07 チェイス

 くだらないことを言い合ってるうちに、俺の耳にも「なんらかヴィークル」たちの走行音が聞こえてくる。


 ヒップホルスターからハンドガンを抜きつつ、俺は音の聞こえる方向に目を向ける。


 木立の奥でなにかが閃き、そのたびに先頭車両が蛇行する。

 最初はちらちら点のように見えてたそれが、だんだんはっきりと見えてきた。


「バギーだな」


 オフロード用の大きな車輪のついた車両だった。無骨な鉄組みのフレームで、座席はオープンになっている。


 操縦席に、人……のようなものが見えるな。


『若い女性が運転しています。ずいぶん荒っぽい運転ですね』


 クシナダの言う通り、運転者は女性だ。

 紫がかった銀の長髪が風になびく。

 服は、やたらと布の数が多い大仰なもので、バギーの運転にはどう見ても適してない。


「追跡者は?」


『フロートタイプの一人乗りバイクが四台。フルフェイスの……ヘルムをかぶってますね。』


「ヘルメットじゃなくて?」


かぶとです。鉄製の、中世風の兜です。胴にも鉄製の鎧をつけているのでまちがいありません。紺色のマントを風になびかせています。空気抵抗が気にならないんですかね?』


「バイク乗りの中世騎士だって? いや、それ以前に、あいつらは人類なのか?」


『お姫様のほうは人間らしく見えますね。騎士たちのほうは、中身ががらんどうだったとしてもわかりませんが。』


「バイクのほうが本体だったりしてな」


 バギーが、森の中を蛇行しながら近づいてくる。


 バギーは障害の多い木立に苦労してるが、それは追っ手のフロートバイクも変わりない。

 バイクの方が小回りが利くものの、ちょっとした斜面や段差にも反応するらしく、何度もひっくり返りそうになっている。

 だが、乗り手の運転技術はなかなかだ。

 このバイクを乗りこなすために特別な訓練を受けてるのだろう。


 一方、バギーの運転は荒っぽい。

 時折バイクから光るビームのようなものをかわすセンスはなかなかだが、運転に不慣れなのはあきらかだ。


「あのビームはなんだ?」


荷電粒子ビームではありません。もっと単純な放電現象のようです。あ、今のはちがいますね。あれは単なる火の玉です。焼夷グレネードか何かでしょうか?』



 木の根を踏んだバギーが大きく傾いた。

 運転手はあわててカウンターを当て、タイヤのグリップを取り戻す。


 だが、そこにバイクからの稲妻が刺さる。


 パァン、と激しい音を立て、タイヤのひとつがパンクした。

 バギーは態勢を崩し、横向きにスピンしながらこっちに向かって飛んでくる。


「きゃああああっ!」


 バギーの運転をしてた「お姫様」が運転席から宙に投げ出される。


 その顔は、恐怖に凍りついていた。


 その顔を見て、今度は俺のほうが凍りつく。


「キリナ……!?」


 考えるより先に身体が動いた。


 横転して吹き飛ぶバギーの下をくぐり抜け、ジャンプして空中のお姫様をキャッチする。

 そのまま空中でワルツを踊るように回転し、勢いを殺してなんとか着地。

 なぜか動きを止めてるバイクの騎士たちをちらりと見、近場にあった遮蔽物の陰に身を隠す。


 バギーが森の中を転がり、激しい音を立ててクラッシュする。

 爆発まではしなかったところを見ると、動力は電気だろうか。


 俺は腕の中にいるお姫様に声をかける。


「無事か⁉ キリナ……のわきゃなかったな」


 よく見れば別人だ。

 見た目の年齢は、キリナと同じく二十歳くらい。

 顔だちや雰囲気もよく似てる。


 だが、キリナは紫がかった銀髪なんてしていない。

 アクアマリンみたいな透き通った瞳からは、妖精じみた印象すら受ける。

 火星の太陽に喩えられるキリナに対し、腕の中の女性はむしろ月か。

 まあ、どこの・・・月かは知らないけどな。


「~~~~、~~~!」


 お姫様が何かを言って、俺を突き飛ばそうとする。


「ま、待て! 俺は追っ手じゃない!」


 ジェスチャー付きでそう言うが、お姫様はただ暴れる。


 そこで、騎士たちがバイクから降りたのに俺は気づく。

 騎士たちは、腰から剣(!)を抜いて、俺が隠れた物陰を包囲する。

 銃器の射線は切ったつもりだったが……まさかこんな囲まれ方をするとはな。


「~~、~~~~!」


 リーダーらしき騎士が、俺に剣の切っ先を向け、険しい顔で何かを言った。


『その女を渡せ、さもなくば斬る! と言ってますね。』


 クシナダがパイロットスーツ内のスピーカーから言ってくる。


「もう解析できたのか?」


『いえ、状況からの推測です。すくなくとも私の知らない言語だということはわかりました。』


「そうだろうと思ったよ」


 地球の少数民族の言語の中には、クシナダでも知らないものがあってもおかしくはない。

 だが、目の前の騎士たちがしゃべってるのはそうじゃないだろう。

 こんなちぐはぐな文明レベルを持った少数民族なんているわけがない。


「~~~~! ~~~~!」


『『何者だ! 我々に刃向かうつもりか!』といったところでどうでしょう?』


「素敵な挨拶だな」


 鉄兜をよく見ると、バイザーの奥にちゃんと人間の目が光っていた。

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