第102話 そして、沈黙は破られた。

「私、寝ちゃった…?」


 ほんの僅か、カ―テン越しの光が明るくなりかけている。寝床が変わって最近眠りが浅かった。


(ぐっすり寝れた…)


 久しぶりのことだ。元々、舞美まいみは睡眠が浅い方じゃないが、どうも寝れなかった。新しい生活に緊張していたのかも。それにしても――


 今日は正直びっくりするほど寝れた。舞美まいみは布団の中で理由を考えた。考えるまでもなく……


(お兄ぃだよね…)


 自分の背中にくっついたまま、寝息を立てる兄の顔を肩越しにチラ見する。


(それにしても、お兄ぃがいたら寝れるって――完全にブラコンだな、これ)


 起きてる時は決して認めないことを、簡単に認めた。それくらい睡眠が深く、スッキリした。そして『スッキリした』で思い出した。


(やらかした…)


 正確には『やらかした』のは順一じゅんいちの方で、舞美まいみしたものの、何もやらかしてない。


 しかし、彼女の『やらかした』の意味は少し違っていた。


 彼女の兄順一じゅんいちは『ちょいちょい』やらかしていた。今回の事だけじゃない。後先考えないというか、深く考えない。


 なので、やっぱりそれなりに失敗を重ねた。


 そんな兄を見て育った舞美まいみは慎重だし、立ち止まって考えたりもする。


 だから我が兄ながら『行き当たりばったり』感満載の兄に代わり、彼が失敗しないように、先回りしたりした。


 結果、口うるさい妹の完成だ。妹というより、姉に近い。兄というより弟だ。それでも、口ではどうこう言うものの、そんなにバカにする気はない。


 昨夜のことだって日頃の彼女の態度を考えたら、追い返されても仕方ない。


 そういう意味では順一じゅんいちは、舞美まいみに対し果てしなく心が広かった。それが恐怖によるものだとしても。


 そのことは舞美まいみも感じていたし、感謝もしていた。恥しくて、言葉にはしないが。


 話がれたので、元に戻そう。そう『やらかした』話だ。


 舞美まいみはいつものように、どうしたら丸く収まるかを考え始めた。


 丸く収まるも何も、兄の『ナニ』が『ナニ』した状態で自分の腰……というか、お尻に接触したのだ。


 普通に考えれば『ガン無視』一択なのだが…先ほども触れたが、妹のようで姉なのだ。


(なんか…かわいそう)


 きっと気にしているハズだし、言い訳も聞かずに寝てしまったことを後悔した。

 舞美まいみの『やらかした』は、言い訳する機会を与えないで寝たことを言っていた。


 まさに、妹ならぬ、姉の鏡だ。


(自分に置き換えたら……)


 まだ夜は明けてない。それでも十分に睡眠出来た舞美まいみは、兄順一じゅんいちに代わり、言い訳を考えてあげることにした。その第一歩が自分に置き換えるだ。


(つまり、アレよね。をしてる事が、バレたってことよね……私なら…)


 あ……死にたい。不謹慎だけど…


 舞美まいみ咄嗟とっさにそう思った。自分ならありえないと。


(いや、待て待て。これは男女の体の仕組みの違いもある…があっても…バレない。


 でもそこをバレたとしたら…どうするよ、私?)


 自問自答が始まった。舞美まいみは元々冷静で、じっくり物事を考えるタイプだ。こと兄になると、客観視出来ないので短絡的なケンカをすることもあるが、基本冷静な娘だ。


 そんな冷静な娘、舞美まいみが『自分が女子的な反応してるのが、兄にバレて、言い訳出来ない状態に陥った時』どうするかを、真剣に考え始めた。


 因みに自分が『背中をぎゅうして』と、恥ずかしいこと抜かしたことは、しっかりと覚えていたし、今現在進行形で順一じゅんいちの手が自分の横腹に置いたまま寝ているのは知っていたし、別にいいやと思っていた。


 そんな状況の中『自分がのが順一じゅんいちにバレたら』を考えた。


 最初に思いついたのは、頭を殴って記憶を消すだった。だけど、そんなにうまくいかない、そんな技術は自分にはないと、却下した。


 ふたつ目は言い訳だ。きっと心優しい順一じゅんいちのことだから、何もなかった感じにしてくれるだろう。


 しかし、口には出さないし、誰にも言わないにしても――


『あいつ、』は否めない。素知らぬ顔でこの先の人生を歩んでくれるだろうが、ちょっとした時に『そういえば、あの時…』になんないとは限らない。決して口に出さないにしてもだ。


 そんなワケで、この二案は却下か…舞美まいみは心でため息をついた。

(あと残された方法は……)


 舞美まいみは自分の頭にふと浮かんだ考えに、生唾を飲んだ。

(どっちかだけだから、ダメなんだ……じゃあ、いっそ)


 なし崩しで、するか? お互いがお互いの秘密を握り合う。ある意味最も安全で、もっともフェアじゃないだろうか。


 舞美まいみは耳を暗闇の中で、真っ赤にした。心臓の鼓動は高鳴り、自分の妄想が馬鹿げてると思いながらも――


(お兄ぃ……昨日あのまま寝たのかなぁ…私の事触ったりとか……)


 不意に浮かんだ思いに『どくん』とした。十分ドキドキしていたのに、それにも増して『どくん』とした。


(もう、私ったら……)


 慌てて全否定仕掛けた舞美まいみは思い出した、兄順一じゅんいちの手が自分の脇腹に回ってることを。寝たふりじゃない。完全に寝ていた。そして兄妹なので知っている。


(お兄ぃは寝たら朝まで起きない……)


『どくん』さっきから絶え間なく、心臓を叩き続ける鼓動にすら今は気付けない。そして何時もは冷静なはずの舞美まいみは、考えなしに行動した。


 脇腹に乗った順一じゅんいちの手を、自分でパジャマの中に入れてみた。背中から回された感じで、自分のパジャマの中にある兄の手。


 もちろん順一じゅんいちの意志ではない。しかし――


(どうしょ……意外に…いい)


 パジャマの内と外、たった一枚の布だけのことなのだ。頭ではわかっていたが、想像を上回る『ドキドキ』感を感じた。まさにクセになりそうな感覚。


 今、思いついたわけじゃない――実際は。しかし、舞美まいみのプライドのために『今、思いついた』ことにしよう。そう、舞美まいみ


(お腹でこんなにドキドキなら……)


 なら……どんなだろう。そう、誰もが一度は思うことだ。自分以外の手が、自分の『体』に伸びることを。


(別に、いいよね……兄妹だし…)


 一瞬だけ躊躇ためらったものの、舞美まいみは思ったより欲望に素直だった。それから、スル―しょうかと思ったが、兄妹だからよくないこともある。


 しかも、兄の順一じゅんいちは寝たままだ。


(起きないよね……もう少しで、届くんだけど……)


 一体どこに届くというのか……いや、そこ届いていいの? ツッコミどころ満載ではあるが、舞美まいみを止めれる者はどこにもいない、そう思った瞬間だった。


『ど~~ん』


 場違いな音、場違いな時間、そして……場違いな煙が順一じゅんいちが寝泊まりしている個室に立ち込めた。


「な、なに? 何なの!? お兄ぃ、起きて、ねぇ!」


 舞美まいみは慌てて順一じゅんいちを起こす。しかし、これだけの轟音の中、ピクリともしない。


(この音で起きないんなら、もっと大胆でよかったんじゃない!?)


 舞美まいみはちょっとワケがわからない後悔をした。


 白煙の立ち込める中、輝く無数の光が突入してきた。間違いなく順一じゅんいちの狭い部屋に部隊が展開されていた。


「なんだ、なんだ。斎藤順一。お前、よくこんな中で寝てられんな」


 タイトスカ―トの軍服の腰に手を当てた、軍服の上からでも巨乳とわかるその人物が呆れた声を上げる。


「ん……これは、これはオドレイ閣下。何ですか、メシですか」


 ぼっさぼさの頭を掻きながら、ようやく順一じゅんいちがベッドに座る。その後ろに『あわわっ』となった舞美まいみが隠れた。


「あのなぁ…いくら私が閣下だからってメシの度にドアはふっ飛ばさんぞ?」


 豪快に笑ったのはシルヴェ―ヌの姉、オドレイだった。自分の命令でドアをふっ飛ばしておきながら、激しく咳き込んだ。


「何をしておる、これより特別訓練を行う。早く着替えろ」

 事もなげに言い放った後ろにはなぜか、セ―ラ―服に身を包んだしおりがいた。






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