トンボ倶楽部

西村五右衛門

──プロローグ──

 春は別れと出会いの季節と言われる。それはつまり、様々な人間関係や出来事をリセットしてくれる季節でもある。


 新しい友達出来るといいな。


 高校ではリア充生活送りたい! ……等々。


 満開の桜が出迎える中、新一年生の恐らく9割ぐらいが、このような期待を抱きながら校門を通っていることだろう。

 風に煽られ舞い散る桜の花びら、新学期早々部活勧誘に精を出す上級生、入学を学校全体から祝われているような感覚。さしずめ今ここに居る新一年生は、青春漫画の主人公になった気分に違いない。


 そんな彼等をよそに僕は校門を通り抜ける。

 早く校舎にたどり着こうと歩くスピードを早めるも、男子生徒3人に呼び止められ足止めを食らう。彼等は目の前にビラをひらつかせ、上級生特有の余裕な笑みを浮かべている。


「ねえキミ、ソフトテニス部に興味ある? 」


 興味ない。口には出さないが、軽く会釈をして僕は彼等を避けるように横切った。背後から彼等の不満げな声が聞こえる。


「なんだよ今年の一年。態度悪くね? 」


「ていうか、あんな暗そうな奴興味ないっつの。俺達に声かけられたこと自体に感謝しろよな」


 感謝どころかとんだ迷惑。そもそも、勘違いされる前に言っておくが、僕は二年生だ。

 ちなみに彼等の制服の襟元についている校章の色は赤。僕がつけている校章と同じ色だということは、先程彼等が後輩だと思って話しかけた生徒は、自分達と同じ同級生だということだ。


 同級生と認識されないほど存在感がないのか? と聞かれると否定できない。それもそのはず。僕は今日、この私立西嶺せいりょう高等学校に転校してきたのだから。

 つまり実際のところ、僕も周りの新一年生と何ら変わらない。ここには入学してきたばかりである。


 しかし、僕は彼等のように新しい高校生活に思いをはせるなんて真似はしない。新しい友達、充実した思い出作りを望んではいない。


 僕が新しい高校で望むことはひとつ。


「至って平凡な高校生活」。


 平均的な体型に一ミリも気崩していない制服。ヘアセットもせず寝ぐせの残った黒髪、さらには真面目の象徴とも言える黒縁眼鏡。誰がどう見ても満点を出すほどの、典型的な地味系男子。それが僕だ。


 部活にだって所属するつもりはさらさらない。ソフトテニス部なんて人気者しか所属しないような部活は論外。もし何かしらの部活に所属する必要があるのであれば、最も地味かつ幽霊部員でも問題ない写真部にでも入っておこう。


「地味に、普通に、平凡に」――これが高校生活を過ごすにおける僕のモットー。これさえ崩れなければ僕の望む生活は手に入る。後は平穏に日々を過ごしていけばいい――。


 しかし、簡単に維持できると思えた僕のモットーは、いとも簡単に崩壊することになるのであった。


 アイツに出会ったせいで。


 


「そこの眼鏡君、キミ、トンボ倶楽部に入ってみない? 」




 銀哲太しろがねてった―― アイツに目を付けられたこの瞬間、僕の理想の高校生活は永遠に果たされないものとなってしまった。

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