第4話 2人目 日村舞 正義の狂犬

俺は高校1年生、日村舞(ひむらまい)

 通称、〇高の狂犬だ。この二つ名は嫌いじゃない。

 だが俺のあこがれる剣客のような二つ名も、いずれ襲名したいぜ。

 なぜなら俺は噛むべき相手は間違えない。俺は弱者のために動いているんだ。

 相棒のこのバットと一緒に暴れたあの頃が懐かしい。入学早々暴れちまったが、あのスケベ教師も今はこの学校にいないし、風通しの良い学校にできた。

 だから俺は勝ったんだ。俺はそんな晴れやかな気分で、今も好きなあの侍漫画の主人公のように茶髪のロン毛を後ろで結ったポニーテールを風になびかせながら、気分よく停学明けの朝を堪能する。スクールバッグをリュックの様に肩に担ぎ、空いた片手にはレザーのバットケースを握り学校まで進んでいくと、校門の前で変な集団が目に留まった。

 なんだ?トラブルか? 一見すると校門前で邪魔な集団でしかないため、思わず俺の相棒の出番かと思いつつ、しかし彼女たちとは戦う理由がないため、深呼吸でまずクールダウンを行った。

 不本意ながらもこの小柄な体を活かし、俺はその女性だらけの集団の中を通り過ぎながら、久々の学校への門をくぐろうとした。するとその時、まるで地割れのごとくその集団が左右に開いたのだ。なんだ?俺の存在に気が付いたか? 悪くねえ。俺は鼻を鳴らし、気にするな。やりたくてやったことだと、彼女たちに声高に叫ぼうとした。だがそれを遮るように、礼儀正しくどこか熱狂的な「おはようございます!」や、「ご機嫌麗しゅう!」など挨拶が投げ交わされる。それに対し臆した俺ではないが、挨拶を返そうと彼女たちの方を見た。すると誰かが俺の腕を引っ張り、「そんなところにいてはジェンヌの邪魔になりますわ」と俺の腕を引っ張り、あろうことか俺をモブの様に扱いやがった。

 その元凶に挨拶をくれてやろうと思わず意気込んでメンチを切ると、その相手は文字通り俺を見下すように見てきやがった。なめやがって。デカいからって喧嘩に勝てると思うなよ。俺は野球部やソフトボール部が持っているようなレザーのバットケースから、相棒を取ろうと準備した。だがその機先を制するように元凶の女は、俺に対して「日村さんだよね。おはよう」と挨拶してきやがった。

 それに対してざわつく周囲のモブたちに、俺は悪い気はしなかった。俺を知ってるってことは、良い事だ。

「おう。てめえは?」

 俺は胸を張り、挨拶に答えることにした。

「私は同じクラスの塚本宝華。あの先生ならあの後首になって、学校辞めたよ」

 その言葉にふらふらと倒れる女を散見した。なんだこいつ。馬鹿にしてるのか! そう感じた理由は、彼女が俺に対して身長差をカバーするように俺の目線に合わせるかの如く、中腰の姿勢をとったからだ。

 事実周囲からは「あんな子供まで知っているだなんて、流石」や「流石ジェンヌ」など口々に彼女をたたえる不愉快な会話が聞こえたからだ。

「馬鹿にしてるのか!」

 思わず怒鳴らずにはいられなかった俺だが、彼女は「あ、早くしないと遅刻になっちゃうよ」と俺の手を引っ張り、校舎へかけていきやがった。

「みんなも遅刻になっちゃうよ」と周囲に余裕アピールも欠かさないのは、俺との器の差を見せつける算段だろうか。教室に付いた際には、俺は教室の窓際一番隅の席で、その隣がこの塚本とかいう女だった。

 教室に入ってもなお握った手を離さないこいつのせいで、停学明けの狂犬から愛玩犬のように扱われてしまい、すごいムカついたのを覚えている。

 その後もなぜかこいつは、停学明けの俺を子猫でも扱うかのように、面倒を見ようとしては、周囲からの好感度を稼いでは、俺を子ども扱いしてきやがった。腹が立ちすぎて、俺に話しかけるな! とぶち切れたい衝動にかられつつも女や子供と戦うことは自分の信条と相反するため、大河の如き大きな器で耐えていた。

 だがそんな俺でも立ちあがらなきゃいけない時がある。

 何時もの様に授業の合間の幸せな転寝タイムを過ごしていると、

 近くの席から、塚本の噂が聞こえてきた。何やらこの高校で女を食い物にしているこいつが、ある地味な女を手籠めにしようとしてるらしい。俺は詳しい話を聞き、場合によっては出張らなきゃならないと思い、その会話に混ざることにした。

「おい」

「あ、舞ちゃん。ごめん、起こしちゃった?」

「別に。それよりその話、詳しく聞かせろよ」

「いいよ。私たちも舞ちゃんとおしゃべりしたかったし」

 ちゃん付けは不愉快極まりないが、情報を集めるためなら汚水でもすすろう。俺はぐっとこらえて彼女たちの話を聞いた。

 どうやらその塚本も悪い男に騙されているらしく、その男の願いをかなえるべく地味な女を落とそうとしているらしい。だからほら。と、うわさ話に花を咲かせている女子たちは、最近校内で地味目な薄いメイクの女子が増えていることを、教えてくれた。

「多分食傷気味なんだと思うの。フレンチよりも、お茶漬け的な? ああ、いいなあ」

「ねえ。噂じゃその男の人もジェンヌに似てるんでしょ? あーん、私も食べられたーい」

 ピンクな雰囲気に教室が盛り上がる中、教室に戻ってきた塚本は何食わぬ顔で席に付き、授業を受けている。だが噂の通り、教室にいる時間が減っている気がする。ためしに彼女が教室を出るたびに、俺はその噂を確かめるべく、彼女の後を追った。

 そしてその噂が事実だと知り、俺は嫌がる地味な女を助けるために、立ち上がったのだ。

 因果応報? 身から出た錆? っていうのか? わからねえが今にして思えば、俺のこの選択は、間違っていたのかもしれない。

 だってそうだろ? あの主人公だって、誓いを破った時は大変な目に合っていたんだから。事実この時の俺は噂を真に受け騒いだピエロそのもので、主人公とは程遠い行動をしていたんだから。



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