第98話 その汚れのすべてを愛しましょう。

 オドレイ・フォン・フェイュは、真っ直ぐな才能を深く愛した。



 しかし考えて欲しい、才能というものは、果たして『真っ直ぐな』者にだけ、宿るものだろうか。



 性格破綻者。



 どの組織にも相容あいいれない、ぎょしきれない、コントロ―ル出来ないが、たぐいまれな才能を持つ者。




 そんな猛毒のような異常者は存在する。


 そして、彼らは評価を求めている、渇望かつぼうしていると言っていい。乾ききっていた。




 正当な評価が欲しくて、欲しくてたまらない。



 評価してもらえる行動が出来ればいいが、それが出来ない。行儀よく、お利口ではいられないのだ。




 出来ないから、彼らは結果で勝負するしかない。



 そして、その手を血と泥に染めまで、頭を優しくでて貰える日を夢見たいた。




 そんな突き抜けた才能を持つ、破綻者はたんしゃを眉ひとつ歪めることなく、懐に入れることが出来る者は、同じく破綻者はたんしゃの――




(シルヴェ―ヌさま以外いない…)




 彼女は、ドス黒い返り血を浴びた、その横顔でさえ迷わずハグをするだろう。


 そう、のなら――美しいとすら感じるだろう。




 ラ―スロ公国で抜きんでた才能がありながら、本流に乗れなかった者、本流から外れたものは皆、シルヴェ―ヌを頼った。




 ジェシカはそのことは、頼もしくもあり、不安でもあった。



 汚れ仕事をいとわない者を、決して切り捨てない。それがシルヴェ―ヌ。そして常軌じょうきいっした忠誠心を愛した。




 多くの統治者は壊れた忠誠心を嫌うのだが……そんなワケで、シルヴェ―ヌの手駒てごまは寄せ集め感は否めない。




 歯車がひとつ崩れれば、烏合うごうの衆になりかねない。しかし、シルヴェ―ヌは壊れて、汚れた忠誠を心から愛した。心底でた。




 それは何かと言えば――単なる性癖なのだ。



 汚れ物をいとわないのではない。汚れて、落ちた、脱落者のよどんだ瞳の、僅かな光を愛した。それが狂気の光でも。




 しかし、そんなシルヴェ―ヌの性癖を知る者は、ジェシカくらい。他のものは、寛容かんような姫さまと、シルヴェ―ヌをたたえた。




 逆に『真っ直ぐな』者だけを愛するオドレイを、冷たく心狭い王族の代表と、見なされた。



 事実は違うのだが。



 ■■■それぞれの博打■■■


 ジェシカの姿が大使館から見えない。



 ラ―スロ公国日本大使館。オドレイ・フォン・フェイュ。公国第二皇女。



 言わずとしてシルヴェ―ヌ・フォン・フェイュ第三皇女の姉であり、公国随一の盾であり槍。



(その盾であり槍がノコノコと…)

 第三国である日本に、わずかな供回りで姿を現した。



(我らの猿芝居も、ここまで長年やると効果があるらしい)

 ここは最低限の医療機器が設置された『ラ―スロ公国日本大使館』地下。




 設備名称としては単なる物置だが、シルヴェ―ヌ・フォン・フェイュ来日後に、最低限の医療機器が、運び込まれていた。




 目的のために。最低限の医療機器が置かれた、部屋の中央にある椅子。そこには猿ぐつわをされ、両手を椅子に拘束された、ジェシカの姿があった。



 捕らえられた訳ではない。彼女の主の計画を、一歩進めるために欠かせない、一手を打つ準備に入った。




 猿ぐつわは、舌を噛み切らないために。口を塞がれた、ジェシカの目は、異様な光を帯びていた。



(意識が戻らないかも知れない…)



 そんな覚悟を持ったジェシカに、白衣の男が近づくとジェシカは無言で頷き、同じように側にいた、白衣の女性により胸を露わにされた。




 心電図を取り付けたのだ。室内にいる誰もが無言だ。合図は手と目の動きのみ。

白衣の男性によりジェシカは首にジェルが塗られた。電極が繋がれたパットがふたつ貼られた。




 ジェシカの息づかいが荒くなった。乱れた呼吸をゆっくりと整え、目を閉じうなずき自分から合図した。



 その合図と共に、白衣の男女はジェシカを拘束した椅子から離れる。完全に離れてたことを確認し、白衣の男は、手に持つボタンを押す。




 すると一瞬、部屋の明かりが、一瞬暗くなる。押されたボタンと共に、ジェシカの体は大きく揺れる。高圧電流が彼女の体を駆け巡った。




 失った意識。呼吸すらしていない。心肺停止状態。白衣の女性は、手早くジェシカの蘇生を開始する。



 手慣れた手付き。



 三十秒ほどで蘇生させ、脈を確認後、もうひとりの白衣の男性に頷き、準備していた注射器を、たくし上げられた、ジェシカの腕に注射した。



 ダミ―となる『監視用ナノマシン』の入った注射だ。



 男性はモニタ―をにらみ、進捗しんちょくを確認した。額に脂汗を浮かべたジェシカに頷き、目的を達成したことを伝えた。



 まだ意識が朦朧もうろうとしながらも――



本物オリジナルは停止してるのか」



本物オリジナル停止確認。疑似ナノマシン、活動を開始しました。補佐官のID。受信確認しました」



「オリジナルの停止時間は?」

「およそ、一分」




「想定より早い…よくやった」

「ありがとうございます、補佐官」

「位置情報も、ちゃんと送信しているか?」



「はい。問題なく補佐官バイタルデ―タと共に。位置情報を修整する場合は、補佐官の内蔵AIに指示して頂ければ――」



「本国に気取けどられる可能性は?」



「ありません。信頼度の高い補佐官のことまで、リアルタイムで追尾するほど、人手は足りてませんから」

「そうか。姫さまの元へ行く。大使館内は?」




「今回の件、オドレイ閣下に何ひとつ情報は漏れていません。日本大使館は完全に、シルヴェ―ヌ派が大勢を占めました。監視システムも我らの手に。本国に対し情報遮断確認済みです」




「そうか。だが気を抜くな」

「承知しました」



 ここでようやくジェシカは一息ついた。長年、わずらわされた監視の目を潰せた。彼女はよろめきながらも、立ち上がりシルヴェ―ヌの執務室を目指した。




 シルヴェ―ヌ・フォン・フェイュの執務室前――ジェシカはドアの前に立つ、警備の2名に目配せし、人を遠ざけるよう指示した。




 ドアから人が離れたことを確認し、ノックをふたつ。




「ジェシカです。入ります」

 扉の中からは返事がなかったが、ジェシカは構わず扉を開いた。シルヴェ―ヌはジェシカに、そういった許可を与えていた。

   


「ジェシカ。こんな時間にどうしたの」

「姫さま…」



 シルヴェ―ヌは自分の口元に立てた指を当て、ジェシカの言葉を遮った。



「―成功したのね?」

「えぇ。姫さま」



「そう…あなたはいつも無茶ばかり……でも、心から感謝してます」

 執務室の奥の部屋は、シルヴェ―ヌの私室になっていた。彼女は寝る準備をしていた。




 寝間着とは思えない白いワンピ—ス…ドレスに近いモノを、身にまとっていた。メルヘンな部分は、シルヴェ―ヌの本来な姿でもある。寝ようとしていたのだ。



「ふふっ…」

「どうしました。何かおかしな事でも言いましたか?」



「ええ。まさか、シルヴェ―ヌさまに『』が残っているとは」



「まぁ、あなたはなんてヒドイことを。あなただってそうでしょ。体内の監視用ナノマシンを、高圧電流で焼き切ろうなんて…どうかしてるわ。常人の考えじゃない。相談された時、私かどれ程心配したか――今だって、私になんの前触れもなく――」




「シルヴェ―ヌさまへの忠節を、しめしたまでです。お受け取り頂けましたか」



「受け取りました。あなたのことは、今まで以上に信頼しましょう」



 シルヴェ―ヌは手招きし、ジェシカをその手に抱きしめた。息が出来ないほど、強い力で。



「ジェシカ。こんなに冷汗を……あぁ、あなたの忠誠心は、なんと素晴らしいこと」

 高ぶったシルヴェ―ヌの声が、執務室に響く。




 ジェシカは咳払いをし、いつもの癖で顔をシルヴェ―ヌの耳元に寄せた。

会話が本国に、筒抜けになることもなくなったのに。



「我が主、シルヴェ―ヌさまの覇道のためです。この身など――」

 シルヴェ―ヌはジェシカの体調を気遣い、体を支えながらソファ―に座らせた。



 自ら、グラスに冷えた水を注ぎ、ジェシカに飲ませた。シルヴェ―ヌの性格は二面性があるように見える。




 しかし、彼女の愛情は常人と、向かう方向が違うだけで、慈愛じあいに満ちていた。ただ、そのことに気付いてしまえば、シルヴェ―ヌから目を背けることは出来ない。




 得難えがたい、愛情がそこには溢れていた。歪んではいるが、歪んでいるからこそ、その愛情が美しく輝いて見えた。




「随分と、お身軽での来日でしたね」

 ジェシカはシルヴェ―ヌの胸の中で、話題を変えた。政敵となりうるオドレイに話題を向けた。



「お姉さまは、余程腕に自信がおアリなのでしょう。平和な日本ということもあるのでしょうね。ふふっ…おかしいものね……お姉さまは、なのに。日本政府はバカでも、お人よしでもありませんのに」




「妹君が中友連邦ちゅうゆうれんぽうに、拉致されかけた矢先ですのに…」




「ふふっ、いいエサだったでしょ? これでを集めた。中友連邦ちゅうゆうれんぽうを敵とし、私自ら武力を率いて、にあたっても、おかしくもなにもない。国を挙げた危機なのですから。私が掲げたつるぎには正義が宿り、異を唱える者は悪――」




 シルヴェ―ヌ・フォン・フェイュは一度呼吸を整えて、続けた。



「そういう意味では、あれは中友連邦ちゅうゆうれんぽうだけを、のではありません。姉上が無警戒で来日する、そんな習慣をなのです。知ってるでしょ? 姉上は





「――では今まさに、網に掛かったではありませんか。ご命令頂ければ何なりと」

 シルヴェ―ヌは美しい髪をなびかせ、首を振った『せっかちね』と言いながら。




「ジェシカ。今じゃないわ。少なくとも、ジュンイチさまの就任式まではね。になったら、国じゅう自粛ム―ドになるじゃない…の晴れ舞台ですよ? それにね、自分のタイミングがいいの。。ふふっ…」




「それは残念です。お嬢さまの『血塗られたブラッディ白百合ホワイトリリィ』を、スタンバらせたところですのに……ようやく隊長、副隊長全員そろいました」



「もう、ジェシカ『お嬢さま』はやめて。そう…白百合あの娘たちが来てるのね…そう…会いたいわ……隊長、副隊長だけでも、大使館ここに入れてはダメかしら…」




 シルヴェ―ヌの唇が、もう一度『会いたいわね』と動いたのを、ジェシカは気付かないフリした。




「そうそう……ジェシカ。今日じゃない理由わけわかる?」

「場当たり的だからですか?」




「いいえ。考えてみたの。それでね、わかったの。まだ、まだ、まだ、まだ、まだ! って。そうでしょ? だって国民は悲劇を望んでいるのだもの」




 シルヴェ―ヌの口元が怪しく歪んだ。



「姫さまはご趣味が悪いですね、相変らず」

 ジェシカは口元を隠し、淑女らしく笑った。



「私が初潮を迎えた日に、付き人のあなたに、監視用ナノマシンを注入するですもの」




「なら仕方ないですね、姫さまの性格がねじ曲がっても」



 ふたりは久しぶりに、監視を気にせず会話を楽しんだ。オドレイは気付いていない。妹がもう、引き返せる場所にもういないことを。




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