36 飛行形態

 翌朝、俺とエスティカはレヴィ・リリスとともに朝食を摂っていた。


 レヴィもリリスも、昨夜のことなど何もなかったかのような涼しい顔で、朝の雑談に興じている。

 むしろ、エスティカのほうが顔が赤い。


 朝食を平らげ、俺が居心地の悪さを持て余してたところに、魔王軍の重職らしき竜人が駆けこんできた。


「ほ、報告します! 神聖巫覡帝国と我が国の国境地帯に多数の未確認型マギフレームが出現! 国境を侵して我が国への侵攻を開始した模様です!」


 その報告に、俺たちは虚をつかれた。


「ふむ、早かったの。エスティカの話では、マギウスがマギフレームの量産体制を築くまでに、まだいくばくかの猶予はあると思っておったのじゃが」


「……申し訳ありません。私の見立てが甘かったのでしょう」


 魔王の言葉に、エスティカが暗い顔でうなだれた。


「案ずるな。おぬしの立場としては、本来魔族の国である魔国になど頼りたくなかったはずじゃ。他の人間の国家――近場ではロクサノ王国にでも向かうつもりだったのであろう?」


「……ご賢察の通りです」


「じゃが、おぬしが魔国にやってきたのは、この世界エスティカの民にとっては幸いなことじゃった。我が国にケンカを売った以上、マギウスは早晩滅ぶ定めにあるのじゃからな」


 自信たっぷりに言い切ると、レヴィは食卓に並んだステーキをフォークでぶっ刺し、口に放りこみながら立ち上がる。


「――戦の準備をせよ! 相手は、神聖巫覡帝国を乗っ取った太古のマギフレーム『マギウス』じゃ!」


 要塞は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。





 リリスがドラグフレームで空中から敵軍を偵察するというので、俺は同行を申し出た。


「だが、飛行形態での空からの偵察なのだぞ? まさか、ツルギを背中に乗せろとでも?」


 リリスのしゃべりかたは、レヴィがいる時といない時でがらりと変わる。

 いる時のほうが丁寧だが、俺は今のほうが気楽でいい。

 軍人然とした、あるいは男装の麗人みたいなキレのある声だ。


 ……昨夜強引に迫ってきたのと同一人物とは思えないな。


 魔族にとっては当然のことというのは本当らしい。


 俺は、リリスの疑問に答えて言う。


「いや、ツルギは大気圏内での飛行も可能なんだ」


「はぁっ!? あれだけの戦闘力を持ちながら、空まで飛べると!?」


「専用の航空機に比べれば限界はあるけどな」


 大気圏内では空気抵抗のせいで飛行の自由度が大きく制限される。

 大気圏内専用の航空機は、その空気抵抗を揚力に変えて飛ぶ仕組みだが、ツルギの場合はバーニアを噴かして力づくで飛ぶだけだ。

 空気抵抗を減らせるよう、一応飛行形態と呼べるものがあるにはあるが、最初から大気圏内での運用を目的として設計された航空機には効率や機動性の面で及ばない。


 論より証拠ということで、俺はツルギをバーニアで宙に浮かべ、空中で飛行形態に変形させる。

 腰を180度回転させ、背部バーニアを斜め下に向ける。

 ソーラーセイルを左右に張り出して翼にし、左肘を前に突き出して、ビームシールドを即席の機首に。

 右腕は、胸の前でミドルレンジビームザッパーを抱えるように保持。

 このビームザッパーが、飛行形態中の唯一の攻撃手段となる。

 脚は、飛行の邪魔にならないよう膝を曲げ、ももの裏とくっつける。

 かなり複雑な変形プロセスは、重力のある環境下では時間との戦いだ。


 俺が渡した予備の通信機越しに、リリスが呆れた声で言ってくる。


「なんともまあ、器用なものだ。私からすると、自分の身体がねじれるようで気持ち悪いがな……」


「ドラグフレームは感覚共有だもんな」


 自分の腰が180度回転するのを想像すれば、そんな反応にもなるだろう。


「じゃあ行こうぜ。新型とやらを早く見たい」


「新しいおもちゃを買ってもらう子どものようだな」


「買ってくれるのはマギウスパパだ。せっかく買ってもらっても全部壊しちまうんだけどな」


 軽口を叩きながら、ツルギとティアマトが要塞から飛び立った。


 なお、今回はガンナーシートにエスティカを乗せてない。

 こっちは偵察なのでどんな危険があるかわからないからな。

 レヴィに危害を加えられる可能性については、今は考慮から外してもいいだろう。

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