一〇〇%フォーチュンテラー
「――未来はためらいながら近づき、現在は矢のように飛び去り、過去は永遠に静かに立っている」
一卵性双生児の妹は短剣を抜きながら呟いた。
知ってるぞ。何の言葉だっけ。
そうだ。詩人シラーの言葉だ。
かっこいい台詞だ。だけど借り物の台詞はあたしの心には刺さらない。
「未来は妄想にすぎず、現在は一瞬の幽霊で、過去は見えないところでどよめいている」
一卵性双生児の姉であるあたし、神道真弓は正真正銘のオリジナルの台詞を突きつけた。これぞ時間解釈の神髄だ。
妹の顔が苦苦しげに歪んだ。
これで呪術戦闘のイニシアチブはあたしが握った。
学園祭の最中である学園の屋上で、二人きり。演劇部の騎士衣装を着た妹が、占い喫茶の黒魔女装束を着たあたしの周囲を駆け巡る、
天上では今にも降り出しそうな黒雲が渦を巻いている。
偶然にも過去世に因縁のある衣装をまとって出会った二人は、前世を思い出し、やにわ決闘の続きを始めてしまった。
妹の亜弓は
あたしは
異世界ファンタジーな世界観からあたしたちは、極大魔法の暴発に飲み込まれた最終決戦場からこの日本に転生してきたのだ。
この日、このときまで二人は前世の記憶を失ったまま双子の姉妹として生きてきた。
なんと近しい仲として欺瞞めいた関係を続けてきたのか。二人で好物のジンジャーブレッドを分け合った。今となってはその平和が懐かしいが。
「現在は一瞬の仮想。意識のみが未来と過去をまたぐ」
呪術戦の主導権を握ったあたしは言葉を紡いだ。
言霊。言葉が意象を量子場に響き渡らせ、共有の法則を起き上がらせる。
亜弓のウレタン製の全身甲冑が縛鎖の光に絡みつかれた。妹の周囲の時間が凍りついたのだ。
勇者の身体が強張る。だけどそれも一瞬だった。
「バタフライ・ダンス」
縛を振り切った妹は言葉とともに、まるで掌のシャボン玉でも吹き流す様に息を吐きかけた。
言業。言葉が世界の量子場にエネルギーを与えて励起させ、想像を現実化させる。
水晶片のような無数のナイフが生まれ、あたしに飛ぶ。
風に流れた刃があたしの周りで渦を巻く。
スラッシュ。切り傷の朱線が白い肌に刻まれる。
血を吹く。まるで紅い葉を広げた南洋樹のようにあたしはなる。
「好きな漫画でもラノベでもアニメでも思い浮かべろ。それの最終回を見るまでは死ねないと考えろ」
延命の言霊。
あたしの言葉とともに、肌からの血の流れは止まった。
失血で頭がふらつく。
「ミラージュ・ジャグリン」
言業。
亜弓の騎士姿が、二重にも三重にも輪郭がぶれた。
一瞬の内に七人の姿になった亜弓は、輝く短剣をジャグリングしながら突っ込んでくる。
「占いとは現実という物語のシミュレーションだ」
あたしは言った。
その言葉で、懐から出した大きなタロットカード二二枚を、血まみれの手でシャッフルする。
「一〇〇%当たる予想というのは確率的宇宙において運命操作に等しい」
カードの一枚を引いた。
『
霊的な神秘力を帯びた女性格の象徴札。荒ぶるものも安らかにおさえる。
七人の亜弓の短剣があたしに突き刺さった。
サテンの魔女の黒装束は黒ひげ危機一髪になる。
「現実と物語は等価だ」
あたしが言った時、黒服を貫通できなかった七本の短剣が音を立ててコンクリートの床に落ちた。
カードの意匠によって亜弓の魔法は眠るように沈静化した。
勇者の姿が素体の一人に戻る。
「オルゴン・ライザーッ!」
跳躍した亜弓が、両腕で構えた桃色の光線のほとばしりを振り下ろした。
天上の黒雲の渦を突く長さの光刃。
これは……学園にいる全生徒から見えただろう。
あたしの黒いウィッチハットの脳天を捉える。
「ギャラクシー・ブレイクッ!」
「さすがに凄い想像力だ。素晴らしいキチガイだ……!」あたしは思わず呟く。「発想がぶっとびすぎて誰もついてきてない」
あたしの言葉の力が妹のものとともにパワーアップ。
尖り帽の先端が超高熱量で潰れる。
「……あたしは運命の日を待っている。その日まで死ぬわけにはいかない」
死と生が交錯する一瞬に、タロットカードの一枚を引く。
「現実と物語は等価だ。一〇〇%当たる予想というのは確率的宇宙において運命操作に等しい」
大アルカナは『
あたしの全身からまばゆい雷撃の柱。
破滅のアルカナは、あたしをも巻き込んで亜弓の全身を銀色のシルエットに変えた。
これは……あたしも死ぬな。せっかく致死遅延の言霊も意味がない。
そして、この世界も、
あたしのタロットカードの効果は、この世界の代表者たる勇者と魔王だけでなく世界全体にも及ぶ。
今頃は学園が、この世界全体の人間がまるで夢が覚めるように自分の姿が消えていくのに気づいて大騒ぎだろう。
この世の全てはあたしたちが見ていたロールシャッハテストみたいなものだ。
観測者が消えれば、つられて住人たちも消えていく。
さよなら……亜弓。
そして、さよなら人類……。
あたしの意思は割れる鏡像よりも遥かにもろく砕けていった。
★★★
「で、これからこの二人はどうなるんです」
「また転生するんですよ。そして次の世界でいずれ勇者と魔王に分かれて対決するんです」
「それを繰り返すんですか」
「永遠に繰り返します」
「この小説、SFのつもりで書いたんですよね」
「SFなのかファンタジーなのか、自分でも区別がつきません!」
「……没」
編集者は小説をプリントアウトした用紙を、喫茶店のテーブルに乱暴に叩きつけるように置いた。
「そんなぁ……」
あたしはクリームソーダをストローで泡立たせながら、今日も泣き言を言う。
「どこからそうゆう電波なネタばかり思いつくんですか」
「書いているうちに話が無駄に壮大になるんです」
薄汚れた赤いジャージを着たあたしは熱弁した。
編集者はつてもない持ち込みにチャンスを与えた自分が愚かだったな、という顔をしている。
「……せめてハッピーエンドで終わらせてください。あと倍以上の文量を書いて。……今日から三日以内に」
「そんなぁ。人間できることとできないことがあるんですよぉ」
「じゃあ、ご健闘をお祈りします」
編集者は紙巻き煙草を一吸いだけして、席を立った。
レシートを自分持ちにしているのがせいぜいの優しさだろう。
背を向けた彼から見えないところで、あたしはスマホのタロット占いアプリを操作した、
小声でタロットカードを彼のために一枚めくる。
「一〇〇%当たる予想というのは確率的宇宙において運命操作に等しい」
『
さっそくレジに立つ彼のもとへ編集部から連絡が入った。スマホに対してペコペコ謝る編集者。青い顔をして階上の編集部へ走る。
あたしはボディバッグを持って、喫茶店の椅子から立ち上がった。
三日以内に原稿を書き直さねばならないが、残念ながら仕上がる見込みはない。
それとも起死回生の逆転が成るか――。
あたしは自分のために占うつもりはなかった。
それよりも早くこの転生先の世界で勇者を探さなければいけない。
今度こそ決着はつくだろうか。
あたしは再び原稿にとりかかる前に、片割れを探してこの物語世界をさまようことにした。
歩くのをすれ違うモブのひとたち。
町は未だ書き上がらないあたしとあいつの白い小説。
現実と物語は等価だ。
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