45 首魁
飛行形態で大気圏突入を果たしたツルギは、大気圏内で通常形態に移行し、マギウスのいる神聖巫覡帝国帝都ザッハトゥクルへの
「1G環境でのパワーダイブは初めてだからな。墜落には気をつけてくれよ、クシナダ」
『もちろんです。』
火星独立戦争では、ツルギで数えきれないほどの連邦軍基地を強襲したが、連邦の本拠である地球表面を直接強襲する機会は結局なかった。
地球の衛星軌道上には多数のコロニーや軍事衛星があり、地球への強襲攻撃は帰ることのできない片道切符にしかならないからだ。
大気圏内戦闘も、実は経験値が多いとは言いがたい。
火星の大気は地球より薄かった。木星や土星の衛星ではさらに薄いし、金星へは人類はまだ入植していなかった。
だが、
……ま、大丈夫だろう。
そう思うのは思い上がりではない。
改良人間として高い環境適応能力を持つ俺にとって、これまでの戦闘だけでも空気抵抗や重力に慣れるには十分だった。
一応、火星でもシミュレーターを使って地球表面での戦いの訓練も積んでるしな。
「こ、これは……肝が冷えますね」
エスティカが加速度的に迫る地上を
バーニアを上に向かってふかしてるから、今のツルギは逆さまに近い姿勢だ。
なまじ重力があるだけに、恐怖感は宇宙の比ではない。
「こっから先はこんなもんじゃないぞ」
「はい。わかってます」
「クシナダ、地上からの迎撃は?」
『ありませんね。マギウスがこちらに気づいている公算は高いのですが。』
「迎撃手段がない……か?」
『おそらくは。マギウスはこの世界の文明水準を低く見積もっているはずです。対空火砲やミサイルなどは開発しなかったのかもしれません。』
「ないなら好都合だ。真上からしかけてやる。操縦まわせ!」
『ラジャー。』
俺は、クシナダが表示してる高度と速度の相関関係を示すグラフを横目にしながら、近づいてくる帝都を凝視する。
神聖巫覡帝国帝都ザッハトゥクルは、タケノコ状の尖塔が立ち並ぶ、独特の雰囲気の古都だった。
地球で言えば、ボロブドゥールによく似てる。
「マギフレームの姿がないな」
『奇妙ですね。出払っているのでしょうか?』
ザッハトゥクルの街区にはマギフレームの姿はなかった。
大きな都市なのに人影も見当たらず、ゴーストタウンのような雰囲気だ。
だが、それをじっくり見ている余裕はない。
「エスティカ! 神殿は城の北西の目立つ建物で合ってるな!?」
「はい、あれです!」
「っしゃ、行くぜ!」
俺はギリギリまで待ってから操縦桿を一気に引く。
ツルギが体勢を入れ替え、弧を描くように落下の慣性を水平方向の推進力に変える。
視界中央に、四隅に尖塔のある真っ白な建物があった。
マギウスがいるという神殿だ。
エスティカが脱出前に加えたという法撃のせいか、建物の一角が崩れたままだ。
「挨拶がわりだっ! 食らっとけ!」
俺はソーラーセイルの一部を変形させ、レールキャノン――電磁射出式メビウス鋼弾発射装置を両脇に構える。
だが、俺が神殿に向かって実弾を発射しようとした瞬間、クシナダが突如アラートを鳴らす。
『警告、目標付近から高エネルギー反応です!』
「何っ!?」
俺はあわてて操縦桿をよじる。ツルギはねじれるような軌道で神殿から距離を取る。
その直後、神殿が爆発した。
いや、
『強力なビームフィールドです! 退避を!』
「わかってる!」
神殿の内側から何かが膨らんでくる。
独立戦争でも似たような光景を見たことがあるからすぐにわかった。
神殿の内側で発生したビームフィールドが、神殿の建物を押しのけて、爆発的に拡がってくる。
「うおおおおっ!」
パワーダイブで得た推進力の残りを生かしつつ、バーニアを全開にして神殿から遠ざかる方向にツルギを加速する。
クシナダがディスプレイにワイプで表示した後方の画像には、ツルギを呑みこみそうな勢いで迫るビームフィールドが映ってる。
『キャパシタ、エネルギー残量15%を切りました。』
「敵のバリアは!?」
『展開速度の臨界点に達したようです。フィールドの展開はまもなく終了。逃げ切れます。』
クシナダの予告した通り、ビームフィールドは拡張速度を緩め、ツルギを呑みこむ手前で膨張を止めた。
フィールドから逃げ切ったツルギは、少し距離を取ってビームフィールドに向き直る。
ビームフィールドは半透明のドームとなって、神殿のあった場所を覆っていた。
クシナダの表示によれば、ドームの半径は150メートルにも及ぶらしい。
フィールドは薄い黄色に偏光してる。
「し、神殿が……!」
エスティカが声を上げる。
ビームフィールドの中は、立ちこめる土煙で見通せない。
神殿周囲の建物は、フィールドの膨張で完膚なきまでに破壊されていた。
そこには、帝城の一部も含まれてる。
「クシナダ、あのビームフィールドは!?」
『かなり強力なものです。ビーム兵器はもちろん、実弾兵器も弾くでしょう。核か巡航ミサイルでもあれば別でしょうが。』
火星独立戦争では、地球連邦が条約を破って核を使い始めたことを皮切りに、双方が核兵器を使っていた。
だが、ツルギには核弾頭は積んでない。
それはべつに、人道上の配慮なんかじゃない。
単騎での行動を前提として設計されたツルギは、補給の問題が生じる兵器を積まないのだ。
「要するに、ツルギでは破れないってことか」
『ビームフィールドの奥に熱源感知。マギフレームです。しかしこの大きさは……』
クシナダがディスプレイに赤外線画像を表示する。
ビームフィールドの奥に、巨大な熱源があった。
熱源の形は、たしかにマギフレームに似ている。
だが、その大きさが尋常じゃない。
体高は70メートルを超えている。
上半身が地面から直接生えていて、下半身は見当たらない。
地面に埋まってるか、最初から存在しないのだろう。
機体全体を地面から生えた無数のチューブが這い回ってるさまは、さながら地面に戒められた神話の巨人のようだった。
肩から先に腕はなく、無数の触手が生えてるだけだ。
フィールド内を渦巻く土煙が徐々に晴れていく。
「こ、こんな……!」
エスティカが俺の背後で息を呑む。
巨人の頭部――これだけでツルギ全体と同じくらいの大きさがある――が、ゆっくりと旋回してツルギを見る。
見る、と便宜上言ったが、頭部にあるのは無数のリベット状の膨らみだけだ。
その中のいくつかはガラス質の巨大な球体で、それらがまるで、標的をロックオンする対空機銃のようにこっちを向いた。
その頭頂部に、通常サイズの赤いマギフレームの上半身が生えていた。
エスティカが最初にツルギを見た時、ツルギをマギウスではないかと疑ったことを思い出す。
たしかに、この星のマギフレームにはあまりない無機的なフォルムは、ツルギに通じるものがある。
それだけに、機械が生命を模したような「腰から下」が、いっそうグロテスクに感じられた。
「あそこに、誰かいるな」
頭部から生えた赤いマギフレームのコクピットに当たる部分からは、微弱ながら精神波が漏れていた。
ザッハトゥクルの街並みからも、息を潜めた市民たちの気配を感じる。
「お父様……」
エスティカが心配そうにつぶやいた。
マギウスに取りこまれたというエスティカの父――神聖巫覡帝国皇帝ラズランドか。
『エスティカのお父様がまだ生かされているところを見ると、最上部の赤いマギフレームが全体の
「エスティカの親父さんをかっさらえればかたがつくかもしれねえな。だが、そう簡単にはいかねえだろう」
普通なら、弱点は隠そうとするものだ。
それを堂々とさらけ出してるのは、弱点を攻撃されない自信があるってことだ。
異形の巨人が、声を発する。
『――ようこそ、異世界人。驚いているようだな』
低い声が、戦場となる空間に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます