第3話 義理の兄はJK狙い?

 兄は私の不満アピールを気にも留めずに、言葉を続ける。

「でもお前みたいなやつは結構いるんじゃないか? あれだろ? 女子高って変わった奴が多いって聞くぞ」

「その変わった奴のカテゴリー代表みたいな私にそれ聞くの?」

「別にいいだろ? そういう特徴を持って育ったんだから」

 ずばずば腹芸を好まない兄は、私に対して質問を投げてくる。

「学校でお弁当は食べたいかな」

「普通だな。せめて早弁とか言えよ。つまらない」

「だって早弁じゃ一人じゃん。私がしたいのは」

「あれは? ハナちゃんは?」

「中学からあんまり。嫌われるようなことはして無いつもりだけど」

「まあ賢い人間だからなあ」

「何それ」

 私の問いかけに兄は「変わり者に思われたくないんだろ?」とまたくつくつと笑っている。

「どうせ同性からモテてますよ。ヅカジェンヌて呼ばれてますよーだ」

 不貞腐れている私に対し、兄は「別にカラオケとか音楽嫌いじゃないだろ?」と私に見当はずれのような事を言ってくる。珍しいな、こういうの。

「ハナちゃんと昔三人で良く行ってたし」

「いつの頃よ。小学生の時じゃん」

「あの頃から大きかったよなあ」

 兄は感慨深げに私の気にしている点を懐かしむ。こういうデリカシーの無さは変わっていない。

「そういう兄さんは、今何をしてるの? フリーター?」

「あー、そういう感じ」

「なにそれ。じゃあさっきのご飯代きつかったんじゃない?」

 私の心配を他所に兄は笑いながら、「子供がそんな心配するな」と笑っている。

「いや、普通に心配でしょ。今はどこに住んでるの?」

「見に来るか?」

 兄の言葉に私は一瞬変なことを考えるも、対格差も変わらないし何とかなるだろと判断し、「うん」と返事をした。すると兄は、「一応両親には連絡しとけよ? 後になってお前の両親から娘が傷物に!」とかイチャモン付けられたくない。

「傷物にするの?」

 私の質問に対し、兄は「子供は興味ない」と即答し、早く電話をするよう指示を出してきた。スマホをスピーカーモードにして母と兄の3人であいさつや会話を済ませ、私は二階建ての駐車場付きの一軒家に案内された。

「ねえ、本当にフリーターなの?」

「まあな。入らないのか?」

 兄は慣れた手つきで玄関のカギを開けて、私を招いてくれた。どうしよう。もし如何わしい仕事してる人間だったら。自宅や学校からも少し離れているこの場所で、土地勘もない。スマホがあるとはいえ、逃げれるだろうか。そんな心配を他所に玄関へ入ると、中は想像以上に綺麗だった。

 新築ではないだろうが、手入れの行き届いた、いや、何もない。

「最近買ったんだ。安かったからな」

「ねえ、兄さん」

「フリーターだ」

「私の心読まないでよ。ていうか、本当に何この家!」

 小さいながらも庭付きの一軒家。階段を登れば、広々とした大きな部屋が一つと、洗濯物干し台があるベランダ。トイレや忙しい朝は髪も洗えるシステム洗面台もある。キャー! 一階は同じく広々としたシステムキッチンがあるダイニングキッチンや、ソファや40インチのテレビ。台所には大きな木製の食器棚や自分の背丈以上の冷蔵庫があり、思わず童心に帰った様に私ははしゃいでいた。

「お風呂場も広い。いいなあ、私が二人は言っても余裕じゃん。でも水道光熱費けっこうかかる?」

「変なところで現実的だな、宝華は」

「だって気になるじゃない? あ、この電子レンジって今話題のスチーム機能付きのオーブン機能あるやつじゃん。高そうー」

「まとめて買えば家電は安い」

「そうなの? あ、この部屋は?」階段のある廊下をはさんだ先にある少し分厚い部屋の扉を開けると、そこにあったのは見慣れない機材だった。いや、一部は見たことのあるものもある。見ればこの部屋だけ、壁も音楽室の様に消音対策がされている。

「ドラムセット? ギター?」

 私がギターに触ると、兄は「それはベース。弦が4本だろ?」と教えてくれた。

「秋にいってバンドやってたっけ?」

「やってないよ」

 即答する兄に、どうして音楽室のような部屋があるか尋ねてみた。すると兄はスマホをいじりながら「ロマン」とだけ答えた。

「でもいいなあ。この家。楽しそう」

 私はおままごとをする子供の様に、目を閉じて自分がここで暮らす生活をイメージした。

 フリフリの白いエプロンを着て、サラダや朝食の準備をするの。朝はクロワッサン?それともごはん? 家具の配置やベッドの位置などを想像していると、兄が「住みたきゃ住んで良いぞ」とあっけらかんと問いかけてきた。

「住んで良いの?」

「ああ。条件はあるがな」

 おそらく目を輝かせている私に対し、兄は事も無げに「ああ。お前の両親を説得して、かつ俺の条件をクリア出来たらな」と兄は自分のスマホを私に放り投げてきた。

 私はそれを落とさないように受け取り、スマホの画面を見た。通話中とあったので私はモシモシと電話相手に話しかけると、相手は母だった。父も仕事が終わり帰宅していたのだろう。二人の声が聞こえてくる。

「あ、あのさ」

『良いんじゃない? めったにできない体験だし、秋ちゃんに迷惑かけるんじゃないよ』

 母は一言二言も話を聞かずに、賛成していた。

『私は反対』そう言って途中で母にさえぎられた父の声はもう聞こえず、

『私たちは娘のあんたの意見を尊重するよ』と電話が切れてしまった。

 私は改めて兄の方を見て、胸を晒しているわけでは無いものの、本能的に両手で胸を隠すような格好をしてしまった。

「エッチなのはダメだよ?」 私がそう言うと、あろうことか兄から拳骨が振ってきた。

「妹同然のやつに手を出すか。それも俺の鏡みたいなお前に手を出すなら、もっといい女に手を出すわ」

 あきれた様子の兄はそう言うと、「条件その1」と一指し指を立てている。

 その言葉に私はごくりと生唾を飲んで、黙った。

「変わった奴を見つけろ。そうだな、数は……お前含めて4人か5人ってところか」

 どういう意味だろう。質問しようとした矢先、兄はブイサインを作り、「条件その2」と言葉をつづけた。

「この家に住む条件は、バンドをやること」

 突拍子もない、聞いたこともない条件を前に私は黙らずにはいられなかった。

「ちょ、ちょっと! きゃっ!」

 質問しようとした矢先、「説明はまだ済んでねえぞ」と兄に壁にたたきつけられるように、押し倒された。好きな少女漫画ではあこがれるシーンだが、今はドキドキより少しだけ恐怖が優っている。思わず目をぎゅっとつぶる私に、兄は「まだ話は終わってねえぞ」とゆっくりと、甘い吐息を吹きかけるように、言葉を囁いてくる。それは私が学校で皆に話しかける様なゆっくりと、低い声で、私はほんの一瞬だけだが、私を慕ってくれる人たちの気持ちが分かった気がした。

 でもダメ! 私たちは……。私の気持ちを無視するように、兄は「条件の3」と話を続ける。

「住むからには、滞在期間は最低2年。最大で高校卒業までだ。生活費は心配するな。困らない程度には、支援する。だが二年に満たずに誰かが明確な理由なく退去する場合、お前には罰を受けてもらう」

 兄の声にびくりとする私の唇に、そっと指が触れられた。

「これは遊びだが、遊びじゃないんだ。それに慈善事業じゃあない」

 見たことがない兄の雰囲気に圧倒され、この大きな体がリスの様に縮こまってしまったような気持ちに襲われる。その気持ちを見透かすように、兄は私の唇に触れた指を汗が伝うように、唇から顎、喉、そして心臓付近までなぞられ、私の背と相反し、つつましい双丘の間で動きは止まった。

「ば、罰っていったい」

 恐る恐る目を開けて兄を見るとその目はいつになく真剣で、じっと見ていると吸い込まれそうなくらい真っ黒な瞳だった。兄の吐息が鼻をくすぐる。先ほどのハンバーグ店で兄が飲んでいた、コーヒーの香りが鼻をくすぐった。

「やるも自由、やらぬも自由だ」

「で、でも」

 おじけづく私を見てとった兄は、

「とりあえず今日は送ってやるから帰れ。どのみちまだこの家にベッドは無いからな」

 と会話を切り上げた。だがその言葉には深い意味があるように、感じてしまう。恐怖からか、ドキドキと脈打つ心臓をさらに早める、「べ、ベッド……」と言うワード。

 兄の言葉に顔が熱くなる私に対し、兄は事も無げに「本当の兄弟でもない、ただの親戚なんだ。何を焦ってやがる」と私の腕を掴み、「ほら」と玄関まで連れて行った。車の中で兄が何を言っていたか覚えてはいなかったが、私は顔を真っ赤にさせて帰ったのだろう。父がすごい形相で心配していたのを覚えている。

 あの家は夢で、兄とのやりとりは夢だったのだろうか。そう思い、慣れたモノトーン調のコーディネートした自室で、私は眠りについた。翌朝スマホのアラームで目が覚めると、チャットアプリに友達が一人追加されていることに気が付いた。

「あれ、夢じゃなかったんだ」

 私はそのチャット相手を確認し、ご丁寧に昨日伝えられた条件をメッセージとして送り付けてきた相手に、子供のころから好きだったファンシー系のキャラクタースタンプで『了解』と送った。

 一晩立って気持ちが落ち着いたのか、冷静になったのだろうか、私は朝食を食べてながら兄の家でみた素敵なキッチンの事ばかり思い出していた。

 だからこそ私は、翌日数年ぶりに幼馴染に話しかけようと決心して、家を出たのだった。彼女の迷惑を考える頭は、その時はまだ持っていなかったから。

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