41 取り引き

「……なぜわかった?」


 エスティカが言った。

 いや、エスティカの声には違いないが、低く威圧的な口調に変わってる。


「エスティカが心の中で叫んでんだよ。『セイヤさま逃げて!』ってな」


「ふっ、なるほど。おまえにも魂の声音が聞こえるということか」


「魂の声音、ね。おまえのところではそう言うのか」


「私を生み出した偉大なるマスターたちは、魂の声音によってコミュニケーションをおこなった。おまえらのように言語などという雑音を介し、不完全きわまりない形でしか意思を伝達できぬ下等な種族とは違うのだ」


「その『下等な種族』に組み敷かれてる気分はどうだ、マギウス」


「もとよりあわよくばのつもりだった。不確定要因は取り除かねばならぬ」


「ふぅん。おまえにとっても俺たちは不確定要因なんだな」


「不確定ではあるが……教えてやろう。おまえを機体ごとこの世界へと召喚したのは私だ」


 押さえられたまま顔を半分だけこちらに向け、マギウスが言った。


「なんだって?」


「私がこの惑星に隠されたマスターの遺産を起動する実験を行った際、おまえは別の世界で途方もなく強い精神波に包まれていたはずだ。ただの接続実験だったはずが、偶然によっておまえは巻きこまれ、この惑星に降り立った。いや、正確にはこの惑星に再構成されたのだ――おまえとおまえの機体の持つ、魂の記憶に従ってな」


 マギウスのもたらした情報を、俺は数秒かけて吟味する。


「……おまえの言うことが事実だったとして、なぜそれを俺に話す?」


「単純な話だ。私と取り引きをしないか、セイヤ・ハヤタカ」


「取り引きだと?」


「ああ。私がおまえをこの惑星に召喚したのは、いま説明した通りだ。召喚したのだから、その逆もまた、私にはできる。すぐにはできぬが、私がこの惑星で目的を達成すればできるようになる」


「なるほど。だから俺に協力しろと?」


「協力はしなくともよい。ただ、私のすることを邪魔せず、傍観していてくれれればよい。私は目的を達成したのちに、約束通りおまえを元の世界に送還しよう」


「おまえの目的ってのはなんだ、マギウス」


「この惑星エスティカを、文字通り『魂の巡る地』に変えること……とだけ言っておこう。それ以上はおまえが取り引きに応じてからだ」


「ふぅん」


 俺は、パイロットスーツの収納から、鎮静剤のタバコを取り出した。

 片手で口に運び、一息吸う。

 おかげで頭は冷えたが、俺の結論は変わらなかった。


「どうやってエスティカを乗っ取った? 最初から乗っ取ってたわけじゃねえよな?」


「最初からだよ。魂は距離を超えてつながるもの。この娘を洗脳することはできなかったが、ごく微弱なつながりを作ることには成功していた」


「今になって動き出したのは?」


「この娘が不安定になっていたからだ。祖国の祭壇を離れたことで、この星の惑星霊とのつながりも弱くなった。

 なにより、この娘の気持ちはおまえに向いていたからな。その気持ちに沿った方向で行動をコントロールするのはたやすいことだ。たとえば、この娘をおまえに迫らせる……というような。

 むろん、最後の最後は強引にコントロールする必要があるが、不確定要因を排除できるのなら、その後この娘のコントロールを失っても惜しくはない」


「そいつは、えらく俺を評価してくれたもんだな」


「だからこそ、取り引きを持ちかけている。戦ってもまず負けまいが、損害が増えれば目的の達成が遅れるからな」


「そうか、よくわかった。心を決めたよ」


 鎮静剤を吐き捨て、俺は大きく息を吸った。


「――失せろ・・・! 火星の剣は、てめえにくれてやるほど安くねえ!」


 エスティカが一瞬けいれんし、くたりと力を失ってベッドに伏した。

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