いつか、服を着たままで
私が幼いときに暮らしていた家は、性風俗で全国的に有名だった隣町に接するところに建っていました。
子供だった当時、トルコ風呂や連れこみ宿や大人のおもちゃ屋という物がその町内にひしめくように並んでいました。近くの公園や近所の友達に遊びに行く足をちょっとのばせば、派手なネオンの看板や呼びこみの店員の声があふれかえる街並みに辿りつくのはしごく容易だったのです。
十代前半で引っ越すまでこの町で暮らしました。その頃は性的にはめざめていなくて、その町の仕事、電飾や呼びこみの意味など知りませんでした。周囲には教えてくれる大人も、好奇心をいだく子供もいませんでした。近所の子供達はそれをただのありふれた風景として育っていったのです。生まれたときからあった風景。違和感が生じぬほどにあたりまえに受けとめていました。
十歳頃、私は気弱で身体的にも未熟であったからか、幼なじみの友達集団から離れ、自分よりも年少の子供たちと遊んでいました。同年代からは味噌っかす扱いされ、ごっこ遊びも不人気ヒーローや怪人役ばかり押しつけられる自分にはそのほうが対等扱いされ、居心地よかったのです。
仲間内に私よりちょっと幼いひとりの女の子がいました。
「……ねえ。背中のチャックを下ろしてくれないかしら……」
その女の子は私とふたりきりになるシチュエーションを作りたがり、よく背中を見せて大人びた口調で服のチャックを下ろしてくれるようにこいねがってきました。
明らかに性的なモーションでしたが、未熟な私はドギマギしながらもよくわからないもやもやとした感情に戸惑うことしかできませんでした。ただインモラルな雰囲気だけは察することができました。
知識も経験もないうぶな私はその感情や雰囲気が何を意味しているかは知りません。
その女の子はませていて、下着を見せてきたり、肌を触らせたがりとよく私にちょっかいを出してきました。
自分がしている行為の意味を的確に知っていたのかどうかはよくわかりません。
ただモーションをかけられているうちに自分も段段とわかってきました。
どうやら少女は隣町の連れ込み宿をしている家の子供らしく、客達が行っている行為を盗み見るか何かをしてそれを真似しているのです。
ではその誘惑はただのごっこ遊びだったのか、というと実はそうではなく彼女なりの真剣らしいのです。
少女が自分が行っている行為のその先を知っていたのかは今でもわかりません。
モーションをかけてくるのは私ひとりにだけでした。
彼女にモーションをかけられるのは最初は迷惑だったのですが、そうした事情を察するうちにその行為の意味がわかってきました。
毎日のように繰り返され、自分もその気になってきました。彼女の積極さにつき合う気持ちになったのです。
私は意を決しました、
しかしその矢先、突然、彼女は仲間内からいなくなりました。
家の都合で他の町へ引っ越したらしいというのが直後に知った事情でしたが、もしかしたら大人に自分たちの行為を気づかれて引き離されてしまったのかもしれません。
二人の関係はそうして終わりを告げました。
それからの彼女をいっさい知りません。
私も町から引っ越し、あのすべてはもうかすかな思い出の中にしかありません。
ただ今でも時時ちょっとした恐怖とともに彼女を思い出します。あの時、最初のころの自分に性の知識がもう少しあったならば確実に一線を越えてしまっていただろう、と。
彼女に会いたいという気持ちはあります。
あの子供時代の甘酸っぱさは幻じゃなかったのかときいてみたいのです。
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