06 現在地、不明(2)
火星への帰還のあまりの遠さに、俺が内心げんなりしていると、
『――警告。なんらかのヴィークルが接近してきます。』
と、クシナダがいきなり警告を発してくる。
「は? 『なんらかの
『それがわからないから『なんらかの』と言ったのです。音から判断するに、大型トラクターのようなサイズの車体に、太くてスパイクのついた車輪がおそらく四つ。走行経路のブレから、機械ではなく人間あるいはそれに類するものが操縦していると思われます。』
「それでなんらかヴィークルってわけか。人間に類するもの、ねえ……」
こんなに歯切れの悪いクシナダは初めてだ。
「こっちに来るのか?」
『はい。まちがいなく。』
「こっちに気づいてるのか?」
『わかりません。こちらのレーダーは森に遮られて使えませんが、向こうに別の探知手段がある可能性は否定できません。
……っと、待ってください。』
「どうした?」
『あなたの言う『なんらかヴィークル』の背後からも、複数のなんらかのヴィークルがやってきます。後続のなんらかのヴィークルは、最初の『なんらかヴィークル』とは別物ですね。』
「わかりにくいわ! ってことは、先頭のなんらかは後方のなんらか2号以下に追われてるってことか?」
『その推論は正しい可能性が高いです。』
「で、そいつらはまっすぐこっちに向かってると……」
『はい。その状況を踏まえると、いずれの『なんらか』もこちらの存在に気づいていない可能性が高いでしょう。逃走者が私たちを目指す合理的な理由がありませんので。』
「……今から逃げられるか?」
『戦闘駆動なら逃げられますが、今の状態では無理です。下手に動けばかえって見つかりかねません。』
しばし考えてから、俺はクシナダに訊いてみる。
「なあ、どっちが悪者だと思う? 追ってるほうか、追われてるほうか」
『どちらも悪者かもしれませんよ? あるいは、単に原生林を舞台にレースゲームを楽しんでいるのかも。
……いえ、違いますね。先頭車両はなんらかの攻撃を避けるために激しく蛇行しています。』
「そういうレースゲームもあったよな。バナナの皮を後ろにまいたり、前の車に甲羅を投げつけたりするやつ」
『リアルでやるにはリスクが高すぎると思いますが。』
「ゲームに命を賭けてるエイリアンだっているかもしれないだろ?」
『実際に命を賭けるには、そのゲームはランダム要素が強すぎます。』
「だからいいんじゃねえか。伸るか反るかってやつだよ」
『期待値が賭け金に届かないことをする気にはなれませんね。』
「今さら何言ってんだ。これまでだってそんなことばっかだったろ?」
『それは、まぁ……。それより、そろそろ真剣に対策を講じませんか? 時間的な猶予はありませんよ。』
「そうは言ってもな。お迎えするしかないだろ。おまえ、未知の言語を解析できるか?」
『不得意ですが、やってみますよ。』
クシナダは戦闘用のAIだ。
パイロットとのコミュニケーションを取るための言語モジュールは積んでるが、未知の言語を解析するための言語学習モジュールなんて搭載してるはずがない。
宇宙人との遭遇に備えて全宇宙船のAIに言語学習モジュールを搭載すべきだ、なんて世迷言を吐いてた地球の科学者がいたんだが……
まさか、そいつの主張の正しさを、我が身で証明するハメになるとはな。
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