第101話 派閥の影。

「えっとね…本題なんだけど…」

「うん」

「お兄ぃ。どうなの?」


 この場合『閣下』とはシルヴェ―ヌの姉、オドレイ・フォン・フェイュを指す。

ラ―スロ公国きっての武闘派と名高い彼女だが…


(武闘派と言うより、脳筋)

 

 最近仮で支給された『デジタルレイピア』の稽古をつけてもらっていた。その関係上――順一じゅんいちしおりは、オドレイと親しくしていた。


 早朝からの訓練もあり、朝食を共にしたりもした。最近ではシルヴェ―ヌより、オドレイとの時間が長い。


 いや、公職にまだ就いてないとはいえ、日本での公務を持つ、シルヴェ―ヌと顔を会わす機会は、ほとんどない。


 逆に、日本で表立っての職務を持たない、オドレイは暇を持て余していた。


「オドレイ閣下がどうした?」

 順一じゅんいちの待遇は『特別訓練生』だ。


 ラ―スロ公国では『特別訓練生』は軍に所属していた。配属予定はあるものの、現状は軍に所属する。


 実のところ『特別訓練生』という立場が初めてなので、オドレイが面倒見ている感じだ。


 ちなみにしおりも同じく『特別訓練生』だ。


 ただひとり、舞美まいみだけはラ―スロ公国軍学校中等部に編入していた。現在は日本での研修中だ。


 つまり順一じゅんいちしおりは軍に所属している以上、軍団長のひとりである、オドレイの配下になる。


 彼らにとってオドレイは、雲の上の存在でもある。

 少なくとも、個別に訓練を付けてもらえる、相手ではない。それひとつ取っても、特別扱いだ。


 だが、オドレイ自身に他意はない。妹シルヴェ―ヌを、助けてもらった礼くらいにしか思ってないし、ふたりと接することで親しみを感じているようだ。


 何より、オドレイと順一じゅんいちしおりはカテゴリ—的には『脳筋』なのだ。


 難しいことはわからない、言語化できない。でも、なんかわかり合ってる。


 結果『我らはなかよし』みたいな、親近感を感じていた。


 そして、それははたで見ていた舞美まいみも感じていた。


 自分が感じるくらいだから――

(シルさんたちも感じてるだろう……)


 唯一脳筋ではない舞美まいみ。因みに末っ子は、そこそこ場の空気を読む。


 別にうまく立ち回りたいからじゃない。ただ、何となくだ。


 それは昔から変わらない。兄順一じゅんいちは、いろんなことに『まあまあ』つまづく。


 つまづきはするが、大体の事を根性で何とかしてきた。勉強とか、勉強とか……


 それを側で見て来たので、つまづきそうなところを、前もって回避できた。


 それは兄順一じゅんいちがいてくれたから、だと思っていた。


(私、お兄ぃみたいに根性ないし……お兄ぃみたく、コミニケ―ション強くない…)


 感謝はしている反面、ものごころついた頃思った。


(いや、そこ回避できたでしょ)


 そんなことが、ぽつぽつ目につく。今回もそうだが、今までだったら―


(またやってる……もう、懲りないなぁ…)


 だったが、今回は見てられない。


 舞美まいみは残念ながら、オドレイを含めた三人組――因みに、順一じゅんいちしおりだ。その三人に対して思う。


(無邪気か!)


 年上で、偉い人なはずのオドレイにすらだ。いや、ある意味オドレイがもっとも空気が読めてない。


 ラ―スロ公国日本大使館を取り巻く空気は――


激重げきおもなんですけど‼)


 舞美まいみも新参者なので、くわしい事情はわからないが、本能的に『なんかヘン』と、来て初日に気付き、二日目には『どうも、オドレイ閣下は歓迎されてないかも』と思った。


 気になって、ジェシカにたずねようとしたが『シ—ッ』と指を立てられ、筆談で『滅多なことは口にしない』と注意された。


 この行動が舞美まいみの疑問を決定付けた。何もないわけないと。


 なのに呑気な脳筋三人組ときたら……


 周りに目もくれずはしゃいでた。大使館の職員の順一じゅんいちしおりを見る目が、異様だった。


 陰口されてるワケじゃないのは——


(話せない事情がある……ジェシカさんが咄嗟とっさに筆談したのは…監視されてる? 大使館員のみなさんも…? なのに…)


 話せない事情と、ふたりを見る目が異様。それと閣下オドレイが歓迎されてない…そこから出る答えは……


(派閥抗争? 私らって普通に考えたら、シルさん派よね? もし、オドレイ閣下と仲悪いのに、お兄ぃとしおりちゃんが、閣下と仲よくしてていいの……?)


 舞美まいみは誰にも教えられる事無く、真実に一歩近づいた。近づいて感じたこと……


(やっぱ……脳筋使えねぇ…)


 そんなワケで、一肌脱ぐ感じでしかも『ホ—ムシック』感まで出して、順一じゅんいちの部屋にやって来たのだが……


 演技のつもりが、つい本当に寂しくなった。


 順一じゅんいちの顔を近くで見たら、声を聞いたら、匂いを嗅いだら……目的が飛んでしまった。


 結果、舞美まいみは不覚にも、おねむになってしまった。


 舞美まいみが中学に上がる前まで、同じ部屋で生活していた。


 中学に上がると同時に、ひとり部屋になり、同じ時期に『お兄ぃキモい病』を発病した。


 目にするもの、耳にするもの、すべてに『イラっと』きた。眠いまなこをこすり、順一じゅんいちに『幅寄はばよせ』する。


 いや、もう既に腕とか肩とか、ひっついていたから、擦りつける感じだ。


「いい匂いがする……おかしいと思わない?」


 眠いが、舞美まいみは、ぱちくりとしながら順一じゅんいちを見る。


「えっと、何が?」

「近親相姦――」

「はぁ⁉ 近親相……⁉」


「あ…っ、ごめん。違うの、その…えっと、聞いたことない? 近親相姦そういうの避けるために遺伝的に『臭く』感じるんだって。兄妹とか、親子って。知んないけど。お兄ぃは臭い? 私の事?」


 順一じゅんいちは改めて、舞美まいみの頭を嗅いでみた。


「いや…普通にいい匂いだけど……」


「そうなんだ……どうなんだろ? でも臭いのはヤダなぁ…」

「まぁ…なぁ」


「うん。ごめん、話あったから来たんだけど、舞美まいみは寝ます……舞美まいみは背中ぎゅうされたい」


 順一じゅんいちは固まった。そんなこと気にもせずに、舞美まいみはそそくさと背中を向けて、密着体勢に入った。


 完全に『おねむ』にやられ、幼児化していた。


「そんなぁ…背中ぎゅうなんかしたら……当た…」


 言い掛けて言葉を飲んだ。しかし、そんな所だけは『おねむ』でも見逃さない。


 ニンマリとした顔して、振り向いた。


「お兄ぃ…何がかな? 妹の背中とかお尻に?」

「いや、それは別にそんなぁ…ごめん」


「お兄ぃ…謝るってことは認めてんだけど⁇ でも、許す。仕方ないよ『遺伝子が怠けて』いい匂いしてんだから。お兄ぃは悪くないよ? 当たっても、


『おねむ』の舞美まいみは、寝ぼけながらグイグイくる。


「ぎゅうしてくんないと、舞美まいみからいくからね」


 小学校低学年まで、一人称が『舞美まいみ』だった。じゃあ『おねむ』で小学低学年まで、幼児化が進んだことになる。


 幼児化が進んだ舞美まいみの行動は派手だ『背中ぎゅう』してくれないなら、自分からと言わんばかりに背中を順一じゅんいちに預けた。


 その結果、事故は起きた。舞美まいみの背中…腰の辺りに、経験したことのない『むにゅん』という衝撃が走った……

「あ……っ」


「あぁ……その…なんか、ごめん」


 順一じゅんいちは力なく謝った。謝るしかなかった『出会い頭の事故』だと思いたかった。


 自分にそう言い聞かせようとした。しかし、妹とはいえ相手あってのものだ。いや、今回は妹だから尚更マズい……


 しかし、ワザとじゃないにしても『ナニ』が『ナニ』の状態で、妹に接触したのはマズいレベルを超えている。


 それが証拠に、さっきから舞美まいみは黙り込んだままだ。


(怒ってる……というより、ショックだよなぁ……)


 自分から話し掛けるしかない。ここで知らん顔や、逃げたら今までとは次元の違う気まずさだ。


 順一じゅんいちは覚悟を決めた、背中を向いた舞美まいみに話し掛けた。


「——あの…舞美まいみ…?」


 反応がない。


 ピクリともしない。兄の言葉に耳を貸す段階に、もうないのかも知れない。


 順一じゅんいちは頑張って、もう一度話し掛けたが反応がない。仕方なく、というか思い切って舞美まいみの肩に触れた。


 すると――


『すぅ…すぅ……』


 寝てた。しかも順一じゅんいちが、今まで見たことないような呑気な寝顔だ。


 事なきを得たように、見えるかもしれないが順一じゅんいち的には『さっさと』言い訳をして、出来るなら平謝りして過去にしたかったのだが……


(朝まで謝る機会を失った……)


 眠れそうにないと思いながら、舞美まいみの寝息に誘われた迂闊にも、背中ぎゅうで寝てしまった。

 



























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る