42 決意

「くそっ、ふざけやがって!」


 エスティカをベッドに寝かせ、毛布をかぶせてから、俺は要塞の女官に声をかけ、レヴィに一報を入れてもらう。

 俺の部屋にレヴィとリリスが飛んできた。


「エスティカがマギウスに乗っ取られたじゃと!?」


「ああ。エスティカはマギウスに支配こそされてなかったものの、なんらかの影響下にあったらしい。ここに来て精神的に不安定になった隙を突かれてマギウスに乗っ取られたんだろう。俺が精神波を思いっきり浴びせて追い払ったが……」


 レヴィの呼んだ医師が、エスティカの様子を確かめている。

 これといった異常は見当たらないと医師は言ったが、この星の医療水準で何かがわかるとは思ってない。

 もっとも、俺のスーツ越しにクシナダに診断させても、これといった異常は見つからなかったのだが。


「精神波を観測する技術は太陽系にもなかった。マギウスがエスティカを乗っ取った手段も、魔国の諸侯や帝国の騎士たちを洗脳してる方法もさっぱりだ」


「うむ……厄介じゃの。朕やリリスがマギウスに操られたらと思うとゾッとする」


「精神波を浴びせることで追い返せたんだから、精神波を察知できるレヴィは大丈夫かもしれない。だが、リリスは危険だな。エスティカも、本来であればこの星の惑星霊とやらに守られてるらしいんだが」


「セイヤだけは問題なさそうなのが救いじゃの」


 俺とレヴィが話し合ってると、エスティカが身じろぎをして目を覚ます。


「エスティカ!」


「……セイヤさま」


 エスティカがベッドの上で身を起こす。

 女官に頼んで、浴衣のような服を着せてもらってる。


「やはり、さっきのことは夢ではなかったのですね」


 エスティカが眉を寄せ、手のひらをぐっと握りしめる。


「覚えてるのか?」


「はい。私の心の隙と、セイヤさまへの思慕の気持ちを利用し、マギウスは……」


 エスティカが悔しそうにうつむいた。

 俺たちにはかける言葉がない。


「セイヤさま。お願いがあります」


 エスティカが言った。


「なんだ?」


「――連れていってください」


 エスティカはそう言って俺を正面からじっと見る。


「このような屈辱、すすがずにはいられません。危険は承知です。たとえ命を失うことになっても、私はマギウスの最期を見届けたい」


 俺はエスティカの視線を受け止める。

 アクアマリンの瞳には決意の色があった。

 精神波はまだ乱れているが、その乱れをまとめあげる強い意志が感じられる。

 俺はうなずいた。


「わかった。エスティカは帝国の祭壇に近づけば惑星霊とやらに守ってもらえるみたいだからな。現状、マギウスに操られるおそれのない貴重な人間だ」


「ありがとうございます!」


「だが、ひとつ仕事を頼んでおきたい」


「私に、ですか?」


「ああ。もし、俺がマギウスに乗っ取られたら、後部座席から俺の頭をこいつで撃ち抜いてほしい」


 俺はヒップホルスターからハンドガンを抜いてエスティカに渡す。


「そ、そんな……!」


「さっきの感じなら大丈夫だとは思うんだが、そうなる可能性は否定できない。その時はツルギはエスティカに託す」


 エスティカが黙りこむ。


「そいつが、エスティカを連れていく条件だ。マギウスの精神支配と戦い、もしもの時には俺を殺す。エスティカにも戦ってもらうってことだな」


「う……」


「それができないってんなら、この話はなしだ。後ろに守るべき相手を乗せながら躊躇なく機動できるほど俺は冷酷じゃねえ。コンマ数秒のためらいが生死を分ける。死地に、戦士以外の人間を連れてくわけにはいかねえんだ」


 俺の言葉に、エスティカが息を呑む。

 だが、


「……わかりました。私もセイヤさまとともに戦います」


『私とも一緒ですよ?』


「ふふっ。はい、クシナダ。よろしくお願いします」

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