12 第三種接近遭遇(2)

「……おい、どういうことか推測してくれ」


『情報が少なすぎて不可能です。』


 クシナダにぼそりと聞いてみるが、返ってきたのはそっけない返事だった。


 っていうか、


「おまえにも『秘術』とやらが効いてるのか?」


『そのようです。エスティカ嬢が『秘術』と称するものの正体については、仮説すら立ちません。』


 くそっ。情報が少なすぎる。


 ……あまり怪しまれないようにしたいんだけどな。


 お姫様――エスティカが善良な人間だったとしても、こっちが露骨に怪しければ疑うだろう。

 エスティカの身分が高いならなおさらだ。


「ところで、セイヤ・ハヤタカさま、というのは、どちらがお名前で、どちらが母姓なのでしょう?」


 今度は母姓ときたか。


『成る程。この惑星、ないし彼女の属する社会では、家族姓ではなく、母親の家名を自分の名前とともに名乗るのでしょう。名乗る順序はどちらが先でもおかしくないということですね。ついでながら、母親の姓が重要ということは、彼女の属する社会では女性の地位が高いということも示唆しています。』


 と、クシナダ様のありがたい解説がついた。


「どっちでもいい。どちらも俺自身の名前だ。俺に親はいない」


「そ、そうなのですか……すみません、不躾なことをうかがいました」


「かまわないよ。呼びやすいほうで呼んでくれ」


 肩をすくめてそう答える。


「で、では、セイヤさまで」


 「さま」もいらないと思ったが……もういいや。エスティカにとってはかえってやりにくいんだろう。


「さきほどから気になっていたのですが、セイヤさまの他に、もうひとかたいらっしゃいませんか?」


「……なぜそう思う?」


 俺は平静を装って聞き返す。


「さっきの秘術で、セイヤさま以外に、もう一人分手応えがあったのです。いえ、一人分というには奇妙な気配だったのですが」


 なるほど。あれで気づかれたか。


「そうだな……」


 俺はそう言って時間を稼ぎつつ、計算をする。


 エスティカは逃亡者だ。

 こっちの素性を知ったところでそれを話す相手もいない。


 それに、いずれにせよツルギを隠し通すことはできないだろう。

 なにせ、13メートルのデカブツだ。

 すぐそこの森の中に、カモフラージュもせずに隠れてる。


 ……このエスティカなる女性は信用できるか?


 エスティカの精神波は鈴ののように清浄で、邪心らしきものがほとんど浮かばない。

 精神波だけで考えるなら、これ以上ないほどの善人だ。


 ……それはそれで異常なんだけどな。

 心なんて、適度に汚れてたほうが可愛げがあるし、行動の予測もつきやすい。

 利益で誘導しようにも、相手に欲がなければ難しい。


 だが……そうか。

 俺が彼女を窮地から救った以上、善人である彼女がその恩を仇で返すことはないだろう。

 彼女の周囲の人間までがそうであるとは限らないが、それを言い出したらキリがない。


 いずれにせよ、この星のことを知るのに、情報源は必要だ。

 その情報源が善人だというのは、そうでないよりはずっといい。


「どうも、隠せそうにないな。わかった。こっちの事情も説明しよう」


「その……すみません。私を助けたばかりに」


「気にするな。俺は俺の判断で助けたんだ。結果はすべて俺の責任だ」


 俺はエスティカを、ツルギのある場所に案内する。


 ツルギはこの森の樹冠よりわずかに背が高かったので、今は膝立ちになって隠れている。

 紫の植生の中でも、赤と黒を基調にした鋭角なデザインはなかなかに映える。

 今は消えてるが、戦闘機動時には精神波由来の紋も走り、いっそうスタイリッシュな見た目になる。

 もっとも、静かにひざまずいた姿もそれはそれでカッコいい。


 俺専用の特別機だからな。

 デザインも俺の好みに合わせてもらってる。

 火星を背負って戦うのにふさわしいデザインだ。


「こ、これは……」


 エスティカはツルギを見上げて驚いた。


 予想通りの反応だな。


 だが、そこから先が違っていた。


「まさか――マギウス!?」


 鋭くそう叫んだかと思うと、エスティカが俺から跳びすさる。

 懐から短刀を取り出して、俺に切っ先を向けてくる。


 その顔には、まぎれもない憎悪の色があった。


 激烈な反応に、俺のほうが驚いた。


「ま、待ってくれ。何か誤解があるようだ」


「何が誤解だというのです⁉ 帝国のものでも魔国のものでもないマギフレーム……マギウスの仲間としか思えません!」


 ……どうやら俺は、第三種接近遭遇をミスったようだ。

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