に、「心配するな」と声をかけ、安心させる。

 スケベ教師の次は、スケベな同級生か。俺はつくづく面倒な星の下生まれたらしい。バットを刀のように握り構え、俺は塚本に「覚悟は良いか?」と問いかけた。すると彼女は誤解だと言うように、容疑を否定している。

 油断するな。相手はでかい。腹部か、脚部か、どこを狙う。そう悩んでいると、幸運にも塚本の方から動きを見せてきた。

 俺は「覚悟!」と叫び、彼女めがけてバットを振り上げた。だが彼女はまだ言い訳を述べようとしている。呑気なやつだ。くらえ! 俺はスイカ割の様に、彼女めがけてバットを振り下ろそうとした。だが、それを防いだのはあろうことか、守ろうとしていた女子生徒だ。俺はあやうくその女子生徒にバットを振り下ろしかけ、慌てて動きを止めようとした。だが振り下ろそうとした動作は途中でやめるにしても歯止めは効かない。けんかを止めるべく間に入った女子生徒も、思わずしゃがんでしまった。

 その姿に「どけ!」と叫ぶしか出来ない俺は、バッドを振り下ろす速度は遅く出来ても、止めることは出来なかった。だが何かがブンっと音をたてて、そのバッドを薙ぎ払った。

「ぐあっ」

 その威力はすさまじく、俺の握っていたバットが地面を転がっていた。手が痺れる。からからからとバットが地面を転がっていく。

「舞ちゃん、いや、日村……」

 俺のバットを払ったのは恐らく、塚本の教科書などが入って重みが増したスクールバッグだろう。それを平手打ちの要領で横なぎに振ってバットを薙ぎ払ったんだ。この巨体なら可能だろう。俺の武器が無くなったことで、塚本もスクールバッグを地面に置いた。あくまで対等にやろうってか?

 終始俺に対して冷たい視線を向ける塚本は、割って入って怯えてしりもちをついた女子生徒の手をとり、スカートに付いた土ぼこりをてで払い落していた。

「ごめんね。ハナちゃん」

「あ、う」

 まだバットを振り下ろされた恐怖から抜けきれないドンくさそうな女子を、塚本は「だいじょうぶだから」と胸で抱きしめている。

「一応礼は言っておくが、すかしてんじゃねえぞ!」

 俺が振りかぶったパンチをボクシングミットなどを使わずに片手で受け止めた塚本は、「誤解から始まったんだろうけど」とぼそりと呟いた。

「あ_?」

「許せない」

 塚本はそういって、俺の拳を包み込むように握った。握ったというより、空き缶や林檎をつぶすような力を籠めたのだ。

「あがっ」

 思わず痛みで体がのけぞるものの、俺はスグに冷静さを取り戻すために、口内を噛んだ。

「てめえ」

 そういう表情も出来るのかよ。そう言いたくなるほど、俺は彼女の顔に一瞬だけだが見とれていた。だってその顔は、俺が好きだった主人公の……。

「だめ!」

 手を握りしめられて痛みで片膝をついた俺に対し、なおも万力の様に力を籠め続ける塚本を止めたのは、またしてもこのドンくさそうな女子だった。

「てめえ」

 なぜかそういうセリフを言いたくなった俺は、まだ無傷な手でボクシングを行う様なファイティングポーズで塚本に喧嘩を売っていた。だが塚本の瞳は止めようとする女子ではなく、喧嘩を止める気を一切見せない俺にだけ注がれている。おお、怖え。

 教室や普段侍らしている女性陣には見せたことのないであろうその顔に、俺も思わずブルってしまった。こいつ……俺はここまでかもしれない。そう思った矢先、騒ぎを聞きつけた担任教師がやってきた。

「何があったの?」

 若干ヒステリック気味に俺に対して説教を始めようとするこの担任は、苦手だ。聞く耳を持つ気を一切見せていない。

「うっせえ」

 そういう俺に対し、教師は尚も大げさに驚き、「次は退学処分も覚悟してくださいね!」と叫んだ。あーはいはい。どうせ悪いのは俺だ。いつものことだ。興をそがれて投げやりに「キンキン喚くな。ババア」と言ってしまい、ますますババアの声音が耳障りだ。

 無理やり職員室に連れて行こうとするババアは俺の手を引っ張るも、「ま、待ってください」と今騒動の原因である女子生徒が教師の前に立っていた。

 しゃべれるのか? 俺は訝しむように彼女をにらみつけると、彼女はびくりとおびえながら、

「え、演技なんです」

 と珍奇な事を言ってきた。

「これのどこが演技なんですか! 汚らわしい!」

「じ、事実、け、怪我をしてません!」

 庇おうとする女子は、前髪で視線が隠れながらも、一生懸命に俺たちをフォローしようとしていた。だがヒステリックババアはきく耳を持たず、埒が明かない。いっそ背後からバットで殴ろうか。そう思いつつも、先ほどバットは吹っ飛ばされたため、手元にないことを思い出す。

「はぁ……」

 思わずため息をつくと、なぜか俺にバットを差し出す女子生徒が現れた。それは奇しくも、俺に噂を教えてくれた同級生だった。

「か、かっこよかったよ。ね、みんな」

「あ?」

 何を言っているんだ。そう思い周囲を見渡せば、いつの間にか観劇でも見ているかのように、二階の窓から身を乗り出す者や、傍で拍手をする生徒などがいたるところにいた。

 わけがわからない。そう思った俺だったが、塚本の被害者であろう女子は、「お、おさな、なじみの、塚本さんに、頼まれたんです」とおずおずと事のあらましを教師に説明していた。

 そしてあろうことか、これはクラスになじめない俺と仲良くなるために、隠れて演技をしていたんだと説明しだした。誰が信じるんだ。そう思って周囲を見渡せば、涙を流している女子がいるではないか。

「めっちゃハラハラしたー」

「ヒロイン役なりたかったー!」

「永代(えいだい)さんずるい!」

「ヅカジェンヌ様! 次は私めを!」

「あー、ずるいー!」

など、口々にこの喧嘩の感想を漏らしている。混乱する俺だが、もっと混乱しているのは教師のババアだったようで、憤りを隠せずに鼻息荒く、ずかずか大股で去っていった。

「な、なんだったんだ?」

 そういうしかできない俺は、思わずけんか相手だった塚本に助けを乞うように視線を送っていた。すると塚本も多少冷静さを取り戻したのか、「どうだった? 僕らの演技」などと皆と談笑をしていた。

 主役は残り、脇役となった俺は、何故か永代と呼ばれるこの女子に手を引かれ、近場の女子トイレに連れてこられた。

「な、なあ」

 訳も分からず問いかけようとした矢先、俺の頬に痛みが走った。平手打ちだ。平手打ちを食らったのだ。その音にまた運悪くヒステリックな担任が気づくものの、俺の顔に残る平手打ちで赤く腫れた痕を見るなり溜飲が下がった様に、フンと鼻を鳴らしてトイレから去っていった。

「一時間後、ここにきて」

 永代はそういうなり用も足さずにトイレを出て、姿を消した。俺はスマホで改めて時計を確認し、空いている個室に入ることにした。頭が理解を拒んでいるからだ。

「どういうことだ?」

 先ほどのムカつく担任の顔を思い出し頭を掻きむしり、俺はポニーテールを束ねるゴムをとった。ばさりと解放される俺の髪を両手でがーっとさらにかきむしり、「わからん!」と叫んでしまう。

 演技だと?

 じゃああの平手打ちは何だ?

 嫌がっている姿は、本心に見えた。

 じゃあ観衆は?どう説明する?

 当て馬にされたのか?

 思考がぐるぐる渦巻いていく。訳が分からない。

 どうしようもなくやるせなくなった俺に出来ることは、永代の話を聞くことしかできなかった。

 個室から出て洗面台の鏡で顔を確認する。赤く腫れた左頬を確認し、俺は顔をざぶざぶと洗った。そうすることで少し冷静になれた気がするから。

 だからこそ俺は永代の話に乗り、約束の時間の10分前に目的地であるコインパーキングに向かったんだ。

 そこで待っていたのは、先ほどやりあった塚本と、その発端となった永代。そして見知らぬ背の高い男だった。

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