15 マギウス(1)
「その『マギウス』について聞くべきかな。ツルギと見間違うってことは、人型機動兵器なのか?」
「はい。マギフレームの亜種なのだろうと言われていました。ただ、マギフレームとちがって、マギウスには人格があった。いえ、あれは『人格』なのでしょうか。もっと異質な、理解不能な何か……それこそ、伝説にある邪神のような存在に思えてなりません」
「邪神、ね。うちのジョークを言うボットはその点では無害だな」
『そんなことより、ちゃんとキーワードを拾ってください。『マギフレーム』とはなんですか?』
「マギフレームは……ええと、セイヤさまの言う人型機動兵器、でしょうか。もっとも、兵器に限らず、土木工事や開拓などにも使用されています。というより、民生品のほうが多いです。マギフレームは発掘品なので、元は戦闘用だったはずのものでも、経年劣化で民生用にしか使えない機体が多いのです。私たちにはマギフレームを修理する技術はないので、だましだまし使ってます」
『なるほど、リープフロッグ現象の原因はそれですか。』
「先史文明ってわけか。この星もなかなかロマンがあるじゃないか」
俺の言葉に、エスティカが顔を暗くした。
「……それだけならよかったのですが。この世界は、人間には広すぎます。マギフレームがなければ、人間の生存圏はずっと狭かったことでしょう」
「ふぅん?」
半わかりの俺を見かねてか、クシナダが補足する。
『地平線を観測するとわかるのですが、この惑星は地球や火星とは比較にならないほど大きいようです。直径は、地球の五倍以上。表面積は半径の二乗に比例しますから、ざっと二十五倍はあるでしょう。』
「地球の二十五倍だって!? ずいぶん広いな。あれ、でも、重力は地球とどっこいだろ?」
『惑星内部を構成する成分が軽いのでしょうね。それ以上のことはわかりません。』
「なるほど。そりゃ、人型ロボットも必要だな」
「……あの、話を進めていいでしょうか」
「あ、すまん。そういう考察はクシナダにバックグラウンドでやっておいてもらおう」
俺はそう言って、エスティカに話を促した。
「ことの発端は、私の父――巫覡皇帝ラズランドが、新たな遺跡を発見し、そこから未知のマギフレームを発掘したことです。そのマギフレームには、他のマギフレームにはありえない特徴がありました。すなわち――」
「意識を持ってるってことだな」
「はい。彼は自らを『マギウス』と呼びました。これは個体名ではなく種族名だと彼は説明しました」
『『彼』の個体名は?』
「いえ、ただ、マギウスと呼ぶように、と。マギウスは先史文明の遺産についての知識を父に伝えました。さっき追っ手が使っていたフロートバイクの製造方法なども含まれます」
『では、神聖巫覡帝国は、あのフロートバイクを量産できると?』
「いえ、量産は無理です。マギウスはそのような知識も伝えたようですが、現在の帝国の技術では工匠の手で少数を生産するのが精一杯。それすら、マギウスの伝えた生産精度には遠く及びません。たとえば、本来であればあのフロートバイクは地形を選ばず走れるものなのですが、生産できたものの性能は大きく劣り、森のような障害物の多い場所では速度を出すことができません」
たしかに、フロートバイクは安定が悪そうに見えた。
ちょっとした段差に過剰反応して体勢を崩したりしてからな。
地面との距離を測定するセンサーか、その情報を処理して出力を調整する制御装置か……あるいはその両方の性能が悪いのだろう。
「ああ、だからエスティカは森へ逃げこんだのか」
「はい。足の速さだけならマギフレームよりフロートバイクのほうが脅威ですので。マギフレームは大きい分、遠くからでも発見できますし」
マギフレームとやらは、空を飛んだり、舗装された道をローラーダッシュしたりすることはできないようだ。
この分だと、マギフレームを積載して運搬するキャリアも存在しないんだろうな。
「マギウスのもたらす知識に、父は狂喜しました。正確には、その知識のもたらす富や軍事力に、ですが。父はマギウスのもとに日参し、コクピットに入って、マギウスからのお告げを聞くのです。聞いたお告げを、コクピットの外にいる神官たちに記録させました」
『奇妙ですね。知識を伝えるだけなら、何もコクピットでなくても。今私がやっているように、外部スピーカーで会話をすればよさそうですが。』
「今にして思えば、そのとおりなのです。しかし、私たちは、意識を持つマギフレームなどというものを見るのは初めてでした。マギウスが必要だと主張すれば、そういうものかと納得するしかありません。マギウスは、自分はマギフレームと同じく機械であり、意識はあるものの自我はない、この意識は複雑な機械的過程によって造られたもので、そこに人格を見いだすのは人間側の錯覚にすぎないと言いました」
『その言い分はわかりますよ。事実、私はそうした存在です。』
機械知性に意識や人格と呼べるものがあるのかについては、火星でも地球でも未だに議論が続いていた。
ただ、近年の議論では、機械知性に意識や人格があるのかを問う以前に、そもそも
人間と全く同じ受け答えをする機械知性がいたとして、片方に意識や人格があり、もう片方にはないと言えるのはなぜなのか?
だが、俺に言わせれば答えは簡単だ。
精神波を出してるかどうかで判別すればいい。
その判定であれば、一定以上の「年齢」に達した機械知性には意識や人格があるということになる。
クシナダも、人間とは異質なものながら、微弱な精神波を出している。
だから俺は、クシナダを単なるプログラムとは思ってない。
機械知性を人間扱いする俺は、火星でも気持ち悪がられることが多かった。
しかし一般的には、機械知性に人格を見出すのは人間側の一方的な感情移入にすぎないとされている。
「クシナダさまと話してみると、その通りだと思えます。ですが、私はマギウスの言い分には違和感を覚えました。理屈は通っている。でも、だとしたらなぜ、彼は父に知識を授けるのでしょう」
「目的がわからないってことか」
「ええ。マギウスは人類の発展のためと説明しましたが、そうだとしたら、もっと惜しみなく知識を授けるはずです。父のみならず、神官や工匠たちに直接授けたっていい。さらにいえば、神聖巫覡帝国以外の国にも授けるべきでしょう。そのほうがよほど効率的です」
「皇帝だけに直接、出し惜しみするように知識を授けてたわけか。はぁ、なるほどな。要するに、エサだったわけだ」
「さすがはセイヤさま。そのとおりです。
父は、コクピットにいる時間が徐々に長くなりました。そしてとうとう、コクピットからまったく出てこなくなりました。マギウスは生命維持に必要な措置は取っているから心配ないと言いました」
「おいおい……他の連中は怪しまなかったのかよ」
「そうなのです。マギウスの説明を、私以外のすべての者が、なぜか素直に信じていました。父はマギウスに乗りこんだまま姿を見せず、周囲の人間は皆マギウスの言いなり。私はおそろしくなりました」
「そりゃ、逃げ出して正解だぜ」
と、うなずきながら言ったのだが、エスティカは首を左右に振って、
「いえ、最初から逃げるつもりではなかったのです。私は、騎士団のマギフレームを奪って、マギウスに長距離法撃をしかけました」
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