■は彼女の安寧を許さない
白い花が咲いていた。
いつだったか、“地”が花の名を呼んだ気がするが、忘れてしまった。
その花はいつもここに咲いている。春も、夏も、秋も、冬も、朝も、昼も、夜も、ずっと。
その中に、彼の主はいた。
彼の、彼らの、人の、天地の、絶対にして唯一の主。
「わたしは苦しい」
主に苦しみがあってはならない。
「あれが生きていると、苦しい」
主に苦しみを与える者は存在してはならない。
「許されざる者、死ぬべき者、この世に在ってはならない者」
主が、彼を見た。
「あれは生きているだけで、おまえを苦しめる」
金の瞳が、彼を見た。
「千尋」
光の色。太陽の色。天の色。彼の髪と同じ金が、歪む。
「あれのせいで、おまえはそうなったんだ」
憎い、苦しい、悲しいと、歪む。
「千尋」
主が彼に触れた。
「おまえの力はなんのためにある?」
彼の答えは決まっている。
「災禍を消すためです」
彼の使命。主に与えられた力の意味。
巫となった時から、彼が彼として生まれるより前、この地に降り立った時から、それを忘れたことなどない。
「そうだよ」
主が微笑んだ。
「千尋」
主の掌が、彼の頬を包む。
「おまえは火だ。災禍より
はい。
「そうあれと、わたしがおまえを生み出した」
はい。
「だからおまえはそうあるべきだ」
はい。
「わかるね、千尋」
頷く赤い瞳に、迷いはない。
「だから今度もまた、きちんとあれを殺しておくれ」
初めて、
「はい。ですが、なにを殺せばいいかわかりません」
彼が揺らいだ。
「だいじょうぶ、すぐにわかるよ」
幼子に言い聞かせるように、優しく、主は言った。
「あれは、おまえの心を燃やすから」
まさか、と彼は思った。
彼の心は動かない。鉄のように、氷のように、固く冷たく閉じて動かない。
「ふふ、信じられない?」
だが主は確信していた。主の言葉は絶対だ。だがその絶対は、あり得ない“絶対”であった。
「だいじょうぶ、ひとめでわかるから」
「おまえの心が燃えた時、おまえの瞳が奪われた時」
「それを殺せばいいの」
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