32 VSマジェスティック

 合図とともにレフェリーのゴブリンⅡが大きく飛びのいた。

 何かを恐れるかのような、慌てに慌てた飛び退きっぷりだ。


「生き延びてみせよ、異星人っ! どうらあああああっ!」


 マジェスティックがいきなりつっこんできた。

 二振りの剣を振りかぶり、勢い任せに振り下ろす。

 俺は機体をひねって片方の剣をかわし、もう片方をエッジドビームシールドで受け流す。


「おおっ!? なんだそれは! 法撃はできぬのではなかったのか!?」


「純粋な科学技術だっつーの」


 いちいちスピーカーで叫んでくる魔王だが、こっちまでそれに付きあってやる義理はない。俺はコクピット内でひとりごちる。


 俺はスラスタを吹かしてマジェスティックの側面に回りこむ。

 エッジドビームシールドの刃の部分で、マジェスティックの胴を狙う。

 このエッジドビームシールドはビームの境界面がビームエッジになってる特別製だ。

 運用を誤ると自分の機体をすっぱり切ってしまうくらいの出力がある。


「うおっとお!?」


 マジェスティックが俊敏な動きでビームエッジから身をかわす。

 エッジがマジェスティックの表面をかすり、ルビー色の機体に深い溝を刻みこむ。


「ぐううっ!? やるな! 今のはめちゃくちゃ痛かったぞ! なんて切れ味だ! ますます欲しい!」


「いや、やらねーから」


 魔王の大声につっこみつつ、俺はいったん距離を取る。


 ――さて、やっていい?


 まさか、対艦刀で魔王ごとマジェスティックを真っ二つにするわけにもいかないだろう。

 死力を尽くせとは言われたが、それを真に受けてマジで殺しにかかってはその後の関係に差し障る。

 飲み会における無礼講みたいなもんだ。


 迷った末に、俺は背中からミドルレンジビームザッパーを取り外す。

 ご大層な名前だが、やや射程が長めのビームライフルと思えばまちがいない。

 元が航宙艦用のものだけに、取り回しに難のあるライフルだが、最大出力なら戦艦の装甲すらぶち抜ける。


「逃げるなぁっ!」


 再び正面から斬りかかってくるマジェスティックを慎重に狙う。

 といっても、コンマゼロ秒以下の話だ。

 俺はマジェスティックの股関節に出力を絞ったビームザッパーを一射する。


 が、


「ぬおおおっ!?」


 魔王は、かなりの反射速度でマジェスティックを横に倒す。

 ビームはマジェスティックの腰をかすめ、その奥にあった試技場の壁に穴を開けた。

 表面が飴色に溶けた大穴は、コロッセオの壁だけでなく、「要塞」の外城壁をも貫いている。

 もちろん、そっちに民家がないことは折り込み済みだ。


 ビームの威力に、観客たちがどよめいた。

 さすが魔王の国というべきか、恐怖よりも好奇の感情波のほうが強かった。


 マジェスティックが、開通したばかりの大穴を覗きこんで歓声を上げる。


「すごいな! 今のをまともに食らってたら死んでたぞ!」


「いや、コクピットは狙ってねえよ」


 今回はスピーカーで言う。


「なんだと? ふざけるな! ちゃんと狙え! 命がけの戦いなんだぞ、これは!」


 お叱りを受けてしまった。

 マジェスティックはその場で身体を起こし、両手の剣をクロスして構える。


「よしっ! 貴公の法撃と朕の輝炎剣ブレイジングブレイド、どっちが強いか勝負しようではないかっ!」


「無茶言ってくれるな……」


 マジで、生きるか死ぬかの戦いがしたいらしい。


「セイヤさま……」


 俺を気遣ってか、エスティカが声をかけてくる。


「ちげえよ。そんなんじゃねえ。ちょっと腹が立ってな」


 俺は再びスピーカーをオンにして言う。


「意味もなく命を賭けるなんざ、ガキの遊びだ。プロは安易に命を賭けるなんて言わねえもんだ、チビジャリ魔王」


「誰がチビジャリか! 命を賭けるから気持ちいいんだろうが、命を賭けるからぐしょ濡れになるんだろうが!」


「そんな思春期のガキみてえな理屈で俺に勝てると思うならかかってこい」


「んだとー! なら、全力で行ってやる!」


 マジェスティックが身体を低くし、全身のバネを溜めるような姿勢を取った。

 同時に、背中に折りたたまれてた竜翼が半分開き、そこから陽炎のようなものが立ち昇る。


「これが……朕の最高最速最強の技だっ! 死ね、不遜なる異星人! ふははっ、一秒後に貴公の命はないっ! 機体ともども異郷の地で消え去れいっ!」


 次の瞬間、マジェスティックの翼が炎を噴き、太い竜脚が地を蹴った。

 下段でクロスして構えた一対の炎剣が、つぼみが開くような斬撃となる。


 たしかに、一秒で死ねるな。


 だが、ビーム兵器が当然のものとなった太陽系での戦いでは、一秒なんて時間は長すぎる。


 ツルギのビームザッパーが火を吹いた。

 マジェスティックの二本の剣の、クロスした部分を正確に撃ち抜く。

 炎の剣はビームによってかき消され、ビームはマジェスティックの胸部に命中した。


 が、マジェスティックの胸部にあったのは、ルビー色の水晶球だった。

 ティアマトが法撃を放つのに使ってた、エメラルド色のものとよく似てる。

 魔王は、こっちのビームに合わせて、球から法撃を放っていたのだ。

 ビームと法撃が相殺しあってかき消える。


「はっはぁぁっ! 討ち取ったりぃぃっ!」


 魔王の声とともに、マジェスティックの両手に再び炎の剣が生み出される。


 ビームを放ったツルギは動けない!


 ――なんてこと、あるはずがない。


 俺はツルギを、あえてその場に留めている。

 ビームザッパーは、撃った直後に投げ捨てた。

 ツルギの両手が、肩の後ろ――対艦刀の柄へと伸びる。

 こっちの懐に飛びこんでくるマジェスティックめがけ、対艦刀を真っ向から振り下ろす。


 ――ごがん!


 と、鈍い音が試技場に響き渡った。


 炎の剣が、ふつりと消えた。


 続いて、対艦刀で脳天を打ち抜かれたマジェスティックが、地響きを立てて前のめりに崩れ落ちる。


「し、勝者、セイヤ・ハヤタカ!」


 だだっぴろい試技場を、観客たちのどよめきが支配した。

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