その道の先は
朧の記憶
禁忌を犯した。絶対にしてはいけないと言われていたのに。
信じて託して下さったお父様を、裏切った。
「なぜだ」
ああ、ごめんなさい、ごめんなさいお父様
「なぜだ、朧」
愛してくれたのに。
「朧」
あなたはちゃんと、愛してくれていたのに。
「おぼろ」
失望させた。悲しませた。優しいこの
「なぜ、お前が」
常世の唯一の光。夜闇を統べる存在でありながら、天と同じ金の瞳が霞む。
常世神が愛した娘と同じ、朧に霞む月のように。
「ごめんなさい、おとうさま」
朧?のような誰かの記憶
「これは罰だ」
吐き捨てるように、誰かが言った。沢山の言葉をぶつけられたが、ほとんど耳に入ってこない。
体中が焼けるように熱く、痛い。錆びた鉄のような臭いが広がる。口からも、心の蔵からも、腹からも。
「お前の存在は許されない」
だが魂を消滅させることは出来ない。深淵に落とすには罪が足りない。
しかし許されない。彼女が安寧に生きるなど絶対に。
「だからお前に、罰を与えよう」
罪を忘れることを許さない。幾度生まれ変わろうとも、死の苦痛を忘れることは許さない。
罰から逃げることを許さない。幾度生まれ変わろうとも、この災いを避ける術など与えない。
救われることを許さない。幾度生まれ変わろうとも、お前の愛した者達がお前を思い出すことはない。
苦しんで死ね。生まれたら死ね。自ら死ね。
主に苦しみしか与えぬ
何度目かの朧、あるいは■■■の記憶
炎の向こうで、赤い瞳が爛々と輝いていた。
憎悪を露にするその眼に言いたいことはたくさんあった。
でも何一つ言葉に出来ない。喉も、肺も、とうに焼かれて声がでない。
悲しみだけでも伝えたいのに、涙すら零れたそばから熱で気化してしまう。
“旭”の命を狙ったと、弁明も許されずに燃やされた
関わりたくなんてなかった。ずっと逃げていたのに、一方的にまとわりついて、近くで勝手に襲われたのは“旭”なのに。
死んで欲しいなんて思ったことない。ただ一緒に居たくなかっただけ。
だからずっと逃げていたのに、どうしてあああああああ、あああ、あ、あ、ああ、ぁ
何度目かの朧、あるいは■■の記憶
燃えた、燃えた、故郷が燃えた。
わたしのせいで燃やされた。不吉だから、災いがおこるから、呪いを呼ぶから。
みんなのために死ねと言われて、逃げたら全部燃やされた。
いやいやいやいや死にたくない!
お前のせいだと親はわたしを刺した。大人は棒で殴って、子どもには石を投げられた。
そんなやつらのためにしにたくない
痛い、痛い、血で足が滑る。
履物なんてずっともらえなかったから、足の裏はもうぐちゃぐちゃで、爪も剥がれて無くなった。
目は見なくなってきて、煙で息が苦しくて、でも、もう少し、にげればきっと。
「――――喜べ、火の加護がお前の呪いを浄化するだろう」
ああ、
ああ、また
またわたしは貴方に、あなたの炎に、
辛い、悲しい、苦しい、痛い、恋しい、いや、いやいやいやいや
好きだったのに、大事だったのに、あなたが全部わたしにあたえたくせに!
お願い、お願いです神様、どうか、どうか、もうわたしを――てください
あつい、痛い、苦しい、あつい、あついあついあついあついあついあついあつい!
いやだ、なんで、何もやってないのに、どうして!
うらんでないのに、おこってないのに、しかえしなんてかんがえたこともないのに、なんで
憎い、恨めしい、許さない、許さない、なぜわたしたちが!なぜわたしたちだけが!!!
おぞましい赤い目も、臓腑を焼かれるこの苦痛も、絶対に忘れてなるものか!
――――わたしを殺すお前をわたしたちは絶対に許さない、
――――貴様こそ呪われるがいい“火具那”!!!!!
――――わたしたちは、絶対に
「梓!!!」
ぱたりと、声は止んだ。怨嗟の声も、悲哀の声も。
体の痛みと、肌を嬲る熱と、煤けた臭い、それから、
「死にたいのか」
朽葉色の瞳に炎が映って、緋に染まる。
いつかの秋の木々のように、燃えているようだった。
「ここで死ぬのがお前の望みか、梓」
あずさ、あずさ、わたしは――――私は、
「いや」
私は、まだ、死にたくない。
「時雨様を背負って前を走れ。以前伝えた逃げ道へ向かう、いけるな?」
梓は頷いているが、意識はまだ完全に現実に戻っていない。
動作も警戒心も普段より格段に鈍い。不安はあるが追手は背後からくる可能性が高い今、不安定な状態の梓に殿を任せるわけにはいかない。
・・・梓は火の巫と知り合いか?戦いで顔色一つ変えないあの子が取り乱すほどに?
疑問に今は蓋をする。それを考えるべき時ではない、優先順位を間違えるな。
安全確保、敵の目的、規模、組織は?
星願祭から戻った時には、まだ異変は見られなかった。山に散った部下達からの合図はなし。沙羅が派遣した兵部の衛士達も、不穏を感じて近づいてきたような様子ではなかった。
何かが破裂するような音。衛士の胸に空いた穴。一瞬で命を奪える武器。天地には存在しないはずのもの。それを手にした影が、視界を掠めた。
そこまでは梓も正常だった。指示通りに時雨様を抱え、庇から中へ飛び込む梓を追って室内に入った時。
火が熾った。
宙に現れた火は瞬く間に広がり、爆発音と共にすべてが崩れた。梓に異変が起こったのは、その時だ。
恐怖に身が竦んでいたわけではない。いや、怯えはあったが、それが全てではなかった。怒り、悲しみ、憎悪に、我を失った。
あの火は普通ではない。稀人の火。崩れた屋根の隙間に見えた人影は、金の髪をしていた。
だが爆発は火が原因ではない。加護の火ならば爆発の前にこちらを焼き尽くすはずだ。
先に襲ってきた者たちは武器を使っていた。只人だ。ならば四巫の陣営ではない。
四巫は世話をする下人すらも稀人で固める。保守的な南淵の四巫ならば尚更。
他の皇子や妃からの刺客にしては動きが派手過ぎる。いくら時雨様が疎まれているとはいえ、内宮で爆発など起きれば神使府衛士も近衛府も必ず出てくる。帝の宮に万が一にも危険が及んではならないからだ。
只人、帝の権威を気にもせず襲撃、そして組織的な動きが取れる集団は、
――反稀人組織・
落陽なら狙いは時雨様。最悪だが少なくとも四巫と協働することはない。
対峙させて潰し合わせるか、しかし
『お前か』
憎しみも怒りもない。一切の感情を失った赤い瞳は、真っすぐ梓を見ていた。
他の全てに目もくれず、ただあの子だけを。
――――死にたくない
うん、
――――だから、誰より、強くなりたい
それなら
――――助けて、ほしい、です
選ぶ道は一つだ
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