40 接触

 要塞には、魔王都や他の拠点から落ち延びてきた者たちが続々とやってきた。

 その収容と防衛戦の準備のために要塞は大混乱となり、結局俺は出撃の時機を逸したまま、二度目の夜を迎えることになった。


 俺は非常時に備え、パイロットスーツのままでベッドに寝転がっていた。

 さすがにヘルメットは取ってるが。


「ここがある程度持ちこたえられる体勢になんねえと、安心してマギウスを強襲できねえからな」


 俺とレヴィが出てるあいだに要塞が落ち、エスティカやリリスが殺されました……なんてことになったら困るのだ。

 さらに悪いのは、リリスがマギウスに精神を乗っ取られ、ドラグフレームごと敵に回るパターンだな。


 エスティカの話を聞く限りでは、戦闘中にいきなり洗脳されるってことはなさそうだ。

 エスティカの父である神聖巫覡帝国の皇帝を洗脳するのに、マギウスはかなりの時間を要したみたいだからな。


 俺の部屋の扉を、誰かが控えめにノックした。


「起きていらっしゃいますか?」


 扉の奥から聞こえてきたのはエスティカの声だ。


「ああ」


 と返事をしつつベッドから起き上がり、俺は部屋のドアを開く。

 あいかわらず妖精じみた美しさを持つ銀月の姫が、うつむき気味に立っていた。

 両手を背中側に回してもじもじしている。


「どうした?」


「その……落ち着かなくて」


 と、上目遣いに言ってくる。


「無理もない」


「私には、できることが何もないですし……」


「人間、適材適所があるもんさ」


「……お邪魔してもいいですか?」


 エスティカの言葉に一瞬とまどう。

 男女の機微には疎い俺だが(火星の改良人間育成プログラムに女性との接し方なんて項目は入ってない)、この時間に女性を部屋に入れるのは問題だってことくらいはわかってる。


 ……まぁ、本人がいいならいいか。

 昨日は、一緒にコクピットで寝るのも気にしてたはずなんだけどな。


「ああ、いいぜ。飲み物でも頼むか?」


「いえ、けっこうです」


 エスティカに椅子を勧め、俺はベッドに腰かける。


 が、エスティカは椅子に座らず立ったままだ。


「……どうした?」


 俺の問いかけにも無言。

 エスティカは、最初に出会った時と同じ、巫女風の装飾過剰な衣装を着ている。


「綺麗な服だよな。火星は実用主義だから、そういうのは新鮮だよ」


「そうですか。でも――」


 エスティカが衣装に手をかけ、ひもを解く。

 衣装のあわせが開き、エスティカの白い肌が月光にのぞく。

 下着はつけてないようだ。


「おい、どういうつもりだ?」


「……言わなければわかりませんか?」


 エスティカが衣装をはらりと脱ぎ捨て、俺に近づく。

 エスティカは、うす紫色の長い髪を片手でかきあげながら、俺に向かって寄りかかる。


「――ああ、わかんねえな」


 俺は、髪をかきあげたエスティカの手を片手でつかみ、体勢を入れ替え、エスティカをベッドに押し倒す。


 エスティカがうめくような声を上げる。

 色っぽい声じゃない――痛みの声だ。


 俺はエスティカの細い手首をぎりぎりと握りしめる。


 エスティカの手には、薄いナイフが握られていた。


「なんだって、男女の睦みごとにナイフが必要なんだ? おまえの故郷の特殊なプレイか、マギウス・・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る